5章:惑星開発の影

第43話 上司に叱られました

「あのねぇ! ふざけるんじゃないわよ!」


 地球に帰って、報告書を上司の相沢さんに提出したら課長室に呼び出され、激怒された。

 こういうの、コンプラに違反するから、普通は無いんだけど。


 そんなのを無視してしまうほど、許せなかったんだと思う。

 相沢さんは目を吊り上げて俺たちを叱責した。


「あなたたちはあくまで会社員! 日本の資産防衛の最前線に立つ義務はないの!」


 この間の鮑窃盗犯を私人逮捕した件についても思うところはあったけど。

 国生君、あなたね……一子相伝の暗殺拳の伝承者だからって調子に乗ってるんじゃないの!?


 ……そんなことを、わざわざ俺の入社時の履歴書の資格の欄に「阿比須龍拳伝承者」と書いてることを持ち出して。

 その画像データを社内専用携帯端末に呼び出して見せつけながら言ってきた。


 メッチャ怒ってるなぁ。

 この人、普段こういうことはしない人なのに。


 正直、反省した。


「もし密入国犯が、銀河指名手配犯だったらどうするつもりだったの!? ありえるんだからね!?」


 銀河指名手配犯……地球から逃亡し、地球外に潜伏している犯罪者のことだ。

 宇宙は広過ぎるため、銀河警察は彼らの逮捕は諦めていて。


 その代わりに彼らの人権を剥奪し、その存在に生死を問わない状態での懸賞金を掛けている。

 そうすることで、犯罪者の地球外逃亡を阻止してるんだ。


 それだけはやっちゃなんねえぞ、と。




 ……銀河指名手配犯って、精神が異次元で歪んでるらしいしな。

 なんせ


 地球外に潜伏することを決断し、実際やってみてその辛さに真に気づいたときにはもう遅い。

 

 そんな状態らしいんだわ。


 今の時代さ、VR技術による娯楽と、星間通信による銀河規模のネットワーク、あと宇宙船由来のインフラで。

 地球外でも、わりと快適に過ごせるんだけどさ。

(そのせいか、地球外の惑星に所謂「街」は無いんだ。宇宙真理国以外は)


 やっぱそれでも、たった1人で人間社会から隔絶され、2度と戻れない。

 その現実に投げ込まれると……


 大概、心を病むんだな。


 辛いことばかり思い出したり。

 楽しかった過去にばかり想いを馳せたり。

 自分の駄目さに直面させられたり。


 普通の人なら鬱になって病院行きになって終了だけど。

 銀河指名手配犯は街に戻れないから医者に掛かれないんだよ。


 こういう人には、ナマの人間との対話が特効薬なのにさ。


 そのせいで、元々酷い他責思考がさらに酷くなり、無差別に一般人を憎悪する危険な人間の出来上がり。

 そうすると、なおさら危険視されて政府から高額の賞金が銀河指名手配犯に掛けられて、悪循環。


 嫌な話だ。




「会社としては社員に死なれる方が大問題なの! 動物を相手にするのと、武装できる人間を相手にすることの危険性の違いくらい分かるでしょ!」


 ……結局はそこなんよな。

 職務上仕方ない理由で危険に突っ込んで死にかけるのと、そうでない理由でそうなるのは意味合いが全然違うから。

 会社としては……そりゃ怒るよな。


「申し訳ありませんでした」


「私も同罪です」


 2人で頭を下げた。


 そうしてひとしきり、相沢さんは言いたいことを言い尽くし。

 俺たちが説教を黙って受け止めているのでもう良いと思ったのか。


 相沢さんは自分のデスクに置いてるノートパソコンを操作して。

 プリンターから紙を1枚打ち出した。


 ……そこにはこう書かれていた。


『宇宙時代の犯罪対処』


 その紙を俺たち2人に突き付けながら、強い眼光で相沢さんは言った。


「ちょうど明日、東北の方で開催される社会人向け講習会だから、行って勉強し直してらっしゃい。どうも仕事に慣れ過ぎて、あなたたち2人、気が緩んでいる気がするから」


 ……さいですか。

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