歯がゆい時間

「お加減は如何ですか」


 一週間後、ラグナーが処方された薬を飲み切ったタイミングで医者が屋敷へやってきた。


「……少しはマシになったな。かなりぼんやりはしているが、多少見えるようにはなった」


 ラグナーの目は少しずつ回復していた。それでもまだそこに「何かがある」というのが分かるようになっただけで、はっきりと物を見るのは難しい。杖を手に探り探り歩けるようにはなったが、フレムやハンナの補助が無ければ出歩けないような状態だった。


「薬の効果が表れているのか、それとも時間の経過で自然と回復しているのか……判断が難しいですが、多少なりとも良くなっているのならば同じ薬で暫く様子を見ましょう」

「もっと早く治る方法は無いのか?」

「恐れながら……」

「……」


 見えるようになっただけマシだと医者は言う。全く見えないままであった可能性もあるのだから。それでも、完全に見えるようになるまでにかなりの時間を要するという事実にラグナーは苛立っていた。


「今のペースですと、早くて一、二週間で在庫切れの物が出てくるかと。ラグナー様への鑑別依頼も途切れる事なく届いており、今の所『体調を崩してお休みを頂いている』という形で通しておりますが、長期になるとそれも難しくどうしようかと話し合っている所です」


 ノーランと交代する形で店へ赴き、どれくらいの期間ならば現状を維持出来るのか調査していたネルソンからの報告は、思った以上に時間の猶予が無い事を示していた。

 普段から品数を用意していない貴重な品や、売れ筋の商品などは早くて一、二週間後に店舗の在庫が枯渇する。他の商品も一か月を目途に補充をしなければならないとの事だった。

 また、ラグナー個人への鑑別依頼もひっきりなしに届いており、体調不良を理由に断ってはいるがいつまでもそのような訳には行かないと……。


「とりあえず他の従業員に頼んで石を用意することは出来ないのか? 鑑別が出来る人間の一人くらい居るだろ」

「駄目だ。店で出す宝石は全て私が鑑別している。他の人間が鑑別した物だと意味がない。客は『竜眼』で鑑別された石を欲しているのだ。それを買えないとなれば別の店に流れて行くだろう」

「……改めて思うけどさ、お前の仕事量、ちょっと異常じゃね? 個人の依頼だけじゃなく店で扱う石も全部鑑別するって……。いい加減そこは別の人間に任せても良いんじゃないか?」

「代々『竜眼』の店としてやってきたのだ。今更そこを反故にする訳にもいくまい。私以外に竜眼を持つ人間が居れば任せられるが、叶わぬ夢を見ても仕方ない」


 例えば兄弟や親戚に竜眼持ちが居れば、彼らと仕事を分担する事が出来る。だが、ラグナーには兄弟はおらず親戚にも竜眼持ちはいない。だから一人で全てやらなければならないという訳だ。


(どうにかして仕事の一部だけでも別の人間に任せられればいいんだが……)


 今の状況は明らかにラグナーが背負う負荷が大きすぎる。目に異常が無くても、もし怪我や病気で働けなくなったらどうするつもりだったのだろう。結婚もしておらず子供もいない、ラグナーの父のように任せられる跡取りが居ない状態で一体どう乗り切るつもりだったのか。


(いや、恐らくこいつは怪我や病気になっても仕事を続けるだろう。そうやって力技でどうにかする、してしまうやつなんだ。そうして無理をした結果、親父さんや爺さんのように早死にをする。代々それが当たり前のこととして受け継がれているんだろう。悪い風習だ)


 だが、その力業も竜眼が健在であってこそである。


(他に竜眼持ちが居たら……か)


 ラグナーの口ぶりでは、必ずしも自分で全てやりたいと思っている訳ではないらしい。他に竜眼を持っている者、つまり仕事をこなせる者が居ないから仕方なしに一人でこなしているようだ。


(竜眼は異能ではない。異能でないならばなにか仕組みがあるはずだ。どうにかして竜眼持ちを増やせないだろうか)


 異能は竜と契約した人間にしか使えないが、それが異能でないならば他の人間にも使える可能性がある。


(確か、『竜眼は人を選ぶ』とか言ってたな。『竜眼を継ぐのは代々一人』『家業を継ぐ意思がある人間にのみ異能が引き継がれる』……それが条件なのか?

 そう言えば、ハンナさんが収蔵庫には竜に関する書物が収蔵されてるって言ってたような。収蔵庫に行けば何かヒントが見つかるかもしれない)


「なぁ、竜眼とか竜のことをもっと知りたいから収蔵庫で調べ物をしたいんだけど」

「収蔵庫? ああ……。調べてどうとなる事では無いと思うが」

「何もしないで時間を過ごすよりはマシだろ。今出来る事は何でもしたいんだ」

「……分かった。ベッドの横にある小さな棚の引き出しに鍵が入っている。自由に使え。どうせ時間は余りあるからな」

「ありがとう」


 ラグナーの投げやりな言葉通り、寝台の横に備え付けてある小さな棚の引き出しを開けると鍵の束が出て来た。それぞれに色が異なる宝石が付けられており、宝石や竜、本等の意匠が施されている。

 フレムはその鍵束を持って早速屋敷の西側にある収蔵庫へ向かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る