蜃気楼の街

魚市場

蜃気楼の街

小さな一軒家で、老人は目覚めた。古めかしい一軒家だったが、老人はどこか懐かしさを覚えていた。老人は寝室の窓を開け、暖かい部屋の外の空気が入り込んできた。家の周りは白だけの世界が延々と広がっていた。老人は目を擦り、遠くを見つめた。蜃気楼しんきろうが見えた。曖昧な輪郭の街が白い大地と青い空との境界線の間にあった。老人が階段を降り、一階へ行くと、居間のテーブルには朝食が用意されていた。朝食を食べながら老人は思った。これを食べ終えたら出かけなければならないと。あの蜃気楼の街まで向かわなければならないと。


牛乳を飲み終えた老人は家を出た。蜃気楼に向かってひたすら歩き続けた。後ろに見える一軒家のシルエットがどんどん小さくなっていった。老人は形容し難い寂しさを感じた。体が疲れないので、休むことなく白だけの世界を歩き続けた。太陽が地平線に近づいた頃、老人の向かう先から二つの人影が近づいてきた。若い女と男だった。老人は「こんにちは。」とあいさつをした。女が「こんにちは、あそこへ向かうのですか?」と言って蜃気楼の街を指差した。「ええ、そうです。」「私たちもあそこへ行くんです。心配なんです。無事辿り着けるかどうか。」男が老人の出てきた家を指差した。遠くに見える一軒家もまたその輪郭を曖昧にしていた。「お気をつけて。それでは。」と二人に別れの挨拶をして、老人は再び歩き始めた。何十年歩いただろうか。あるいは、ほんの一瞬のような気もする。そんなことを考えながら老人はひたすら歩き続けた。そして老人は旅を終えた。


老人は街の入口の門をくぐった。街は大勢の人々の活気で溢れていた。老人は歩いてきた道を振り返ったが、あの一軒家はもう見えなかった。老人は思った。そういえば、あの二人は無事に辿り着けただろうか。その時、老人は思い出した。そうだ、あの若い男女。あの二人は若い頃の自分の両親だ。老人の目から自然と涙が溢れ出た。そして老人は確信した。大丈夫、二人は無事にあの一軒家に辿り着いたはずだと。

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