第42話 宇宙の正義

『私たちは、全ての宇宙生物の遺伝子を保存するのです』


 リチャードは、自分で用意していたケージに、バルーンビートル2頭を収納しつつ、そう言って来た。

 自分たちの密猟に、どれほど正義があるのかそれを主張するためだろうか。


『全ては、宇宙の可能性の保全が目的でございます』


 そして2つのケージを抱えつつ、自分の乗り物がある方向だろうか……向こうの方へ歩き去って行こうとする。


「宇宙の可能性の保全?」


 そう、相棒が返すと


 リチャードは振り返って


『ええ。保全です。先進国の銀河進出にそれは無いでしょう?』


 煽るような響きは無く、穏やかに事実を告げる感じで。


 可能性の保全……


 まあ、確かにそれは無いかもしれない。


 国家が新しい惑星を見つけた場合。

 その惑星の大きさが地球と同サイズで、かつ酸素生物が住んでいる惑星だった場合。


 大体の国が、その惑星の原生生物の殆どを、根絶やしにしてしまうんだ。


 そしてその後、牛だとか、豚だとか、鶏だとか家畜。

 ミミズその他、農業に都合のいい生物。

 そういうのを持ち込んで、原生生物のほとんどを絶滅させる。


 理由は「牧畜や農業をするのに障害になる可能性がある」から。


 一応、根絶やしにする前に、遺伝子だけはデーターベースに保全しているらしいんだけど。

 後で価値が出てくるかもしれないから。

 けど、基本絶滅に追い込むのは一緒なんだ。


 そんな酷い、って昔は思ったけど。


 そうしないと、地球での国家間の競争に負ける可能性がある。


 そこを知ると、俺はこの「銀河連合に所属する領星持ちの先進国の基本行動」が否定できなくなった。


 純粋真っ直ぐを貫いて、国が滅んだらどうすると言われたら、何も言い返せない。


「大事なのは母なる地球の生き物であって、人間が観測しなければ存在すら分からなかった宇宙生物は対象外」


「惑星は爆発して消滅することもある。そんな他惑星の生物なんぞ尊くもなんともない。守る価値無し」


 そんなことを真顔で言う人間、ざらに居るんだよな。


 ……宇宙真理国の人間は。

 確かに普通の人間社会では通用しない異常な倫理観を持った人間の集団かもしれないけど。

 仮に宇宙の神ってものが居たとしたら。


 果たして、間違ってるのはどっちなんだろうか?




「まあ、仕方ないよ。国に損害を与える結果になったけど、リューイチは必死で抵抗したんだし」


 そして帰りの宇宙船で。

 保険会社に借りている最先端の義手が使えなくなったので、船に備え付けてある安物の義手に付け替えて。


 作務衣姿でボケーッと外の映像をメインルームで見ていたら、相棒がそう言って俺を慰めようとしてくれた。


 俺が傷ついていると思ってくれたんだろうか?


「ああ大丈夫。こういうのは売国行為に入らないって社内教育で習っているから、特にショックは受けてない」


「それならいいんだけど」


 言って、インスタントコーヒーが入ったマグカップを差し出してくる。


 俺は生身の右腕で受け取って「ありがとう」と返した。


「ただ、正義って何なのかな、とちょっと思ったんだよな」


 そして俺はコーヒーを啜りながら、そうひとり呟いた。

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