熱心な信奉者

「ただいまー」


 夕刻、フレムが店に戻ると二階の居間に見知らぬ顔があった。


「おや、こちらの方は?」


 見た所ラグナーの客らしい。ラグナーの向かいに座っている茶色いスーツを着た紳士がフレムの顔を見てラグナーに尋ねる。


「最近雇った彫金師だ」

「雇った? ああ、宝石店の」

「いや、私の専属だ」

「……そうですか」


 「専属」という言葉を聞いた紳士は眉を顰めて一瞬フレムを鋭く睨みつけると再び笑顔に戻って挨拶をした。


「キューネルと申します。ここから少し離れた場所で服飾品店を営んでおります。どうぞ宜しく」

「ご丁寧にどうも。俺はフレム。ラグナーの宝飾品を作っていて……あの、凄い荷物の量ですね」


 二人に近づくまで分からなかったが、キューネルが座っているソファーには綺麗に梱包された大量の箱が積みあがっている。あまりに異様な光景にフレムは思わず声に出してしまった。


「ああ、これですか。これはラグナーさんへの贈り物です」

「贈り物……?」

「はい。私の店で作っている新作を。ラグナーさんは流行の先を行くお方ですから是非着て頂きたいと思いまして。こうしていつもお持ちしているんです」


(いつも……?)


 ラグナーの方を見ると明らかに「早く帰ってくれ」という雰囲気を醸し出している。しかし、キューネルには伝わっていないようでフレムが居るのもお構いなしに「贈り物」について話し始めた。


「ご覧下さい。こちらは先日発表した新作で、パロスから取り寄せたリボンをふんだんに使った贅沢な一品です。現地のデザイナーに作らせた最先端のデザインで、麗しい御子様に良くお似合いになるかと! こちらの帽子は……」


 キューネルは大量に積まれた箱から次から次へと服や帽子を取り出してマシンガントークを繰り広げる。


「うちのお店の商品を大口で購入して下さるお得意様なので、ご主人様もむげには出来ないんです」


 フレムが異様な光景に呆気に取られているとノーランがこそっとやってきて小さな声で耳打ちした。


「いつもこうなのか?」

「はい~。最低でも月に一度、社交シーズンだとそれ以上……。やんわりとお断りした事もあるのですが、どうにも押しの強い方で」


 やんわりと断っても伝わらない「鈍いタイプ」らしい。いや、鈍いというか図太いというか。いくら言っても聞かない上にそれなりに商品を購入してくれる太い客なので、仕方なくこうして月に一度ガス抜きをしているそうだ。


「こういうお客様は割といらっしゃるんですよ」

「こういう?」

「ご主人様のが好き、という方々です」

「あー……」


(確かに、見た目は良いもんな)


 眩く光る銀髪に紫色の澄んだ瞳、顔立ちも整っていて美しい。着飾ればそのまま額縁に飾れそうなほど絵になる男だ。


「じゃああいつみたいに貢ぐやつも沢山いるんだろうな」

「それがそうでもなくて~」

「そうなのか?」

「はい~。どちらかと言うと、ラグナー様が身に着けた物を購入したいとか、同じ物を買いたいからどこで発注したか教えろとか、そういった系統の方が多いんですよね~」

「変態じゃねえか!」

「困りますよね~。だからボクも服の処分に困ってしまって」

「……そういう訳か」


 ラグナーの部屋に服が積みあがっていた理由の一つが分かった。ノーランとしてはどんどん増えていく服を片付けたいと思っていたらしい。ただ、ラグナーが部屋の片付けを渋った事と、がなかなか見つからなかった事からそのままにしていたそうだ。


「ご主人様のお客様には熱狂的な方が多いですからね~」

「服一つ処分するのも大変なんだな」

「そうなんです~」

「もしかして、この前の掃除で出た服を全部捨てるのもそのせいだったり……」

「正解です。古着業者に渡すと何処へ流されるか分かりませんから、全部纏めて本宅へ運んで焼却炉で処分しようかと~」

「……厳重だな」


 ラグナーの服が古着業者へ渡ったと嗅ぎ付けた愛好家が大枚を叩いて持ち帰る可能性があるため、服は郊外にある本宅で焼却処分をすると言う。


「古着業者から買い取るのは普通の事なのですが、なんとなくいい気持ちがしないので……」

「ほぼ新品だし勿体ない気もするけど、気が進まないなら無理に売る必要はないと思うぜ。別に金に困ってる訳じゃないしな」


 ノーランは新しい服を処分する事について罪悪感があるようだ。その気持ちはフレムにも良く分かった。一度しか着ていない物を捨てるのは勿体ないに決まっている。

 だが、そこに少しでも嫌な気持ちがあるならば捨てた方が良い。嫌な気持ちを抱え続けるよりはその方がマシだからだ。


「……で、こちらの髪飾りは……」


 二人の話が一区切りついても、キューネルの演説は終わらなかった。新しい品を出しては喋り、出しては喋る。ラグナーが一言も発しない事など気にも留めず、ひたすら喋り続ける様は独演会と言って良いだろう。

 机の上には箱から取り出した服や帽子、小物類が山積みになっており、ラグナーはそれを死んだような目をして見つめていた。


(多分ラグナーはこいつの話に興味が無いというよりも、仕事が進まない事に苛ついているな。『早く帰れ』って顔してる)


 ラグナーが座っているソファーの横にはいつものように石が詰まった袋が大量に置かれている。まだ仕事が山のように残っているのにも関わらずキューネルの演説を聞かなければならない。それが苦痛で仕方がないと言った様子だった。


「あの~、長い事お話になってそろそろお疲れでしょうから、お茶とお菓子でも如何ですか?」


 ラグナーの様子を見たノーランが小休止の提案をする。もう一時間は喋っているので十分だろうと踏んだのだ。


「いえ、結構。私は今御子と話しているのです。邪魔をしないで頂けますか?」


 キューネルは話の腰を折られてムッとしたような表情を浮かべるが、その言葉に被せるようにラグナーが口を開いた。


「喉が渇いた。ノーラン、用意しろ」

「かしこまりました~。キューネル様、ご主人様もこう仰っていることですし少し休憩致しましょう。あっ、カップを置く場所が無いので机の上を片付けて頂けますか?」

「……分かりました」


 不服そうな態度で机の上に積まれている服や帽子を元の箱に収納していくキューネルを横目にラグナーは小さくため息を吐く。


「フレム、今日の夜会に着けていく指輪は出来たのか?」

「えっ? あ、ああ」


 急に話題を振られて動揺しているフレムにラグナーは「今すぐここへ持ってこい」と命じる。フレムが仕事場から指輪を持って来るとラグナーはそれをキューネルの前に置いた。

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