第7話 帰路にて
「なんとか無事に仕事終わって良かったね」
俺たち2人、宇宙船に戻って来て。
今、帰路についている。
宇宙船の操作は、全部AIが行うので、俺たちがやることは特にない。
行きと帰りの時間はいつも、空白の時間だ。
帰りの時間は考えてしまう。
この仕事は刺激があって楽しいけど、生きて帰れる保証がないのがね。
そこだけはまぁ、いただけんわ。
俺は妹を学校に行かせてやらないといけないから、まだ死ねないし。
宇宙船内での普段着……紺色の作務衣に着替えて、俺は長椅子に腰を下ろしていた。
色々考えごとをしつつ、鳥羽の話を聞きながら。
「レッドドラゴンから150度のガスブレスが来なくて良かったね」
俺同様、作業着を脱いでラフな格好に着替えた鳥羽はそう言いながら、インスタントコーヒーが入ったマグカップを差し出してくる。
俺は受け取りながら
「あー、そうだな。力比べになったとき、来てたかもしれないのか」
貰ったコーヒーを口にしながら、あのときのことを思い返す。
危なかったのか。
咄嗟に足払いに切り替えたのは英断だったか。
『国生さん、いい加減普通の装備をするべきです』
……そこで。
宇宙船のAIが俺にツッコミを入れてきた。
うん……
分かってるんだけどね。
鉄身五身をやった上で、レイガンやらレイブレード、もしくは銃火器使えばかなり安全に仕事できるよな、ってのは。
でもさぁ……
「それ、ヤなんだよなぁ……」
俺の言葉を、鳥羽は何とも言えない顔で見つめていた。
鳥羽も出来ればそうして……欲しいんだろうなぁ。
でも俺は素手で倒せる相手は、素手でやりたいんだよ。
武器は……何か信用できない。命を預けられないんだ。
「まぁ、普通武装を使ってるリューイチって想像できないし」
鳥羽がフォローのようなものをくれた。
内心、申し訳ない気分になる。
『私には社員の皆さんが安全で健康に働けるように助言する義務があります』
まぁ、会社の意思の代表だしな。
宇宙船AIは。
だから当たり前のことなんだけどさ。
会社の資産で最大のものは社員です、って。
全体朝礼のときに社長も良く言ってるしね。
『ですので、是非検討することをお勧め致します』
「気持ちは嬉しい。ありがとう」
俺はコーヒーを飲み干した後、そう礼を言い。
「それはそうと、持ち帰ったレッドドラゴンの脚と胸部を使ったドラゴン鍋まだ?」
話題を変えたいので、料理の話を持ち出した。
……惑星E-101でレッドドラゴンを倒した後。
俺たちは一般的に「レッドドラゴンで一番美味しい部位」とされている脚と胸部だけ切り離して持って帰って来たんだよね。
殺しておいて放置って、許されないんじゃないかと思ったから。
で、宇宙船の調理システムに素材として引き渡して
「これでドラゴン鍋を作って」
と依頼したんだ。
味はカニ鍋に近いらしい。
そう、話には聞いている。
俺のその質問に対してAIは
『もう少しお待ちを。野生動物を調理するのは少々時間を要しますので』
その一言で、また沈黙に転じた。
……ホッとする。
だけど平穏はまだ訪れなくて、次は
そこで「え」と鳥羽が声を上げたんだ。
続けて
「YH病の特効薬が開発された?」
そう、思わずと言った感じで声を洩らす。
彼女は携帯端末で星間通信ニュースを見ていたらしい。
その言葉に俺は
「え? 本当か!?」
思わず問い返していた。
YH病……女性だけが感染し、発病すると自然妊娠が不能になる奇病だ。
治療法も感染経路も良く分かっておらず、女性にメチャクチャ恐れられている。
何故なら、自然妊娠が不能になると、結婚に不利になるからだ。
今は人工子宮があるから、太古の昔ほどではないんだけどな。
人工子宮……言い方は綺麗だけど、実態は「豚をベースに作り出したキメラ生物」だからね。
当然、そこから生まれた人間は科学的には自然妊娠で生まれた人間と一緒でも「何か違うんじゃ無いか」と思われて
一線引かれるというか……差別される。
無論、それを理由に就職に不利になったりはしないんだけど。
うっすらとした呪いみたいなものを負うことになるんだよ。
だから、YH病の特効薬。
そんなものが開発されたのなら……
「それはノーベル賞ものの発明じゃないか!」
うん。こうなる。
俺は立ち上がり、鳥羽の携帯端末を覗かせて貰おうと近づいた。
だけど
「あ……ゴメン。特効薬って言いながら『発病確率を従来の薬よりも大幅に下げる』だったわ」
侘びの意思が含まれた声で、鳥羽が訂正する。
……なんだ。
「そっか」
俺はそう言い、戻ってまた長椅子に腰を下ろした。
本当の特効薬だったら良かったのにな。
本当に……
『ドラゴン鍋、出来ました。食堂にどうぞ』
そこに。
AIからの料理完成報告が響き。
俺たちは食堂へと移動していった。
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