告白

 ラグナーの病状は変わらず、小康状態だった。店を任せているネルソンからは毎日売り上げと、「噂」に関する報告が上がって来る。どうやら日ごとに「ラグナーが目を病んでいるとは本当か」という問い合わせが増えているようで、売上にも多少影響が見られるとのことだった。


「誰かが噂を撒いているな」


 ラグナーが言う「誰か」について、フレムもノーランも同じ人物を思い浮かべていた。


「キューネルめ」


 恨めしそうな口調でその人物の名を呟く。キューネルからは毎日、体調を尋ねる手紙が届いていた。手紙が届くたびにラグナーが破って捨て、ノーランが焼却炉で焼くのが日課になっているほどだ。


「ラグナー、目の事なんだけど……」


 その日、フレムは「竜眼」について話をしようと決意していた。店の経営状況や在庫数、そして「噂」の事を考えるとそろそろ限界だろうと思ったからだ。


「ノーラン、申し訳ないんだけど、ちょっと席を外して貰えるかな?」

「分かりました~」


 流石にノーランに全てを聞かせる訳には行かず、人払いをしてラグナーと二人きりにしてもらった。


「なんだ? 人払いまでして」

「うん、あの……。実はさ、ラグナーの目を治せるかもしれなくて」

「何?」


 ラグナーは驚きに満ちたような声を出す。


「話せば長くなるんだけど、驚かないで聞いて欲しい。信じられないかもしれないけど、俺、竜なんだ」

「…………は?」


 ぽかんと口を開けて呆然とするラグナーをフレムは気まずそうに見守った。頭が真っ白になっているのか、なかなか言葉が出てこない様子だ。


「正気か?」

「いや、本当なんだって! 俺も最初は信じられなかったんだけど、成人した時に神官のおっさんに言われたんだ! ほら、神殿育ちだって言っただろ?」

「……確かにそんな事を言っていたような。だが、お前は何処からどう見ても人間だろう」

「そう。竜って人間なんだよ」

「……?」


 ラグナーの顔に「何を言っているんだこいつは」と書いてあるのが見える。それもそうだ。「竜は人間」。竜に対する信仰心が篤いラグナーには理解しがたい言葉だろう。


「えーっと、どこから説明したらいいのか……」

「最初からで構わん。分かるように話せ」

「ああ、ああ、そうだな。まず、俺は生まれた頃から成人するまでずっと、神殿の奥にある『奥の間』で育った。だから親の顔も知らなければ、親戚の名前も知らない。親代わりの神官が何人か居て、そこで彫金をしながら育ったんだ」

「奥の間……」


 竜を祀る神殿にはラグナーも何度か足を運んでいたが、信者が祈りを捧げる「祈りの間」以外には立ち入ったことが無い。フレムの話を聞くに、併設されている孤児院を指している訳では無さそうだし、神官が何人かついて育てられたというのも聞いたことが無い話だった。


「物心ついた頃から彫金が好きでさ、見たことが無いはずなのにどういう道具が必要か、どうすれば何が出来るか分かったんだ。それを神官に伝えると道具を用意してくれるから、時間があればずーっと装飾品を作ってた。

 成人したら神殿が就職先を斡旋してくれるって言ってたから、特に何も考えずに物作りに集中出来て最高だったなぁ。

 それで無事に成人を迎えた日に、神官に言われたんだ。お前は竜だって」

「……おい、そんな異常な生活をしていて成人するまで何も疑問を持たなかったのか?」

「え? そんなに変だったかな?」

「彫金以外の事は? 他に何を学んだ?」

「竜の神話をちょっとだけ。後の時間は全部作業してたからなー」

「……」

「お前も同じような物だろ? 飯を食べるのも忘れて収蔵庫に籠ってたってハンナさんが言ってたぜ」

「……もういい。話を続けろ」

「おっさんが言うには、竜っていうのは異界から転生した魂が宿った人間の事らしい。俺が生まれた時から彫金のやり方を知っているのも、前の世界で彫金職人だったからなんじゃないかって。

 恐らく『ワボリ』や『モクメガネ』もその世界の文化なんだよ。だから俺は元々知っていたけど、この世界の人達にとっては全く新しい技術なんだ」

「異界から転生……? まるで御伽噺だな」

「そう。御伽噺の世界だよな。でもそれを言ったら異能だって御伽噺みたいな力だろ?」

「……」

「異能は竜と契約した者に与えられる力。竜は異能が無い普通の人間だから、それを支え、補助するために竜が持ち込んだ技能や知識に沿った力が与えられるらしい」

「なるほど。それで何となく分かった。我が祖先、ニコラスが何故竜眼――宝石の鑑別眼を賜ったのか」


 フレムの話を聞いてラグナーはある事を思い出していた。幼い頃に読んだニコラスの本、そこに記載されていた宝石の画は繊細で美しく、お世辞にもうまいとは言えないニコラスの字と並べると違和感があるものだった。


「ニコラスの妻、エフィは宝飾品のデザイナーをしていた。私が店を引き継ぐ時に畳んでしまったが、うちの店は元々宝飾品も取り扱っていてな。エフィがデザインした宝飾品を取り扱っていたのが元だと聞いている。

 エフィが宝飾品を作るためにはより良い宝石が必要だ。ニコラスの異能は、そのための物だ。つまり、ニコラスの竜はエフィだ。違うか?」

「驚いたよ。その通りだ」

「……そう考えると、竜が人であるというのもあながち嘘では無さそうだな」


 あまりにもすんなりとラグナーが受け入れたので、フレムは拍子抜けしてしまった。もしも納得して貰えなかったら神官を呼び寄せて直接説明してもらおうと考えていたのだ。


「お前の技術に関しても、そう言われれば納得出来る。誰も見たことが無い技法、常人からは考えられない作業速度……」

「確かに作業の速さには自信はあるけど、常人離れしてるって訳じゃないだろ」

「……本気で言っているのか? 前日の夜に頼んだものが翌朝には完成している。他に同じ仕事をやってのける職人が居るのならば名前を言ってみろ」

「えぇ~……」


 フレムの作業速度は異常だ。当人はそれが普通の事だと思っているようだが、ラグナーが初めてフレムに耳飾りを頼んだ時、言いつけ通り一晩で完成させたのを見て心底驚いた物だ。


 フレムを試すつもりで少し意地の悪い注文をしたつもりだったが、決して手を抜いている訳でもなく、立派な彫りを施した想像以上に立派な耳飾りが出て来たのが印象的だった。


 恐らくエイラム、いや、国中を探してもこれほど仕事が正確で速い職人は居ないだろう。下町の工房にこれほどの逸材が埋もれていたのが不思議だったが、フレムの話を聞いて納得した。彼は天が遣わした彫金の申し子、それをするためだけに生まれてきた存在なのだ。

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