似た者同士

「じゃあ、師匠に金を渡したのって……」

「フレムさんを事に対する謝意でしょうね~。お金を渡せばドグラムさんも納得して喜ぶだろうとのお考えかと」

「俺はてっきりノーランが手切れ金として持ってきた物だとばかり……」

「あれはご主人様の命を受けてお渡ししたものですよ~。ご主人様なりの感謝の気持ちだと考えて頂けば宜しいかと」

「感謝の気持ちねぇ。確かに金を受け取って喜ぶ奴もいるだろうけど、師匠やカールには逆効果だと思うけどな。一体何でそんな考え方になったんだ?」

「そうですね~。今までご主人様が関わって来た方々はお金を渡すと喜ぶような方々ばかりでしたから……」


 少なくとも、過去にラグナーが関わって来た人々は皆そうだった。問題が起きても金を渡せば態度を変えて「ありがとうございます」と笑みを浮かべながら引き下がる。

 ラグナーから金を巻き上げようとしていた人間ばかりだったからと言うのもあるが、父が亡くなってからそのような大人としか関わってこなかったラグナーは、金こそが感謝の気持ちや謝罪の気持ちを表す最上級の贈り物であると考えるようになった。

 金を渡せば相手は喜び、ラグナーに感謝をするからである。


「だから、フレムさんに断られた時、ご主人様は考えたと思うんです。フレムさんが工房から離れたくないのなら、工房ごと買い取ってしまえば良いのではないかと」

「何でそうなるんだ?」

「フレムさん、『ここの仕事が性に合ってるから別の所で働く気はない』とおっしゃっていたでしょう? という事は、その工房ごと買い取ればフレムさんも安心して自分の為に働いてくれるのでは……と。

 工房の持ち主であるドグラムさんもお金を沢山貰えて喜ぶし、自分も専属彫金師を手に入れられて一石二鳥だと……そういう考えをなさるお方なんですよ~」

「……」


 フレムはラグナーと出会った時にノーランがフレムに囁いた「お店ごと買い上げる事になるかもしれない」という言葉を思い出す。それは決して誇張ではなく、長年ラグナーの側に居たからこそからこそ分かるノーランの予知だった。


「価値観が違い過ぎる」


 フレムは思わず天を仰いだ。下町と上流階級の差とか、恐らくそういう物ではない。過ごしてきた環境が違い過ぎて価値観が合わないのだ。

 神殿と下町とで優しい大人と優しい仲間に囲まれて育ってきたフレムにとって、理解しがたいことだった。だからこそ、そんな価値観をラグナーに植え付けた下劣な大人たちに嫌悪感を抱く。


「でも、ご主人様がお金で解決しようとするのはそれだけが理由じゃないんです」

「……というと?」

「ご主人様はとにかく多忙なお方ですから。お金で時間を買うという面もあるんですよ」

「ああ、確かに仕事の時間を削られるのが嫌なタイプだもんな」


 キューネルの話を聞くラグナーの嫌そうな顔が目に浮かぶ。毎日仕事に追われ続けているラグナーにとって時間はいくらあっても足りない、金よりも大事な物だ。故に、金で解決出来るならばそれが一番であり、効率的だと考えているのだった。


「そういうことです~。時は金なりと言いますか。でも、それで後腐れ無く解決できる、その時点でその問題は終わった事になっているのが少々心配なんですけどね」

「いや、終わってないだろ! 現にカールはラグナーに対して怒ってたし、この店に関する悪い噂だって聞いたぞ!」

「あ~……」


 店の移転に関する話題はノーランにとって頭の痛い出来事らしく、少し話しにくそうに小さな声で事のあらましを教えてくれた。


「旦那様が健在の頃は今よりももっと手広く、宝石だけでなく宝飾品の取り扱いもされていたのですが、十三歳のご主人様には荷が重すぎたので宝飾品の取り扱いを止めて宝石販売一本に絞る事になったんです。

 そうなると元の店舗は広すぎるので、どこか別の場所にもっと小型の店舗を建てて移転しようという話になって……」


 新店舗の移転先探しは難航した。元の店はエイラムの中心部から少し離れた場所にあったが、子供が店を継ぎ求心力が落ちている状態でこれ以上郊外に移転してしまうとますます客足が遠のいてしまう。

 そう考えると出来るだけ中心部に近い場所か、中心部に建てたいが土地が無い。一等地は何処も既に建物が建っており、空き地などどこにもないからだ。


「空いている土地が無い以上、既にある建物を売って貰うしかありません。でも、子供相手に一等地の土地を手放そうと考える人は誰一人いませんでした」

「そんな良い土地、大人相手にだってなかなか手放さないだろうしな」

「そうなんですよ~。そこで父はいくつか目星をつけた建物の所有者について徹底的に調べ上げました。順調そうに見えても実は資金繰りに困っていたり、何か訳があって事業を手放したいと思っていたり、そういう事情を抱えた人を探し出したんです」


 中心部の一等地に店を構えている者のうち、資金に余裕のない者や土地を持て余している者をあぶりだして声を掛ける。それが執事が考えた策だった。


「そんな事情を抱えた人が都合よく見つかる物なのか?」

「例えば、店を経営していた親が亡くなり仕方なく相続をした人とか、見栄を張るために一等地に店を建てたけど事業が上手く行かなかった人とか……。

 一等地だからこそ無下に手放せない人って割と居るんです。だからそういう人に店を手放すきっかけを与えると、案外すんなりと提案を受け入れて貰えたりすると父が言っていました~」

「なるほどねぇ……」

「この店の元の持ち主は親から建物と土地を相続された方で、店を引き継いだは良い物の、遠く離れた土地に既に自分の家があり、そちらで仕事もされていたのでこの店をどうしようかと悩んでいたそうで。

 父が相場に色を付けた金額を提示したら土地と店の売却を快諾して下さったそうです」

「そうなのか。ん? じゃあなんで『安く買い叩いた』なんて噂になってるんだ?」

「さぁ~。持ち主の方は遠くに住まわれていて近所づきあいの無い方ですし、事情を知る方もいなかったのでしょう。時間が経つにつれて『売却された土地にご主人様の店が越してきた』という話に尾ひれはひれがついた、といった所でしょうか」

「あー……。世間じゃあいつの印象は最悪だからな。金で頬を叩きかねないと思われても仕方ないか」

「実際はかなり多めにお金を渡したんですけどねぇ」

「なんというか……本当に損な性格してるよな。間近で見てれば違うって分かるんだけどさ」


 フレムやノーランのように近くで接していれば、ラグナーは世間で蔓延る「金に物を言わせる傲慢男」ではないとすぐに分かるだろう。

 だが、ラグナーの引きこもり癖や彼の店が上流階級向けの店な事もあり、庶民の間に根付いたイメージを払拭するのは難しい。そもそもラグナーと言葉すら交わしたことが無く、「銀髪の男」という噂は知っていても顔や背丈すら知らない者ばかりだからだ。


「噂話が嫌いな人は居ませんからね~。特に悪口なんかは面白おかしく吹聴される事が多いですから。ご主人様自体に興味が無くても『こういう事があったらしい』というだけで話のタネになるのでしょう」

「おっかねぇ世の中だな」

「ま~、ご主人様は気にして無さそうなのでそういうのは放っておけば良いんですよ~」

「実際仕事には影響無いんだろ?」

「はい~」


 いくら庶民の間で悪い噂が広まったとしても、店の顧客は上流階級の人間なので問題ないという。上流階級の貴族や豪商たちは庶民の噂には興味が無いし、依頼や社交パーティーを通してラグナーの性格や腕を知った上で仕事を頼んでいるからだ。

 そういう訳で店には何の影響もないのでどんな噂が流れても放置しているらしい。「訂正してもどうせすぐ曲がって伝わるものだ。放っておけ」というのがラグナーの持論のようだ。


「ボクは逆にフレムさんがご主人様の事をご存知無かったことに驚きましたよ~。神殿のご出身だと伺いましたが、ドグラムさんの工房に勤めて長かったんでしょう?」

「え? まぁ~、そうだな」


 思い返せばドグラムの工房にいた頃は朝から晩まで仕事をし、仕事が終わったら寝る。そんな生活を繰り返していた。自分の頭の中に湧いてくる知識やアイデア――恐らく「竜」としての知識が面白くて、自由に使える時間も全て装飾品の試作に充てていたのだ。


「酒場とか、噂を聞けるような場所には行かなかったしな。外に出るのは師匠のお使いくらいで一日中仕事場で作業をして寝るの繰り返しだったから」

「え~、そうだったんですか~。お忙しかったのにうちに来ていただいて本当にありがとうございます~」

「あっ、いや。確かに仕事も忙しかったけど、空いてる時間も勝手に試作品を作ってただけだから。カールや師匠に良く呆れられたよ。『金属が恋人だ』って」

「ご主人様と一緒で仕事人間なんですね~」


 ノーランの何気ない一言にフレムはハッとした。


(そうか、俺がラグナーを見て心配になるのって自分と似てるからなんだ)


 「似ている」というのは性格ではなく、仕事に対する姿勢を指す。起きてから寝るまでひたすら仕事に打ち込む姿になんとなく親近感を覚えていたのかもしれない。


(もしかしてカールや師匠からは俺もああいう風に見えてたのかな)


 四六時中どころか、いいアイデアが浮かんだときは明け方まで作業をする事もあった。そんなフレムにカールや師匠は「体を壊すから適当に切り上げろ」と声を掛けるのだが、フレムはいつも「大丈夫だ」とあしらっていた。


「俺と一緒の仕事人間……。そりゃあ言う事聞かない訳だ」


 「はぁーー」と長い溜息を吐いてフレムは脱力した。自分に置き換えて考えてみると、「余計なお世話」だし「休むよりも作業を進めたい」と考えるのは当然だからだ。


「あいつを休ませるのは無理かもな」

「ボクはとっくの昔に諦めてますよ~」

「それがいい」


 ノーランも昔、ラグナーの体を心配して口うるさく「休め」と言い続けた時期があったという。しかし、ラグナーがその小言に耳を貸す訳がなく……。結局食生活などの生活面で「ラグナーが倒れないよう支えて行くしかない」と決意したのだそうだ。


「面倒なご主人様を持って大変だな」


 フレムがそうノーランを労うとノーランは「これが仕事ですから~」とふんわりと笑った。

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