第1話
「おばあちゃん」
「ん?どうしたの、ミヨちゃん」
おばあちゃんの家に来てから三日目。
家にも慣れ、リビングで私とおばあちゃんはかき氷を食べていた。
イチゴ味のシロップで舌が赤くなる予感がしながら、私はとうとう、家に来た日から気になってたことを聞いた。
「あそこのひまわり畑、行ってみてもいい?」
あそこ、と指差したのは、窓の外。
おばあちゃんの家の庭じゃなくて、その少し先、山のふもとにあるひまわり畑を指した。
なんとなく、遊ぶのに良さそうな場所だと思ったから。
ここらじゃよく見えないけど、多分おばあちゃんにはこれで伝わる。
おばあちゃんはにっこり笑った。
「えぇ、いいわよ。あそこはおじいちゃんの家の庭だったからねぇ」
思ったとおり、おばあちゃんには伝わった。
でも、おじいちゃんの庭って言われて、びっくりする。
「えっ?でも、おばあちゃんとおじいちゃんは一緒に暮らしてたでしょ?」
「ミヨちゃんが生まれた時にはねぇ。元々、おじいちゃんとおばあちゃんは、お隣さんだったのよ。そうして、少しずつお互いが気になって、好きになっちゃって、結婚したのよ〜」
「ふぅ〜ん」
おばあちゃんは嬉しそうにおじいちゃんの話をするけど、好きとか結婚とか、よく分かんない。
ただ、おばあちゃんは本当におじいちゃんの事を好きだったんだなぁって言うのは、おばあちゃんの顔を見れば分かる。
「ねぇおばあちゃん。かき氷食べ終わったら行ってきていい?」
「えぇいいわよ。でもその前に、おじいちゃんにきちんと挨拶してから行きなさいね」
「はーい」
そうと決まれば早くかき氷を食べ終わらなくちゃ。早くしないと溶けるし。
急いで残りを口に入れて、ごちそうさまをし、食器を台所までさげた。
パタパタと足音を立てながら、おじいちゃんのいる部屋まで走る。
一面畳の部屋には、立派な仏壇があった。
私はその前にあった座布団に座ると、木の棒を取って、金色のお椀みたいなやつを叩いて、チーンと鳴らした。鳴ってる間に手を合わせる。
目の前には、ぶすっとした顔のおじいちゃんの写真。
おじいちゃん、今から遊びに行きます。おじいちゃんの家の庭に遊びに行ってくるね。
心の中でおじいちゃんに話しかけたら、またパタパタと走って荷物を取りに行く。
おばあちゃんがくれた、私だけの部屋にだ。
ドアを開けると、おばあちゃんが昔使ってたって言ってた机と椅子が真っ先に見えた。
椅子の上に置いてあったポシェットと、机の横の洋服掛けにあったキャップをかぶる。
「行ってきまーーす!!」
「はい、いってらっしゃい」
走って玄関まで行って、サンダルを履くとすぐ家を飛び出した。
蝉の音、風の音、葉っぱの音。
色んな音がしてる中、聞きなれた車や電車の音、人の話し声は聞こえない。
走ってしまえばすぐ着いてしまったひまわり畑は、今まで見た花畑の中で一番綺麗に見える。
太陽の方を向いて咲いてるひまわりは私の身長を軽く超えていて、一度入ってしまえば迷路のように帰りが分からなくなってしまいそうな怖さがあった。
でも、今の私にはそのくらいが丁度いい気がする。臆さず、ひまわり畑の中へ入っていく。
一度入れば怖さも消えて、自分一人がここにいるんだと妙な高揚感があった。
しばらくひまわりの中を歩いてみたけど、行けども行けどもひまわり、ひまわり、ひまわり、ひまわり。
ひまわり畑は山のふもとにあったはずなのに、山の斜面すら見えない。
少し疲れてしゃがみこむ。
……すごい、すごい馬鹿なことだって分かってるけど、なんだかこのまま、本当にひまわり畑から抜け出せない気がしてきた。
「あつい」
水筒もなんにも持ってこなかったのは失敗した。
そういえば朝のニュースで、今日は今年一番の暑さだって言ってた気がする。最悪。
暑い。暑くて、暑くて、頭がぐるぐるしてきた。
「大丈夫?」
突然声をかけられて、びっくりして飛び上がる。
見上げれば、そこには今まで見たこともないくらい綺麗な、同い年くらいの男の子。
少し長めの黒髪に金色の目をしていて、焼けてない肌はまっしろ。
服装はちょっとおかしい気がする。サスペンダーの黒い短パンと白いシャツを着てた。
今時サスペンダーとかお坊っちゃんみたい。
「……誰」
「僕?黎也だよ。よろしく」
手を差し出されて、一緒迷ったけど握手する。
そのままぐいっと引っ張られて、立ち上がった。
黎也は肩に下げていたバックから水筒を出して、私にくれる。
「いいよ、別に。あんたのでしょ」
「僕は喉乾いてないし。君のがいりそうだけど?」
嫌味なやつだったけど、不思議と自然体で話せて、ちょっとだけ力が抜ける。
くれるって言うなら貰おうと水筒を手に取ったら、中のお茶の冷たさでひんやりした。
蓋をあけてお茶を飲む。
なんだ、お茶かと思ったら水だった……
「水?珍しいね」
「そうかな?でも、君を見つけられてよかった。倒れてたら大変だよ」
そう言ってくれるあたり、優しさはあるみたいだ。
あんまり飲むのも悪いから、もう一口、二口飲んで蓋をしめ、黎也に渡す。
「ありがとう」
「どういたしまして」
バックの中に水筒をしまう黎也を、ちょっと怪しんでしまう。
だってここはおじいちゃんの家だったから、私は別として入っちゃいけないはずなのに。
「黎也はなんでここにいるの?」
「うーん、なんでだろう」
意味分かんない!
ニコッと笑った黎也は、全く悪いと思ってない態度だし。
……もしかして、ここは入っちゃいけないって知らなかったのかな?ただのひまわり畑だし。
そんな気がしてきた。
「……黎也っていくつ?この辺に住んでるの?」
「10歳、ちょっと遠い所かな」
「ふーん」
なるほど。それなら、ここがおじいちゃんの家だったって事を知らないのも分かる。
それよりも、同い年だったのか!
全然そんなふうに見えなかった。
「私、千晴美葉(ちせみよう)。よろしく」
手を差し出せば、また握手する。
それも一瞬で、私から手を離せば黎也はにっこり笑った。
「みようって珍しい名前だね」
「うん、変な名前でしょ?漢字も三に葉っぱって書くし。だから、ミヨって呼んで」
「分かったよ。ミヨちゃん」
ちょっとむず痒くなる。
クラスの男子には大抵ミヨって呼び捨てか、千晴さんって呼ばれてるから、ちゃん付けなんていつぶりだろう。
「そうだ、ねぇ黎也。一緒に遊ばない?私、こっちに友達いないんだ」
「いいよ、でも……こっちって?」
「今はおばあちゃんちにいるの。普段はもっと都会に住んでる」
「へぇ」
名案だと思って話せば、やっぱりあっちもその気だったのか賛成された。
うん、黎也友達いなさそうだしね。クラスでいっつも本とか読んでて、外には行かなさそう。
「……それじゃあミヨちゃんを僕の秘密基地に招待しよう」
「秘密基地?あるの?」
「うん、このひまわり畑の中にね。こっそり作ってあるんだよ」
「まじか」
ごきげんな様子で黎也に手を取られて、その秘密基地まで案内してもらう。
ごめん黎也、あんたも結構普通の男の子なんだね。
少し歩いて、曲がって、歩いてまた曲がって。
そうしてると、何か建物が見えてきた。
「なにここ!すごい!」
あったのは、古そうな木の小屋。
ひまわりに囲まれていて、まるで絵の中みたいだ。
「本当は使っちゃいけないんだけど。でも、誰も使わないのはもったいないからね」
「そういうの大好き!あんたとは気が合いそう」
「喜んでくれたならよかった」
さぁ入って。
うながされて、小屋の扉に手をかける。
中は思ったより綺麗で、机と椅子、それに棚もあって、床には絨毯が敷かれていた。
天井からは電球が吊るされてる。
「す、すごい……秘密基地だ……!」
「ね、使わないのはもったいないでしょ?」
手を引かれて、机の前の椅子に座る。
黎也は入り口近くにあったもう一つの椅子を持ってきて、向かい側に座った。
「あはは、なんか変な感じ。ここに来る人なんて、もうずっと居なかったから」
「じゃあこれからは私が来ていい?毎日毎日暇で、もう夏休みの宿題すら終わっちゃったの!」
興奮したまんま黎也にそう言えば、きょとんとした後に笑った。
「もちろん」
「やった!」
ガッツポーズをした私を見て、さらに笑い出した黎也。
なに、何がそんなにおかしいの。
「そんなに笑わないで!……とにかく!明日からは私も来るんだし、もっと秘密基地を豪華にしない?」
「ふふっ、あははっ、ごめん。……はは、ふふ……ごほん、それで豪華にってどんなふうに?」
やっと笑い終わった黎也に聞かれて、考える。
……ここは秘密基地らしくてとっても素敵だけど、小物とかを足したらどうかな?
目の前の机とか、所々ボロいからうっかり肘をついたら棘が刺さりそうだし。
「とりあえず、明日は机にかける布か何かを持ってくる。あとは余ってる座布団とか椅子の上に置いてさ!それで、ちょっとずつ作ってこ?」
「賛成。僕も何か用意しておくよ」
これから毎日、ちょっとだけ明日が楽しみだ。
興奮でそわそわして、またぐるりと小屋を見渡した。
これからどんどん二人の秘密基地にするんだし、何が似合いそうか考えないと。
そうして静かに小屋を見ていて、ふと思った。
……そういえば、黎也は私を仲間に入れて嫌じゃないのかな。
なんか、普通に明日も来ることになってるし。
「ねぇ黎也」
黎也の方を見れば、薄暗い部屋に金色の目が光っていた。
びっくりして瞬きをすれば、そんなことはなくって、普通に黎也の後ろの窓が外の光で光ってるだけだった。
「びっ、くりしたぁ……」
「どうしたの?」
「うーうん。……いや、黎也は私が秘密基地に来るの、嫌じゃないのかな?って」
「なぁんだ。そんなこと?」
「そんなことってなに」
黎也は椅子から降りて、私の前に来た。
だから私も黎也の方に身体を向ける。
「僕、嬉しいんだ。君にあえて。だから、毎日でもここに来てよ」
手を握って、そう言われた。
なんだ、よかったぁ。
「私も、黎也に会えてよかったよ!田舎ってなーんにもなくてさ、つまんないもん」
「そうだね。ミヨちゃんが喜びそうなものはないかも」
笑いあって、また少し、水筒の水をもらって。
その日は帰った。
黎也はもう少しひまわりを見てから帰るって言ってたから、ひまわり畑の入り口で別れた。
その日から、数年間に渡る、私の不思議な夏休みは始まったのだ。
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