遺伝の条件
翌日、フレムは何処からか大きな紙を持って来ると壁に貼り付けた。怪訝そうな顔をするラグナーにペンを握らせると「これから先の会食や夜会の予定を全部書け」と指示を出す。
「何の必要がある」
「毎回新しい宝飾品を作らなきゃならないなら先に予定を教えて欲しいんだ」
あからさまに嫌そうな顔をするラグナーにフレムがそう告げると、ラグナーは嫌々紙に予定を書き出した。
「ノーランには着ていく服の予定表を作って貰いたい。実物が手元にあるならそこのハンガーラックにかけておいてくれ」
「分かりました~」
予定表の下には服が何枚も掛けられるハンガーラックを設置する。夜会に着ていく衣装を予定順に並べて貰い、日付を記したタグをつける。服のデザインに合わせた宝飾品を手早く作るための工夫だ。
「使う宝石ですが、必要な物があれば一階の従業員にお申し付けください~。何でも渡して良いと伝えてあるので」
「ありがとう。助かるよ」
社交シーズンに入ると毎日のようにパーティーが開催される。そうなると事前にいつどのような宝飾品が必要なのか分かった方が効率が良い。
それが分かっているのでラグナーも文句は言わなかった。
「そうそう、今度の休日、不在にしてもいいか?」
予定表を見て比較的余裕があるのを確認するとフレムはラグナーに声を掛けた。
「仕事に穴を開けないなら構わん。好きにしろ」
「はいはい。まぁ、夜には戻るよ」
「お買い物ですか~?」
「いや、前に神殿育ちだって話をしただろ? 師匠の工房には神殿の紹介で入ったから、一応
「なるほど~」
「お前、神殿で育ったのか」
「ん? そうだけど」
「それにしては竜に対する敬意がないやつだ」
(おや、あれだけ酔っていたのに記憶があるのか)
どうやらラグナーは昨日の言い合いについて根に持っているらしい。てっきり忘れているものだと思っていたフレムは意外だった。
「神殿で育ったって言っても、実際に竜を見た事はないからな。竜に関する神話は耳に胼胝ができる程聞いたが、絵姿でしか竜を見た事がないし……。いまいち竜に対する信仰心って物が湧かないんだよなぁ」
「不敬な奴だ」
「お前みたいに縁がある奴とは違うんだよ」
その言葉が不満だったのか、ラグナーは「ふん」と言ってへそを曲げる。
(まぁ、俺が『竜』なんだけど)
もしもフレムが「竜」だと告げたらラグナーは一体どんな顔をするだろうか。きっと頭がおかしくなったと思うに違いない。それ程ラグナーとフレムの「竜」に対する価値観は乖離していた。
「ノーランはどう思う?」
「今の流れでボクに話題を振るんですか~?」
困ったような声でノーランは苦笑する。それもそうだ。下手な回答をすれば主の不興を買いかねない。
「ノーランは竜の御子が血縁者にいるって訳じゃないだろ? 一般人の意見が聞きたいんだ」
「そうですね~。確かにボクはご主人様のように家族に異能がいる家系ではありませんが、小さい頃からご主人様に仕えて来たので竜に対する信仰心はありますよ~」
「そういえば、ノーランはいつからラグナーに仕えているんだ?」
「えーっと、ボクが三歳の頃からですね」
「三歳!? まだ子供だろ!」
「あはは、まぁ、ボクはご主人様のご実家に使える執事の息子でしたから、小さい頃からご主人様に仕える事が決まっていたようなものなので~」
二人が出会ったのはラグナーが十三、ノーランが三歳の頃だった。ノーランの父親が亡くなりラグナーが店の経営を継ぐ事になった頃、一人になったラグナーの話し相手としてノーランの父親が引き合わせたのがきっかけだった。
仕事に忙殺されるラグナーの身の回りの世話は主にノーラン父とハウスメイドが行い、ノーランは厳しい父親に仕事を教わりながら良く働いた。
自分より少し大人の、それでもまだ十分子供と言える年齢のラグナーが朝から朝まで働いているのを見て、幼いながらも彼を支えたいと思ったのだ。
ラグナーの母が身体を壊して病に伏すようになった頃、ラグナーの母の看病をする為にノーランの父は本宅へ戻って行った。その頃には一通りの家事をこなせるようになっていたノーランは、一人ラグナーの元へ残り世話をやくようになったのだ。
「ご主人様の竜眼を見ていると、竜は実在すると信じざるを得ません。そんな素晴らしい力を与えられた竜に対する畏怖や尊敬は、ご主人様に関わる全ての方が持っておられる物だと思いますよ~」
「そう言う物か」
「はい~。実際に竜眼の力を目の当たりにすると誰もが竜の御力を信じたくなると思いますよ」
「竜」に纏わる神話は世界中に点在し、「竜」を神として崇め祀る国は多い。とはいえ、「竜」の正体は人なのだから壁画に描かれるような竜を実際に見た者は一人としていない。
だから竜がおとぎ話の中の存在だと思っている人間は多いし、「竜なんて信じない」という者もいる。
ラグナーの「竜眼」もただ「竜と契りを結んだ者の末裔」と言い張るだけならば「ほら吹き」だの「気狂い」だのと言われて見向きもされなかっただろう。
それが何故ここまで熱狂的な支持を得ているのかと言うと、やはりそれは「竜眼」に裏打ちされた確かな審美眼をラグナーの一族が持っていたからだ。
代々「良い目」を持ち一端の鑑別師など比べ物にならないような迅速で正確な鑑別を行う。一目見ただけで石の種類だけでなく内包物や産地、それが持つ「価値」を寸分の狂いも無く見極める。
今やラグナーが鑑別した「価値」こそが市場の基準となっていると言っても過言ではない。
その審美眼や腕を間近で見れば、竜の異能を信じない者でもその存在を信じざるを得ないのだ。
「なるほどな」
ノーランの話を聞いてなんとなく合点が行った気がする。
(ラグナーが竜をこれほどまでに神聖視するのも同じ理由か。幼い頃から「竜眼」を持つ父や祖父の姿を一番近くで見て来ればそうなるか)
フレムでさえ「異能」の存在を信じそうになるほど卓越した鑑別技術を生まれた時から身近で見ていれば、「竜」の熱烈な信仰者になってもおかしくはない。そういう家系ならば尚更だ。
「そういえば、お前の他にも竜眼を継いでる人間は居るのか?」
「いや、竜眼を継ぐのは代々一人だと決まっている。他の者には遺伝しない。竜眼を継いだ者が家長となり、家を継ぎ、店を守る。そういう決まりだ」
「随分変わった遺伝の仕方だな……」
ラグナーが言うには父には兄と弟が一人ずつがいたが、二人とも竜眼を得ることは無く父のみが竜眼を継いだらしい。また、祖父にも一人の妹と二人の弟がいたが同じく祖父のみが竜眼を得たという。
「他の者は家業に興味が無かったというから都合が良かったと父が言っていた。今は別の町で違う商売をしている」
(都合がいい、か。確かに……いや、都合が良すぎないか?)
家業、つまり宝石商という仕事に興味がある子供にだけ竜眼が発現する。果たしてそれは「遺伝」という話で片付けられる物なのだろうか?
異能が「遺伝」しているのだとしたら、兄弟全員に竜眼が与えられてもおかしくは無いはずだ。全員とは行かずとも、家業に興味を示さない子供のうちの何人か、少なくとも全く誰にも発現しないというのは不思議な話だ。
(家業を継ぐ意思がある人間にのみ異能が引き継がれる。そんな事があるのか? そもそも異能は遺伝しない物だと神官のおっさんが言ってたし……)
「胡散臭いという顔をしているな」
疑問の目を向けているのが分かったのか、ラグナーは浅くため息を吐く。
「『竜眼は人を選ぶ』と父は言っていた」
「つまり、意欲がある者を竜眼自体が選んでいると?」
「そうだ。それが竜の御心なのだと」
(まぁ、どうせ異能を授けるならやる気がある奴の方が良いしな)
実際にそうなのかは置いておいて、「竜」の立場から考えると少し納得してしまう。
「じゃあ、お前も竜眼に選ばれたって事か」
「そういう事になる。……とは言え、私には兄弟がいないからな。元々家を継ぐことが決まっていたし、父もそのつもりで居ろと言っていた。なるべくしてなった。それだけだ」
なんとも不思議な話である。
神官の話を信じるならば、ラグナーのそれは異能ではない。だが、「竜眼が宿る相手を選ぶ」と聞けば確かに人知を超えた何かが干渉しているのではないかという気がしてくる。
(竜眼とは一体何なのだろう)
目の前で黙々と石を仕分けするラグナーがますます分からなくなったフレムだった。
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