失礼な手紙

『ラグナー様。お加減如何でしょうか。体調が優れないとお聞きして心配しております。町ではラグナー様が目を病まれたという噂まで出ており、もしも御子の目に何かあったらと思うと居ても立っても居られず、こうして駆けつけた次第です。


 実は、私、こう見えても海外の行商人と多く取引をしておりまして、目に効くという薬をご用意する事が可能です。しかしながら、大変言いにくい事なのですが……その薬がとても高価でして……。


 効果は折り紙付きなのですが非常に値が張る一品で、さすがの私も御子にプレゼントをするという訳には行かないのです。


 そこで、もしも御子が薬をご所望であれば、私のささやかな願いを聞いては頂けないでしょうか――』


 目が見えないラグナーの代わりに手紙を読んで聞かせるフレムの声が怒りで震える。


『私の店でモデルの専任契約を――』


「もういい」


 ラグナーは冷たい声で一言そう言うとフレムに手紙を読むのを止めさせた。


「くだらん」

「……」


 フレムは手紙を机の上に投げ捨てる。つまり、薬と引き換えに自分の店の専属モデルになれと言うのだ。


「多分、毒を盛ったのはキューネルだぞ」

「確かか?」

「いや、確証はないけど。誰にも話してないのにこの屋敷にラグナーが居る事を知っていたり、噂の出所を問い詰めようとすれば露骨に話を逸らしたり……挙句に『目に効く薬』と『専売契約』だ。怪しすぎて疑ってくれと言っているような物だろ」

「浅はかな考えしか浮かばん奴なのだろう」

「けど、噂が出回っているのが本当だとしたら宜しくは無いな」

「……ああ」


 噂は噂だ。だが、実際にラグナーが店を休んでいるという事実がある以上、その噂の信憑性は増してしまう。出来るだけ早いうちにラグナーの目を治して復帰させなければ、店の業績にも支障が出る。


「一体どうするべきか……」


 医者の話によると、目が治るのにはかなりの時間がかかる。処方された薬で回復しているとはいえ、回復速度はカメが歩くような、ゆっくりゆっくりとした速さだ。


(治す方法は……ある)


 悩むラグナーを横目にフレムは神官との会話を思い出していた。

 収蔵庫で竜に関する資料を呼んだあと、フレムは一冊の本を持って神殿へ向かった。そして神官に頼んで「従」に関する資料を見せて貰ったのだ。


『この【ユラクの娘】という本には、死にかけていた娘が竜と契約して元気を取り戻したという話が載ってる。もしかして、竜との契約には“従”の体を強化する副作用があるんじゃないか?』

『……そんな話は聞いた事がないが』

『ラグナーの先祖、竜であるエフィと契約したニコラスも、常人では考えられない程の激務を続けていたはずなのに、大量の本を遺せる程長生きしてるんだ。

 子孫が同じ働き方をして早死にしてるのを見ると、何か特別な力が働いていると思えて仕方ない』

『なるほど。……では、見て見るか』


 神殿では勿論、竜と契約した「従」についても記録している。フレムが時々神殿に手紙を送っているように、歴代の竜とのやりとりを全て記録として残しているのだ。


『ニコラスの記録は……この本だな』


 神官はニコラスとエフィについての記録を纏めた冊子を探し出すとフレムに手渡した。


『どれどれ……』


 冊子にはエフィが生まれた時からニコラスと出会い、亡くなるまでの記録が細かく記されている。


『エフィがニコラスに出会ったのは、仕入れのために鉱山を訪れたエフィをニコラスが案内したのがきっかけか。

その後しばらく交流が続き、時には肺を病んだニコラスの見舞いに療養所を訪問した事もあった。……ニコラスは肺が悪かったのか』

『鉱山ではしばしば肺を病む者が出るという。職業病というやつだろう』

『でも、すぐにニコラスは回復して……その頃から急に鉱石の良し悪しが分かるようになったらしい』

『恐らく、その前後に契約を交わしたのだろうな』

『肺の病ってすぐに良くなるような物なのか?』

『分からぬ。ただ、従来根本的な治療法は無いとされている』


 フレムはどんどんページを捲る。


【鉱石を見ただけで加工後の質まで見抜く、神がかりとも呼べる観察眼は鉱夫たちの間でたちまち評判となった。エフィは雇い主である宝石商へニコラスを紹介し、ニコラスの腕にほれ込んだ宝石商は彼を鑑別職人として雇い入れた。


 やがてニコラスは独立し、エフィと共に宝石店を始めた。ニコラスが選別した宝石はどこの石よりも質が良いと評判になり、店には客が殺到した。


 しかし、一部の者たちはただの冴えない鉱夫だったニコラスが突如として目利きの宝石鑑別人になった事に疑問を持った。「ズルをしているのではないか」「いや、イカサマだ」「詐欺に違いない」と噂を立てる者も居た。


 そこで、エフィはニコラスに「竜から異能を授かった」と公表してはどうかと提案した。ニコラスはエフィに累が及ぶのではないかと心配したが、エフィは「竜が人だとは誰も思わない」と一蹴したという。


 意を決したニコラスは、この目は竜から賜った「竜眼」であり、決してイカサマや詐欺ではないと宣言をした。そして疑われているのならば証明をしようと言って大衆の面前で様々な人間が持ち寄った数百に及ぶ石の産地や種類、採取した日付や時間までぴったりと、全て正確に言い当てた。


 人々は畏怖し、ニコラスの目が「竜眼」であると認め、「竜眼」で選別された「竜の目に叶った宝石」を求めるようになったのだ。


 ニコラスに鑑別を頼みたいという貴族も国中のあちこちから押し寄せ、ニコラスは寝る暇も惜しんで働いた。ニコラスが亡くなったのは齢九十三の時で、既に妻も息子も亡くなり、孫が店主を勤める時代の事であった】


『……』 


 神官とフレムは顔を見合わせる。最早長生きとか、身体が丈夫だとかそういう次元の話ではないような気がしたからだ。


『九十三まで寝る暇も惜しんで働いたって、どう考えても異常だよな?』

『普通の人間なら体を壊すだろうな。五十代で亡くなった息子のように』


 記録によると、ニコラスの後を継いだ息子は五十代という若さで亡くなっている。ニコラスの基準で増やした仕事をそのまま継いだので普通の体では持たなかったのだろう。

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