来訪者

「ご主人様~、お客様がいらっしゃっているのですが……」

「客だと?」

「はい~。キューネル様がお見えです」


 ラグナーが本宅へ来てから一週間と半分が過ぎた頃、突然の来客があった。キューネルが訪ねて来たのである。


「何でラグナーがここにいるって分かったんだ?」

「さぁ……。それが良く分からなくて」


 ノーラン曰く、店には「ラグナーが体調不良なので暫く個人の依頼受付を停止する」という張り紙しかしておらず、本宅で静養している事は誰も知らないはずだという。


「移動する時に誰かに見られたとか?」

「深夜でしたし、夜会帰りの時間帯なのであまり不自然ではなかったと思うのですが~。如何なさいましょう」

「……」

「今の状態をキューネルに見せる訳には行かないだろ」


 薬を飲んで多少症状が緩和したとはいえ、まだ歩くのも覚束ない状態だ。「目が見えるふり」をして誤魔化すのも難しいだろうし、目が見えない事を知られるのも面倒だ。


「俺が会うよ」


 フレムは自分がキューネルと面会をすると申し出た。ラグナーへの伝言を預かるくらいの事はしないと後々面倒な事になりそうだからだ。


「……分かった。ただし、余計な事は言うなよ」

「分かってるって。機会があったらどうしてここが分かったのか探りを入れてみるよ」


 キューネルが本宅へやってきたという事は、既に「噂」が広まっている可能性もある。今後の対応を考えるためにもどういう噂が広がっていてどういう経緯でここへやって来たのか問いたださなければならない。


「入るぞ」


 フレムが客間へ入ると、キューネルは一瞬嬉しそうな顔をした後、あからさまにがっかりした顔をした。ラグナーが入室してきたと勘違いしたのである。


「これはこれは……。ラグナーさんは?」

「あいつは今風邪をひいててね。うつすのも悪いから俺が話を聞かせて貰う事になった」

「……そうですか」


 キューネルはニコリと作り笑顔を浮かべるとノーランが淹れた珈琲をズズッと啜った。


「それで、こんな所までラグナーに何の用だ?」

「いえいえ、特に大きな用事ではないのですが、ラグナーさんが体調を崩されていると伺ったのでお見舞いにと思いまして」

「見舞いなら店に持って行った方が早いだろ。なんでわざわざこんな離れた場所まで?」

「……」


 部屋の中に一瞬、静寂が訪れる。


「噂を聞いたのですよ」


 キューネルは思わせぶりな口調で言った。


「噂?」

「御子が目を病まれた……という噂です」

「……!」


 思わぬ言葉が出たので一瞬動揺しそうになったが、フレムは何とか平静を保ちながらキューネルの話に耳を傾けた。


「ここ数日、どうやらラグナーさんの体調不良はただの風邪ではないらしいと噂になっておりまして……。何でも夜会で倒れられたとか? それを見た者がいるのです」

「確かに、夜会で飲み過ぎたみたいで泥酔して帰って来た事はあったが、それと風邪とは関係無いぜ。良く寒そうな格好で寝てるからな。それを拗らせたんだろう」

「おやおや、ただの風邪でご実家に? もう一週間以上になりますぞ」

「……さっきから思ってたんだが、何でお前はラグナーがここにいるって知ってるんだ?」

「……へ?」


 会話が妙な流れになってきたのでフレムは話に流されまいと切り込んだ。


「店の張り紙には『体調不良だから暫く休む』としか書いてないし、俺もノーランもネルソンも誰にも他言はしていない。店の従業員に至っては、自室で療養してると思っているはずだ。

 一体どこから、どうやって聞きつけたんだ?」

「……それはその」

「それにだ、その夜会で倒れたのがどうして目を病んでいるなんて噂になるんだ。その噂の出所は一体何処のどいつだ?」

「……い、医者! 医者です! ラグナーさんを診た医者が、酒場で喋っているのを聞いたと! あっ、私が直接聞いたわけではなく……店に出入りしている業者が飲み仲間から聞いたと……」

「……はぁ?」


一瞬、あの夜診察を頼んだ医者の顔が思い浮かぶ。だが、「気を落とさずに」とノーランの肩を叩いた時の無念そうな顔を思い出すとそんな事をするような医者には思えない。


(嘘を吐いている)


 額にうっすらと冷や汗をかき落ち着かない様子のキューネルが嘘を吐いているのは誰の目から見ても明らかだ。


「ふーん。その医者はどこの誰だ? 何て名前だ? そんな嘘をペラペラと喋るような医者は訴えないといけないから教えてくれよ」

「……それは、医者が言っていたと噂で聞いただけで……」


 キューネルの目が泳ぐのを見てフレムは確信した。あの医者は機密を漏らしていないと。そして、毒を持ったのはこの男なのでは無いかという疑念を持った。

 疑われているのが分かるのか、キューネルは目を白黒させながら一通の手紙を差し出した。


「噂の事はもう良いでしょう! 私は良い報せを持ってきたのです。きっとラグナーさんのお役に立てるでしょう」

「これは?」

「目に効く良い薬があるのです。ただ、異国の薬なので少々値が張りまして……。もしもご興味があればの話ですが……」


 脂汗をダラダラとかきながらキューネルはニヤリと薄汚い笑みを浮かべた。


(目に効く薬……なるほどねぇ)


 つまり、最初からこうするつもりだったと。


「……分かった。一応ラグナーには伝えておく」

「ありがとうございます。では、私はこれにて。お大事にとお伝え下さい」


 尻尾を巻いて逃げるようにさっさと帰って行くキューネルをフレムは苦々しい顔で見送った。


(あいつがラグナーの目を……)


 よくものうのうと顔を出せたものだと腸が煮えくり返りそうになる。応接間に戻ってテーブルの上に残された手紙を開けて中身を確認する。ラグナーに渡す前に内容を確かめておきたかったのだ。


「……これは……」


 フレムの手紙を持つ手が怒りで微かに震えた。

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