第10話 聖獣

 俺は本社がある東京に戻って来た。

 東京に来ると、人の技術の素晴らしさが身に染みて分かってしまう。


 反重力技術を応用した、無車輪車が普通に走ってるし。

 バスもほぼ分刻みでやってくるので、乗り過ごしのダメージが無い。


 東京、最高。


 長い間、化石みたいな普通列車に揺られた身としては


 このレベルのインフラが、日本全土にあればな。


 そう、思ってしまう。


 電車からバスに乗り換えて。

 俺は会社に戻って来た。

 今朝は暗いうちから電車に乗っていたから、ちょっと眠い。

 正直。


 でも、出社時間には間に合わせなきゃいかんしな。

 社会人なんだし。


 東京都心に立つ、複数の企業が入った高層ビル。

 それが俺たちの会社の本社がある場所だ。


 妹に会いに行くという俺の休暇は昨日までで終わり。

 今日からはまた仕事だ。


 入口で紺色の制服姿の守衛さんに挨拶をし、オフィスのあるビルの6階にまでエレベーターで上がっていく。

 6階に着き、フロアの入口に掲げられた「アマノ宇宙狩猟」のプレートを見ると。

 俺がこの会社の一員である事実がイメージされ、仕事をやる気が湧いてくるんだ。


「おはようございます」


 挨拶とともに事務仕事をする俺のデスクがある部屋に向かう。

 胸に、首から下げた社員証をぶら下げながら。


 今日は狩猟に向かわないので、黒いカッターシャツに同色のスラックス姿。

 これで溜まってる事務仕事をしようと思う。


 ……すると。


 鳥羽が席に居なかった。


 ……いつもは始業の1時間前に来てるはずなのに。

 で、新聞を読んでる。


 俺、いつも通り30分前出社なんだが?


 戸惑っていると、鳥羽が部屋の外から戻って来た。

 なんだかげんなりした様子で。


「……どうした?」


 相棒だし、元気が無いなら何があったのか聞くのは礼儀だよな?

 俺はそう思ったので、彼女に訊ねた。


 一体何があったんだ? って。


 すると


「掃除夫のおじさんが置き引きをして警察に逮捕されちゃって」


 相沢さん(俺たちの上司)から呼び出し受けて参ったわ。

 そう、溜息をついた。


 え? と思う俺。


「なんで掃除のオッサンが警察にパクられたからって、鳥羽が呼び出されるんだ?」


 意味が分からなかったから、そう訊くと


 彼女は答えたよ。

 残念そうな顔で。


「だって私、おじさんに10万円貸していたから」


 ……鳥羽。


 俺は顏をしかめてしまった。




 彼女は俺のポカミスには結構辛く当たるけど、それは俺の強さへの信頼と、仕事への責任感から来ることで。

 本来の彼女は、優しい奴なんだよ。


 だからたまに、こういう具合に歪んだ邪悪な弱者に搾取されるような事態に巻き込まれる。


「なんでそんなことをしたんだよ! 危ないだろ!」


 思わず声を荒げる。

 他人に金を貸す行為は、別の犯罪の呼び水になる可能性がある。

 取り立てへの逆恨み、もしくはさらなる借金という名の収奪。


 だから何があってもするべきじゃない。


 だけど鳥羽は


「だってさ、おじさん「お金を全部スられた」って言うんだもの」


 困ったように笑いながら。

 あのなぁ


「そんなの嘘に決まってるだろ!」


「そうかもしれないけど、お金がないのはおそらく本当だし、10万も借りといて踏み倒せる人はそんなに居ないと思ったから」


 ……こういうことを言えてしまう面があるんよな。

 大学飛び級で出れる頭あるのにさ……


「とりあえずお金はおじさんの息子が返してくれるそうだし。あと、おじさんの置き引きの原因も、私への借金を返すため、だったみたいなんだよね」


 実害は無いし、おじさんも踏み倒す気が無かったと言いたいんだろうな。

 でも、だからといって「だったらいいや」ってならんわ。


 だから俺は


「今度からは金関係で頼み事があったら事前に俺に言え。俺がジャッジしてやるから」


 そう厳命めいた口調で言った。

 こいつ、絶対女だからって理由で甘く見られてるんだよ。

 女で、かつ高給取りだから。


 日常的に金をギャンブルで無為に溶かしているクズどものいいカモなんだろ。


 許せんわ。


 鳥羽は


「うん……分かった」


 ちょっと気圧されていた。

 俺は感情的になり過ぎたかと少し反省した。




「鳥羽君に国生君。ちょっと来て」


 俺がパソコン相手に、この前に足を踏み入れた惑星E-101の報告書の内容を手直ししていると。

 俺たちの上司の課長・相沢さんが俺たちを呼び出した。


 相沢さんはスクエア眼鏡を掛けたスーツのキャリアウーマン。

 ちなみに子持ちの既婚者。

 俺の中では、女性としての理想的な生き方をしてる人でもある。


 上司の部屋である狩猟課課長室。

 相沢さんは俺たちに資料を手渡して、こう言って来た。


「惑星H-232でハクタク捕獲して来て。ちなみに生け捕りがベストよ。期限付きの依頼だから気を付けてね」


 依頼者は海外の大富豪。

 金に糸目はつけないから、1カ月以内に是非ハクタクが欲しいらしい。

 聖獣白澤の異名を持つこの宇宙生物を食べて、運気と健康を手に入れたいんだと。

 

 聖獣を食べるのか。

 依頼者、何か健康上の不安でもあるのかね。


 そんなことを、資料を捲りながら俺は思った。

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