光明

『記録によると竜眼は見るだけで産地や質、採取年月日まで分かるようだ。鑑別処理する速度も常人の比では無かっただろう。それでも寝る暇がないほど仕事をしていたのだ。ただの一般人であった息子には荷が重すぎたのだ』

『父から竜眼を継いでいる、なんて言われたら確かに自分でも出来そうな気がするかもな』

『そう思わせるために竜眼は遺伝する、なんぞ罪深い嘘を吐いたのかもしれない』

『店を潰させない為の枷って事か?』

『無理だと逃げ出させないために、竜眼が遺伝しているという枷を嵌めて店を存続させる。ニコラスの時代は今よりは竜信仰が残っている時代だ。尊き竜から賜った特別な力を継いでいると言われたら、それを絶やす訳には行かないと思うだろう』

『……やっぱり異能って呪いじゃないか』

『それは違う』


 神官はフレムの言葉をきっぱりと否定する。


『勘違いするな。竜が与える異能が呪いなのではなく、ニコラスとエフィが吐いた嘘が子孫を縛る枷となっているのだ』

『……』


 異能自体が悪いのではない。異能は神が民の為に与えし恵であり、竜と人との絆を示すものだからだ。事実、神殿が竜を秘匿するようになってから、ほとんどの竜と従は平穏な人生を送っている。


 自らが竜であると明かすことなく、自らの知恵や技術を活かし民の中で暮らす。新しい技術を持って「発明の父」や「文化の母」となる事はあっても、決して異能を誇示したり自慢したりすることは無かった。


『彼らは固執しすぎたのだ。竜眼という力に魅了され、飲まれてしまった。竜の名を使って商売をし、死んでも尚それを手放そうとしない。そのツケが子孫に巡っているのだろう。因果応報だ』

『子孫に店を継がせたい、稼いだ富を手放したくないって言うのは分かるけどなぁ。それで早死にするんじゃ意味ないよな』

『竜眼に執着しなければ、あそこまで苦しむことは無かったろうに』

『……と言うと?』

『竜は何の為に生まれてくるのか覚えているか?』

『えっと……確か、世界を豊かにするためだっけ?』

『そうだ。本来竜とは、この世界に持ち込んだ知識や技術を民に分け与え、この世界に無い文化や知恵を広める役割を担っている。それを一族で独占し、商売の目玉にしようなど……罰当たりなにも程がある』

『……』


(知識や技術を民に分け与え……つまり、弟子を取ったりして持っている技術を後世に伝える役目ってことか?)


 ベルンシュタインの一族は「異能を他者の為に使う事」を使命としていた。しかし、本来竜に課せられた使命は「他者の為に使う」事ではなく「他者へ伝える」事だった。


 異界から持ち込んだ知識を他者へ伝え、世界に伝播させる。そうしてこの世界の文化や文明を少しずつ発展させる。それが神が竜を地に下ろす理由なのだ。

 竜眼の一族が行っている事は神が望む「伝播による継承」ではなく「異能の独占」であり、そもそも使命の解釈が間違っているのだと神官は述べた。


『そうなると、俺もあまり役目を果たしてるとは言えないな』


 フレムは今までの生活を思い返す。ドグラムの工房に居る時にドグラムやカールにワボリを教えたりはしたが、弟子を取ったり積極的に広めたりした記憶は無い。


『そうとも言えんぞ。お前の作った装飾品は下町で流行していたし、良いか悪いかは別として見様見真似で作った物を売っている店もある。上流階級の間でも評判が良く、彫金職人の工房に“ワボリ”を発注する者が増えていると聞くぞ。

 お前が思っている以上に、役目を果たしていると考えて良い』

『なるほど。そう考えると、確かに竜眼はラグナーの独占状態だな。あいつ、一人で全部仕事を抱えてるし』


 そこまで言ってフレムはハッとした。


(そうだ、弟子だ!)


 ラグナーが今一番必要としている物。それは自分以外に「竜眼」を持つ弟子だ。「竜眼」は異能ではない。幼い頃から集積した膨大な量の知識と経験。それを受け入れられる才能があれば、ラグナーほどとはいかずとも竜眼に似た目を養う事は出来るだろう。

 そうすれば少しはラグナーの仕事を肩代わりし、ラグナー自身の負担を減らせるかもしれない。


『……おっさん、俺、分かったかも!』


 もしも予想通り、竜との契約が「従」の身体を回復・強化させるならば、ラグナーの目を治す手立てはある。しかし、目を治したとて今まで通り、いやそれ以上に朝も夜も働いてしまうならニコラスの二の舞になりかねない。


 「竜眼」という呪いを打ち砕き、ラグナーを枷から解放するには、いくつかの条件を儲ける必要があった。


『俺、ラグナーと話してみるよ。もしかしたらおっさんの力も借りるかもしれないけど』

『……』


 神官はフレムの考えを察したのか苦虫を食い潰したような顔をしている。


『お前の頼みだ。嫌だ、とは言えんな』

『へへ……ごめんな。でも、これで何とかなりそうだから』


 フレムが申し訳なさそうな顔で謝ると、神官は困ったような表情で大きなため息を吐いた。

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