決着
『大変ご心配をお掛け致しました。本日より持ち込みの鑑別を再開いたします』
ラグナーの店に張られていた張り紙が張り替えられたのは、体調不良の報せが出てから二週間と少し経った頃だった。
「目を悪くしたって聞いたけど、大丈夫なの?」
「はい。ご心配おかけしました。もうすっかり良くなったようなのでご安心ください」
店先でそんなやり取りがされているのをキューネルが青い顔をして聞いている。
(そんな……そんな馬鹿な……! この国では出回っていない、異国の毒を使ったんだぞ。わざわざ高い金を払って仕入れたというのに!)
異国の商人が持っていた「飲むと目が見えなくなる未知の毒」、それを買収した使用人に命じて夜会の飲み物混ぜたのはキューネルだった。
銀の髪に美しい容姿、「竜の御子」と呼ばれる崇高な存在。キューネルはラグナーに心酔し、まるで神のように崇め奉っていた。
いくら奉仕しても決して靡かないその気高ささえ美しいと思っていたが、何処の馬の骨とも分からぬ神殿育ちの男を侍らせているのを見て嫉妬心に火が着いたのだ。
(分からせてやるはずだった……。私が必要なのだと)
ちょっとした悪戯、自分に関心を向けない親を振り向かせたい子供の様な、くだらない理由だ。薬の解毒薬を用意していたのも、本当に御子の目を害するつもりは無かったからだ。
見えなくなって困っている御子を助け、頼られる自分を演出したかった。御子に頼られたい、必要とされたいという自己顕示欲が「目を見えなくする毒を飲ませる」というとんでもない行動を引き起こした。
とはいえ、以前からその片鱗は見せていた。大量の贈り物を持参するのも御子に気に入られたい、覚えられたいという自己顕示欲の表れだ。
外国から取り寄せた未知の毒――すなわち、国内では解毒の仕様が無い毒を使う事によって、御子は必ず自分を頼って来る。そしてあわよくばキューネルのブランドの専属モデルに――そのはずだった。
想定外だったのだ。ラグナーが地力で目を治してしまうなんて。
(一体どうやって……)
あり得ない事だ。キューネルが呆然としていると、ラグナーが二階から降りて来た。普段は滅多に店に顔を出さないラグナーの姿を見た客と従業員は驚きを隠せない。
ラグナーは店の隅にいるキューネルの姿を認めるとふんと鼻で笑った。
「なんだ、得体の知れない物を見るような顔をしているな、キューネル」
「ご、ご機嫌麗しゅう……。体調が戻られたようで何よりです」
「ああ、なんてことは無い、ただの風邪だったようだ。薬が身体に合ったのか、以前よりも調子がいい」
「薬……」
キューネルは「薬」という単語にびくっと小さく体を震わせた。
(全てバレている……)
直観的にそう感じたのだ。
「そうだ。見舞いの時に貰った手紙だが」
「あ、ああ。ラグナーさんが回復されたのなら、薬も必要ないでしょう。お忘れください」
「……そうだな。怪しげな薬の礼に専属モデルになれなどとくだらない条件を寄越したのも無かった事にしてやろう」
「……!」
静まり返っていた店内にラグナーの通りの良い声が響く。店内にいた客は顔を見合わせるとキューネルに好奇心溢れる目線を送った。
「今後とも良き取引を頼む」
ラグナーはそう言うと硬直するキューネルを遺してさっさと自室へ戻って行った。
「お客様、ご用件がございましたら承りますが」
店の隅で固まったままのキューネルにネルソンが笑顔を浮かべながら声を掛ける。
「い、いや! ……失礼します」
ネルソンは慌てて店を出て行くキューネルを見送ると、「またのご利用お待ちしております」と言って頭を下げた。
◆
「あれだけ見学者が居たら『噂』が広がるのもあっという間だろうな」
こっそりと様子を見ていたフレムがおっかなそうに言う。
「それくらいの罰は受けて然るべきだろう」
「噂には噂で……だな」
「ふん」
ラグナーは「それでも足りない位だ」と思っていそうな雰囲気だ。実際、商売道具である目を潰し、店に対する悪評まで立てたのだからかなり温情のある処遇であると言える。
「奴の店はそれなりに繁盛しているからな。あそこが潰れるのはうちとしても困る」
「仕事人間だねぇ」
「お前には言われたくない」
「はいはい」
店の利益と復讐心を天秤にかけた結果、ラグナーが採ったのは店の利益だった。それだけだ。
「それにしても、『竜眼』は便利だな」
いつものソファーに腰を掛けると机の上に積んである石の山から一つだけ石を摘まんで高くかざす。
「こうして眺めるだけで石の種類や産地はおろか、いつどうやって採掘されたのかまで手に取るように分かる。今までのようにルーペで覗く必要もないし、重さや比重を測る必要もない。
こうしてみると、やはり今まで私は自分の目で観ていたのだと実感するな。異能とは、竜から与えられた特別な力。こういう目の事を言うのだ」
「お役に立てて良かったよ。にしても、契約した時の……ぷぷっ、今思い出しても笑えるぜ」
「……」
フレムとラグナーは「竜」と「従」の契約を交わした。フレムが「竜である」と明かしたあの日、フレムはラグナーに「今出来る最善の方法」を提示したのだ。
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