竜眼の一族
「ただいま帰りました~」
夜も更けた頃、夜会からラグナーとノーランが帰って来た。
「疲れた」
そう一言言うなりラグナーはふらふらとした足取りで居間のソファーに倒れ込む。身に着けていた宝飾品が擦れるガチャッという音が居間に響いた。
「おい! 宝飾品に傷がつくだろ! 外してからにしろ!」
「煩い……。外したいならお前が外せ……」
酒が回っているのかぐったりとしているラグナーにフレムは「この酔っ払い」と悪態をつく。仕方なくノーランと協力して部屋着に着替えさせると小柄なノーランに代わってラグナーを抱えて寝室に運んだ。
「……?」
ベッドへ入ったラグナーは不思議そうな顔をして部屋を見渡す。いつもと違う部屋の様子に違和感を覚えたようだ。
「お前が出掛ける前に掃除したんだよ。拭き掃除はまだだけどな。ノーランが服は全部捨てるって言ってたけど、良いよな?」
「……勝手にしろ」
「本当に自分の服に興味が無いんだな」
「着られればなんでも良い」
「宝飾品は分別してそこの棚に入ってる。一覧表を作ったから探したい物があったら言ってくれ」
「一覧表? 物好きだな」
「結構楽しかったぜ。 古いものから新しい物まで揃ってるから流行り廃りが分かって勉強になるし。師匠の工房ではああいうやつは作らなかったからな」
「……仕事馬鹿だな」
「はぁ? お前に言われたくないんだが。お前の方がよっぽど仕事馬鹿だろ」
「……?」
「……まさか、自覚が無いのか?」
「父も祖父も同じように仕事をしていた。起きてから寝るまで……そうしないと終わらないのが仕事と言う物では無いのか?」
「……」
(マジかよ)
ラグナーの言葉にフレムは絶句した。つまり、ラグナーは「普通に」仕事をしていただけだったと。彼は父の背中を見て、彼の父は祖父の背中を見て育ったのでそれが普通の事であると思っているのだ。
(ラグナーが継いでいるのは『竜眼』だけじゃない。この滅茶苦茶な仕事量も遺伝だったのか)
幼い頃から、いや、生まれた時からそれが当たり前の環境で育った。刷り込みと言っても良いかもしれない。ラグナーはそれ以外を知らないのだ。
だから自分が置かれている環境に疑問を抱かない。先祖代々そうしてきたからだ。
「そういえば、お前の親父さんについて聞いた事が無かったな。親父さんも宝石商なのか?」
「……そうだ。私が十三の時に亡くなったがな」
酒が入っているせいか、いつもよりもラグナーの口が回る。普段ならば「うるさい」「あっちへ行け」と追い払われても良いものだが、ベッドに横たわったままぽつりぽつりと話し始めた。
「仕事場で倒れたそうだ。日頃家に帰って来ることはままだったから、私が最後に父を見たのは教会に安置された亡骸だった。酷い顔だったよ。医者は過労死と言っていたな」
「過労死……」
ラグナーの仕事ぶりが遺伝なのだとしたら、その父親が過労死するのも頷ける。
「父は朝から朝まで寝ずに仕事をこなすことが多かったそうだ。それだけ店が繁盛していたという事だな。母は父を亡くしたショックで倒れ、そのまま後を追うようにして逝ってしまった。残されたのは代々継いできた宝石店と父が請け負っていた仕事だけだ」
「それを今、お前が継いでるってことか」
「ああ。これでも大分縮小した方だがな」
「……え?」
「昔は少し離れた場所にもっと大きな店を構えていたのだ。だが、流石に私一人ではどうにもならなくてな。規模を縮小するために業務整理をして今の場所に越したのだ」
「……縮小してこれなのか?」
「睡眠だって取れる。十分だ」
(以前は父親と同じような仕事量だったってことか?)
縮小したとはいえエイラムの一等地だ。従業員もそれなりに雇っているし客足も絶えない。販売に関しては従業員に任せるとして、宝石鑑別はラグナーにしか行えないのだとしたら、彼自身の仕事量はあまり変わらないのではないか?
それでも「寝られるようになった」というのだから、少しはマシになった方なのだろう。
「体壊すぞ」
「そうかもな。我が一族は代々短命だ」
ごろん、と横に寝返りを打ち、諦めたような声でラグナーは言う。父も、祖父も、皆無理が祟って急逝してしまった。それを見て来たラグナーはとっくに諦めがついているようだった。
「金に困ってる訳じゃないんだろう? どうしてそこまで働くんだ」
ハッキリ言って、もう使い切れないほどの財産はあるし従業員に任せているだけでも十分なほどの利益は出る。命を削ってまで何故働くのかフレムには分からなかった。
「我が一族が『竜眼』の一族だからだ」
「……それだけか?」
「それだけだと?」
「それだけ」と言う言葉がラグナーの逆鱗に触れたらしい。ラグナーは体を起こすと力の入らない腕でフレムの服の裾を掴んだ。
「竜眼は竜が我が一族に与えたもうた恩恵なのだ。その力のお陰で我々は代々飢える事なく生きていられる。
その恩寵を与えて下さった竜に報い、竜の御力を世に知らしめるためには、竜眼を持って人々の役に立たなければならない。それが我が一族に課せられた使命なのだ! 何も……何も知らない癖に……」
眠気に耐えられなくなったのか、ラグナーはふらりと体を揺らすとそのまま倒れ込む。フレムはラグナーが怪我をしないよう優しく抱き留めるとゆっくりとベッドに体を寝かせた。
「何も知らない癖に……か。その通りだな」
静かに寝息を立てるラグナーの横顔をながらフレムは独り言を漏らす。
(俺は竜だ。けど、竜についてあまりにも知らなさすぎる)
竜が従に与える恩恵、従との契約。神官から習ったは良いものの、実際にそれがどんなものなのか見たことも無いし深く考えた事も無かった。
従に特別な力与えるという事と、それが従や周囲の人間にどんな影響を与えるのか。ラグナーの背負った業のような物を見ていると、それが決して「良いもの」のようには思えなくてフレムは心の中にもやがかかったような気持ちになった。
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