落胆
「ラグナー様、お目覚めになられましたか」
二人が食事を食べ終えた頃、ネルソンと医者が屋敷に戻って来た。
「何か分かったか?」
ラグナーに尋ねられた医者は首を横に振る。
「それが、分からないのです。お預かりした衣服から付着した液体を抽出して様々な試薬を試したのですが……。少なくとも、国内で流通している毒や薬ではないようです」
「となると、国外から輸入された物である可能性が高いと?」
「断言はできませんが、我々が知らない異国の薬物である可能性はあります」
医師の言葉にラグナーは落胆したような様子だった。毒の正体が分からなければ治療のしようが無いからだ。
「じゃあ治療は出来ないのか?」
フレムの問いかけに医師は「いいえ」ときっぱり答えた。
「出来る限りの事はさせて頂きます。ネルソン様と相談をし、いくつか効果のありそうな薬を持参致しました。まずはそちらを飲んで頂き、様子を見るのが宜しいかと……」
「まるで実験だな」
「私にとっても未知の……全く未知の症状でして……。申し訳ございません」
「構わん。何も無いよりましだ」
藁にも縋る思いとはこの事だろう。ラグナーは医者から渡された粉薬を一気に飲み干した。
「とりあえず一週間分の薬をこちらの箱に入れてあります。飲んでいる間は経過を見て頂いて、何か異常があればすぐにご連絡ください」
「分かった」
小さな木箱には医者が調合した薬が一週間分入っている。一週間という言葉を聞いてラグナーは顔をしかめたが、自分の力ではどうにもならないと分かっているからか素直に医者の提案を飲んだ。
「ネルソン、帰って来てすぐで悪いが店に行ってノーランと交代しろ。お前の方が上手くやれる」
「かしこまりました。息子にはこちらでラグナー様の世話をするよう申し付けましょう」
「このままの状態で店がどれくらい持つのか調べて報告しろ。どうするかはそれからだ」
「承知いたしました」
ネルソンはラグナーの指示に従い急ぎ店へ戻って行った。馬を走らせればエイラムまではそう遠くはない。一人奮闘するノーランももうすぐ救出されるだろう。
「ノーランが心配だって言えば良いのに」
二人のやり取りを見ていたフレムは苦笑した。つまるところ、店に一人で残してきたノーランが心配なのだ。
「……うるさい」
「本ッッ当に素直じゃないな、お前は」
「……」
「ふん」とへそを曲げたラグナーはゴソゴソと布団に潜り込む。その様がまるで子供のようで、フレムは呆れた様子でベッドの縁に腰を下ろした。
「治ると思うか?」
「ん?」
「私の目だ。元に戻ると思うか?」
「うーん……どうだろうな。薬でやられたなら一時的な可能性もあるだろ?」
「恒久的な可能性もある」
「そりゃあな。でも、まだ分からない。今は出来る事を一つ一つ試してみるしかないさ」
「……もしも治らなかったら」
ラグナーは布団に顔を埋めながらか細い声で呟く。
「そういう運命だと受け入れるしかないな」
「運命?」
「竜は私を見放したのだと。だから竜眼を取り上げられたのだ。そう思えば楽になれる」
「……竜はお前を見放さない。お前はあんなに竜を崇めてたじゃないか。きっと竜もそれを分かってるさ。というか、何で竜がお前を見放すなんて馬鹿げた話になるんだ?」
「竜から与えられた『竜眼』という祝福を失うとは、そういう事だろう?」
「……」
自嘲するような口ぶりでラグナーは「これは罰なのだ」と吐き捨てた。
「罰? あまり馬鹿な事を言うなよ。自棄になってるのか?」
「……竜眼は不幸をもたらす」
フレムはドキッとしてラグナーの方を振り向いた。薄々気づいていた、一番聞きたくないと思っていた言葉がラグナーの口から飛び出たからだ。
「そうでないと信じたかった。我が一族が竜から賜った特別な力が、我が一族に不幸をもたらしているなど……。これは罰なのだ。竜を疑い、『不幸をもたらす』などと力を忌み嫌った私への罰だ。竜眼を持つに相応しくないと、そう思われても仕方ない……」
「……」
「そんなことはない」と喉元まででかかった言葉を飲み込む。
(俺は竜だ。お前が罰せられるような人間だってことは良く知っている。でも、今俺が慰めた所で何になる? 俺が竜だと明かしたとしてもラグナーは信じないだろう)
フレムは竜である。「そんなことはない」とラグナーの背負った重荷を下ろしてやれる唯一の存在だ。ラグナーがフレムを竜であると認識出来ればの話だが。
ラグナーは竜への信仰心が篤き男である。今や竜など御伽噺の中の存在だと思う人間が多い中、竜の存在を認め、敬い、信仰している。ただ、彼が思う竜は「異界からの渡り人」では無く神殿が生み出した「空を舞う架空の生き物」だ。
成人の日に神官から竜の正体を聞いたフレムが「冗談だ」と思ったほどだ。普段ならばラグナーは例えフレムに真実を明かされたとしても「冗談は程々にしろ。不敬だ」と一蹴するだろう。
だが、今のラグナーにはその「冗談」を消化する余力がない。目を失った事で完全に自暴自棄になっている。
「俺には竜とか良く分からないけどさ、お前が頑張っているのを竜はちゃんと見てる……と思うぜ」
どう声を掛けるのが正解か分からず、悩んだ挙句捻りだした答えをラグナーは鼻で笑った。
「お前に何が分かる」
失望したような、冷たい声だ。
『分かるよ。俺は竜だから。お前は良くやってるよ』
そう伝えられないのがもどかしくて、フレムはラグナーに背を向けて隣に座っている事しか出来なかった。
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