第36話 バス移動にて

 そして俺たちは新規の日本領星であるN-444に向かうために、会社が確保している宇宙港に向かう。

 移動は経費節減で、バスを使う。

 タクシーや社用車は無しだ。

 俺たちはそんなに偉くない。


 羽田にある宇宙港。

 俺たちに割り当てられている宇宙船アマノ33号も、そこに預かって貰ってるんだよな。


 昼過ぎで、時間がすでに通勤ラッシュ時を過ぎているので、ガラガラのバス内。

 車内が見渡せる一番後ろの席に陣取る。


 大体20人くらいが座れるバスで、俺たち以外は5人くらい座ってる。


 先頭には運転席があるけど、運転手はただ座ってるだけ。

 運転は基本AI制御の自動運転なんだ。


 運転手の仕事は、AIの暴走時の保険なんだよな。

 電車は完全に無人なんだけど、自動車は違うんだ。


 ……結構大変な仕事ではあると思う。


 まず何もしなくていいってのは辛いから。

 起きるかどうか分からないAIの暴走に備えて、ただ座っている。

 それ以外しなくていい……というより、してはいけない。


 よくさ「バスやタクシー、トラックの運転手なんて、馬鹿でもなれるよね」って言って馬鹿にするヤツいるけどさ。

 とんでもない話だと思うんだわ。


 このバスの運転手だって、何もしないでただ前を見てるんだぜ?

 何もまず起きないの確実なのに。


 普通、サボリたくなるよな。

 数独やったり、携帯端末で漫画や動画見たくなるじゃん。

 でも、それは許されない訳よ。


 ……これ、相当キツイだろ。


「何見てんの?」


 隣に座ってる相棒が、俺に話し掛けてくる。

 彼女は出社時の格好……黒いシャツに、紺色のジーンズ。

 そしてグレーのハンドバックという格好で、さっきまでしきりに携帯端末を弄ってたんだけどさ。


 それを止めて、俺にそう訊いてきた。


「いや、バスの運転手さん大変だろうなって思ってさ」


 彼女にそう答えると


「……まあ、たまに運転手の懲戒解雇の話を聞くから、厳しい仕事なのはそうだと思うよ」


 なんでもね、ああいう職業ドライバーって就業規則で「勤務時間に職務以外のことをしたことが発覚したら即懲戒解雇」ってルールがあって、それ徹底されているんだって。

 休憩時間は寝る以外許されないとか。


 そう、付け加えて相棒が俺に教えてくれる。


 俺たちの会社、そこまで厳しくないと思うんだけど……

 すごいな。職業ドライバー。


「誘惑が多い環境だから、ガチガチなんだと思う」


 ……なるほど。

 軍隊に近いものがあるかもしれないな。


 軍紀がユルユルだと、軍隊は略奪凌辱上等の悪魔の集団になる。

 そんな感じで。


 で。


「茉莉は何を見てたわけ?」


 相棒にそう呼び掛けると


「龍子ちゃんからの文字チャットログ」


 ……なるほど。

 ありがたい。兄として


「数学の問題についての書き込みが多いよ。……勉強熱心よねぇ」


 経済学は数学要るはずだしな。

 俺は勉強の質問には力になれないから、相棒の存在は非常に嬉しい。


「ただまあ、あまり頻繁に他人に相談すると、数学は実力つかない科目だから」


 どんなに時間が掛かっても、自分で解くのが大事だったりするのよ。

 そう彼女は言って


「……さっき、1問だけ前に解法を教えてあげた問題と属性一緒の問題あったから、それは『もう少し自分で考えよう』って返したわ」


 なるほどね。

 真剣に向き合ってくれてるのが嬉しいわ。


「ありがとう」


「いやいや。こういうの、私も楽しいのよ」


 他人にものを教えるってのはさ。

 そう言って彼女は微笑んだ。

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