第9話 ユニコーン

「妹さんはYH病に感染されていますね」


 高校1年のときだった。

 妹が医者にその宣告をされたときは。


 俺も呼ばれた。

 そのときはすでに、妹の保護者は俺だったからな。


 医者と向き合って簡易の丸椅子に座って、妹が真っ青な顔をしていたのをよく覚えている。

 発病したら、自分のお腹で子供を産めなくなる。

 そんな絶望的な奇病。


 発病を抑える技術はあるけど……治療法の存在しない難病。


 発病したら最後、子供を持つには人工子宮を使う他なくなる。

 豚をベースに遺伝子調整を行って作った奇怪な生物である「人工子宮」を……。


 我が子をそんなものを使わないと持てないっていうのは、誰だって嫌だ。

 それに差別されるしな。

 人工子宮で生まれた子供は。

 子供のことを考えるなら、なるべく避けるべき選択肢だ。


 妹はその宣告を受けたとき、しばらく沈黙していたんだけど


「間違いないんですね……?」


「うん、そうだね」


 妹は改めてそう医者に訊ねて、否定されなかったことで。

 妹は覚悟を決めた様だった。


「……確か、お薬さえ飲めば、閉経まで発病しない人も珍しく無いんですよね?」


「そうだね……低くはない確率で、それはあるよ。絶対とは言えないけどね」


 それを聞き

 妹は


「一般的に妊娠が難しくなるのは35才くらいからだったよね……」


 そう、独り言ちて


 俺を見上げて、笑顔を浮かべ


「今、16才だから、実質19年発病しなければ私の逃げ切り。……これはちょっとした鬼ごっこだよね。お兄ちゃん」


 そして「学校を卒業したら即お婿さん候補探さないとマズイってことっすね」そんなことを軽い調子で言ったんだ。


 無理してやがるな……龍子。

 俺は妹が可哀想でならなくて。


 以前、同僚の、つまり鳥羽から聞いた噂話が本当であればいいのにな。

 そう思ったんだ。


 それはこんな話だった……




 例によって狩猟目的で、他の惑星に向かっているとき。

 宇宙船内の雑談で、噂話の話をしたんだよ。

 そのとき。


 例えば……

 惑星より大きな生首……惑星入道。

 遭遇すると宇宙船からエネルギーを全て抜き取ってしまう……スペースバンパイア。


 宇宙の船乗りの間でまことしやかに語られている噂話。


 鳥羽はこういうのを指して「宇宙伝説」って言葉を使ったんだ。


 こういう宇宙伝説に似た話は、まだ地球でしか人類が活動していなかった時代からあるんだ、って。

 俺はそれが理解できなくて


「宇宙伝説って何だ?」


 って訊き返した。


 俺はその言葉を、そのときまで知らなかったんだ。

 噂話なら通じたんだけど。


「え?」


 鳥羽は一瞬わけが分からないよ、みたいな顔をして


「リューイチ、マジでそれ言ってんの?」


 恐る恐るという感じで訊いて来た。

 俺は


「……宇宙伝説って常識なのか? 学校で習った覚えないぞ?」


 そう返したら鳥羽に呆れ顔で


「そりゃ、学校じゃ習わないけどさぁ……」


 で、懇切丁寧に説明してくれた。

 宇宙伝説って言うのは……宇宙に人類が普通に出ていく時代に入ってから、実話として語られている噂話を指す言葉だ、って。


 惑星入道もそう。

 スペースバンパイアもそう。


「あと、ユニコーンもそうだね」


 ……ユニコーン?

 ユニコーンは伝承では知っていたけど、宇宙伝説でもあるというのか。


「ユニコーンは確かヨーロッパの伝説上の生き物だろ?」


 そう訊くと彼女はこう言った。


「宇宙伝説でもあるのよ」


 遭遇したら、遭遇した人間の周りから病魔を退けてくれるんだって。


 どこに居るかって……?


 それは……宇宙空間。


 宇宙空間で、暗黒物質を食べて生きてる一角の生き物……それがユニコーン。

 そういう話よ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る