第26話 醜い弱者

「逃げないのか……? ド底辺のクズ人間ども」


 あえて俺は答えが分かっていてそう発言した。


 すると連中は激昂したね。


「何がクズだ!?」


「クズはてめえらだろ! 俺たちは仲間を大切にするんだ! てめえらと違ってな!」


「ちょっと金を持ってるからって見下しやがって!」


 口々に俺を罵って来る。

 唾を飛ばしながら


 ……仲間意識は否定しない。

 確かに大事だ。


 それをないがしろにするやつはどこに行っても駄目だよ。

 確かにね。


 ……けどさ


 それしか価値が無い人間というのは……実にみっともねぇな。


 仲間意識っていうのは、価値ある人間の必要条件であって、十分条件じゃねぇんだよ。


 だから


「へぇ……鮑業者が海洋惑星の海の一部を買い取って、工夫を凝らして作り上げた最高級鮑を、暴力的に奪い取っていくのがクズ人間でないと?」


 半ばどんな答えが返って来るか予想しつつ、俺はそう返す。


 俺はこういうヤツが大嫌いだった。


 自分の不遇を社会のせいにして、真面目に頑張っている人間の上前を撥ねようとするヤツが。


「俺たちはずっと低賃金でこき使われる人生を送って来たんだ!」


「お前たちみたいなエリートには分かるまい! 冷たい奴らめ!」


「底辺層に押し込められた人間の苦しみを理解できないだろう!? お前みたいなカスの若造に、顎で使われ、馬鹿にされる苦しみが!」


「心の冷たいお前たちより、他人の苦しみを理解できる俺たちの方が上等の人間なんだ! 心が美しいからな!」


 俺を罵る窃盗犯どもは口々に俺を罵る。

 まあ、必死で口を拭ってるんだな。


 自分たちは苦しい立場に置かれているんだから、犯罪くらい犯して良いんだ。

 許されるんだ、社会が悪いのだから。


 これを認めて欲しいんだ。


 ……認めねえよ。


 だから俺は


「ここの鮑が1個何円か知ってるのか?」


 ……俺はこの惑星に来る前に、養殖場に対する心構えを固めるため。

 ここの鮑の値段を調べた。


 そこで粗相をしたらどれだけの損害が出るのか分かれば、気持ちも引き締まるってもんだろ?


 そしたらさ……


「1個10万円だ……普通の鮑は1個2500円くらいなんだけどな」


 正直、ビビったわ。


 高くても2~3万だと思ってたからな。


 普通2500円くらいの商品を、10万円で売れる価値あるものにするのに。

 一体どれだけの苦労があったか……。


 そこを想像すると、震えるしかない。


 けれど


「一体そんなもの誰が食うんだ!?」


「富裕層しか買わないだろそんなもの!? 俺たち庶民の口には入らない! 不公平だ!」


「日本国民は全員平等のはず! どう考えてもおかしい!」


「俺たちに還元すべきだ!」


 ……出てくるのは、鮑業者への賞賛と尊敬の声では無く、怨嗟の声。

 他人の努力を認めず、自分たちの取り分が少ないことへの不平不満だけを必死で訴える。


 ……ああ、だから嫌いなんだ。


 弱者は。


 自分のことばかりで、他人への尊敬が無い。


 小学校のとき。

 弱い者いじめの話になったとき。

 弱者と呼ばれて恥ずかしく無いのか、一定レベルまで鍛えるべきだって発言して、教師に説教されたことがある。


 弱いものを蹂躙するのは恥ずべきことだが、だからといって助けて貰えることを当然だと思うな。

 抜け出す努力をしろ。

 俺はこういう意見を持つことを間違っているとは思わない。


 ……けど、こういうことを言えば、お前たち決まってこうだよな?


 でもでもだって、だ。


 知るかボケ。


「よーく分かった。まあ、一片の情けも掛けずに叩き伏せるために、あえて言わせたんだけどな。アンタらに」


 言いながら、さっき電撃で気絶させた男をそのままに、男たちに近づいていく。

 男たちは狂ったように携帯している銃器で俺を撃つが、当然の如く効かない。


 俺は踏み込み、自動拳銃で俺を撃ち続けていた男の腕を掴み、捻り上げ……

 左手のモードをパワーハンドに切り替え、その最大1トンに達する握力で、握撃を加えた。


「ぎゃあああああ!」


 完全にちぎれるところまでやろうと思えばできるけれど、骨が砕けて銃が握れなくなるところで止める。

 骨折は痛い。


 痛みでまともに行動できなくなるくらいには。


 残り4人。


「……投降するなら武器を捨てろ。でなきゃ全員骨折してもらう」


 そう、言い放ったときだった。


「そこまでだ!」


 ……別の方向から、声が飛んできたんだ。

 俺はそこにただならぬものを感じ。

 そちらに視線を向けたんだ。


 そこには……


 顔を青ざめさせ、硬直させている相棒と。

 その相棒の頭に拳銃の銃口を突き付けている2人の男たちが居た。


 ……その男たちは追い詰められた表情で。

 必死の声で、こう言ったんだ。


「これ以上俺たちの邪魔をすると、この女の命はないぞ!」

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