ラグナーの過去

「ラグナーは『竜眼』を持たない方が幸せだったのかな」


 もしもラグナーの一族が「異能」に縛られない人生を送っていたら、巨万の富は築けなかったかもしれないがラグナーの祖父や父も過労死などしなかったかもしれない。


 ラグナーだってこれほどまで仕事に忙殺される人生を送らなかったかもしれない。

 「竜眼」という名に惹かれた人々に持て囃され、奉り上げられ、命を削ってまでも仕事をし続ける事が果たして彼にとって幸せなのか?


 毎日疲れ果て、泥のように眠るラグナーを見ていると彼を縛る「竜眼」が神からの祝福では無く呪いのようにさえ見える。


「幸せかどうかはご主人様にしか分かりませんが」


 そう前置きしてノーランは言う。


「辞めようとは思えない位には、この仕事が好きなのでは無いでしょうか」

「そうなのかな。俺にはラグナーが『竜眼』に縛られているように見えるけど」

「確かに、先祖代々受け継いできた竜眼と、お父様から引き継いだ店を絶やしてはならないという責務を感じていらっしゃるとは思います。

 ですが、きっと竜眼が無くても、ご主人様は今と同じようにお父様の店と仕事を引き継いでいたでしょう。昔から宝石や鉱物が大好きな方でしたから」


(あ……)


『他の者は家業に興味が無かったから――』


 そんなラグナーの言葉を思い出す。


(そうか、ラグナーにとってこの仕事は天職なんだな)


 「竜眼を継がなければならない」とか、「親の仕事を引き継いだから仕方なく」とかそういう理由ではなく、ラグナー自身が宝石を愛しているからこそいくら仕事がきつくても続けられる。


(『竜眼の一族だから』とか『家を継ぐことが決まっていた』とか言うから心配だったんだ。もしも望まない仕事だったら、『竜眼の一族だから』という理由だけで命を削るのは酷すぎる)


 フレムは以前「何故そんなに働くのか」と聞いた時にラグナーが言った言葉がずっと心に引っかかっていた。


『竜眼は竜が我が一族に与えたもうた恩恵なのだ。その力のお陰で我々は代々飢える事なく生きていられる。その恩寵を与えて下さった竜に報い、竜の御力を世に知らしめるためには、竜眼を持って人々の役に立たなければならない。それが我が一族に課せられた使命なのだ! 何も知らない癖に……』


(一族に課せられた使命、か。それにしても、ちょっと竜に縛られ過ぎじゃないかねぇ。エフィはそれを望んだのだろうか)


 ラグナーの一族はあまりにも竜と竜眼を神聖視しすぎている。そこにエフィ――彼らの先祖と契約を結んだ竜の意思が反映されているのかは分からないが、フレムはその「使命」とやらにあまりに固執しすぎているように感じた。


「まぁ、嫌々やってるんじゃないなら良いけどさ」

「フレムさんは心配性ですね~」

「はぁ!? 別に、そういう訳じゃ……」

「ふふ、来て下さったのがフレムさんで本当に良かった」

「……?」

「ご主人様にはこうして心配してくれるお友達がいなかったので、ボクは嬉しいんです」


 ノーランの口から出た「友達」と言う言葉にフレムは恥ずかしそうに「そんなんじゃない」と否定する。


「俺とフレムは雇い主と従業員だ。友達なんかじゃ……」

「え~? そうですか?」

「……」


 バツが悪そうにポリポリと頬を掻くフレムを見てノーランはクスッと笑った。


「ご主人様は小さい頃からお父様のお手伝いをされていたと聞いています。御父上が亡くなられてボクがお仕えするようになってからはずっと仕事一筋で……、恐らく学校に通ったり友達と遊んだり、そういう子供らしい生活をして来なかった方なので……。

 だから、年が近いフレムさんが来て下さってご主人様が毎日楽しそうにされているのを見て、ボク、嬉しくなっちゃいました」

「楽しそうに……?」

「はい! 分かりませんか?」

「……分からん」


 「ラグナーが楽しそうにしている」という言葉を聞いたフレムの頭上には疑問符が浮かぶ。いつも不機嫌でつっけんどんな態度を取るラグナーが「楽しそう」だとは到底思えないが、長く一緒にいるノーランにはそれが「楽しそう」に見えるらしい。


「というか、あいつ学校に行って無いのか。お金持ちのお坊ちゃんだからてっきり行っている物だと思ってた」

「小さい頃から家庭教師を付けていたと父が言っていましたが、学校に上がる頃に丁度御父上がお亡くなりになったので……」

「そっか。親父さんが亡くなって店を継がなきゃならなくなったからそれどころじゃなかったのか」

「そうなんです~」


(なるほど……。同世代と接する機会が無いまま大人になっちまったって訳か)


 あの不器用な性格や対人関係に対する苦手意識は特殊な家庭環境の影響なのかもしれない。


「あいつがああいう性格になったのもそのせいなのか?」

「う~ん……」


 ノーランは言いにくそうに黙る。否定できないようだ。


「旦那様が亡くなられてから、旦那様がされていた人付き合いも全てご主人様に引き継がれましたからね~。最初の頃は子供だからと甘く見られたり騙されたり……。

まだご主人様自身も今ほど腕が良かった訳ではないので、そこに付け入られたりと、とにかく色々な方々が近寄って来られて大変だったんですよ~」

「跡取りとして大事に育てられてきた坊ちゃんが急に世間に投げ出されたら良いカモか」

「はい~。今まで良くしてくださったお客様や取引先が急に離れて行ってしまったり、ご主人様を騙して資産を巻き上げようとしたり。店の従業員も『子供の下で働きたくない』と出て行ってしまったそうです。

ボクの父が居たから良い物の、居なかったら大変な事になっていたでしょうね~」

「そりゃあ人間不信になるわな」

「そうなんです~」


(もしかするとその時点でラグナーの心はすり減ってしまったのかもしれない)


 ラグナーが店を継いだのは確か十三の時だった。十三歳の子供が父と言う後ろ盾無しに店を経営していくのは至難の業だ。子供が経営者となると聞いて不安に思った従業員はそそくさと辞めて行き、付き合いのあった取引先のいくつかは子供と金のやり取りは出来ないと手を引いた。


 ショックを受けるラグナーを親身になって慰めていたと思ったら、信頼されたのをいいことにラグナーに不利な契約を結ぼうとしたり、騙して資産を巻き上げようとする者も出た。


 ノーランの父はベルンシュタイン家に仕える執事で、悪い大人の餌食になろうとしていたラグナーを必死に守ろうとした。店に残った従業員達と協力して店を回し、ラグナーの父が残した資料や仕事を整理してラグナーにどのような経営状況なのかを説明した。


 幸いな事に跡継ぎとしての教育を受けていたラグナーは執事や従業員たちに守られながらめきめきと頭角を現し、数年後には自分の手で店を経営出来るまでになったそうだ。


「そんな体験をして良くあんな積極的に人付き合い出来るな。嫌になっても仕方ないだろうに」

「あ~、好きでやっている訳では無いと思いますよ~」

「やっぱりそうなのか?」

「はい~。フレムさんは前から気付いていらっしゃいましたよね?」

「まぁ、なんとなくな。不愛想な性格なのは置いておいて、普段は今に引きこもって対面仕事は全部従業員に任せてるし、会食やパーティーに行くのも嫌そうな顔をするし、帰ってきたらぐったりするくらい疲れてるし。

 正直なんでそんなに嫌なのにわざわざ頻繁に足を運ぶのか不思議なんだよな」

「……おそらくそういう体験をしたからこそ、でしょうね~」

「ん?」

「人間不信だからこそ、全てを自分の味方にしておきたい。お金で物事を解決しようとする悪い癖もそのせいです」

「どういうことだ?」

「ご主人様は人を喜ばせる方法が分からないんです。ご主人様の経験上、人が最も喜ぶのはお金だから、お金を渡せば皆納得するし喜ぶだろうと思っていらっしゃる節があって……」

「はぁ? なんだそりゃ」


 俄かには信じがたい話にフレムは目が点になった。

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