フレムの本心
「あ~、やっと終わった!」
昼前から始めた仕分け作業が終わり、フレムとノーランは手を取り合い喜んだ。ラグナーの部屋の床を占拠していた服と宝飾品の山は消え、宝飾品はほとんど使っていなかった収納箪笥へ、服は大きな袋に詰めて一階の店舗にある不要品置き場へ運搬した。
掃き掃除はまだ出来ていないが、物に埋め尽くされて見えなかった床が見えるようになっただけでも凄まじい達成感だ。
「これから夜会の準備をするので、お掃除はまた明日にしましょう~」
「そうだな。流石に疲れたし……」
床の掃き掃除や拭き掃除をしなければならないが、それでも綺麗に片付いた部屋を眺めながらフレムは額に浮かんだ汗を拭う。
「帰って来るのは夜中になるかもしれませんので、戸締りをお願いします。夕飯は昼食と一緒に作って保冷庫に入れておいたので、好きに食べて下さい~」
「分かった。ありがとうな」
「いえいえ~」
ノーランはそういうとラグナーを着替えさせるために居間がある二階へ降りていく。
(まるで母親みたいだな……)
確か年齢は十三とか十四とかそこらへんだ。ラグナーよりもずっと年下だが、家事やラグナーの身の回り世話、夜会への付き添いまで卒なくこなす。ラグナーの性格を理解し、世話を焼く姿はまるで母親だ。
一体どういう経緯でラグナーの従者になったのだろうかとフレムは気になって仕方がなかったが、自分のように何か事情があるのかもしれないと思うと中々聞き出せずにいた。
夕刻、ラグナーとノーランが馬車で客先に向かった後、フレムは先ほど分別した宝飾品の一覧表を作っていた。宝飾品の種別ごとに模様やデザインを書き写し、使われている石や技法の特色等を描き留めていく。
一々箪笥を開けて確認するよりも作業机の上で確認できた方が楽だからだ。
「それにしても凄い量だな。勉強になる」
まるで遺跡でも発掘したかのようだった。下に埋もれているもの程古く、上に積まれているものほど新しいので古いデザインから新しいデザインまで年代順に揃っている。
それもドグラムの工房で扱っていたような庶民向け装飾品では無く、上流階級で使われている一流の宝飾品だ。
決してドグラムの工房で学んでいた技術が三流だった訳ではない。ドグラムの工房は装飾品から日用品まで何でも請け負う大衆店、ラグナーが重用しているのは上流階級向けの高級店。客層や用途が違うのでデザインや仕様が異なるのは当たり前だ。
(ドグラムの工房で仕事をしたお陰で何にでも彫刻を施せるようになったのは有難い。けど、俺が今作らなければならないのはラグナーの……上流階級向けの宝飾品だ)
今のフレムにはラグナーの宝飾品を作り続ける為の知識が不足している。
(ノーランが言っていたように、服飾には流行り廃りがある。それは宝飾品も同じだ。ラグナーの服装に合わせた、見劣りしない宝飾品を作る必要がある)
毎回デザイナーに流行りの服を作らせている位だ。宝飾品だけが流行遅れだと格好がつかないし、ラグナーの顔に泥を塗る形になる。
「……って、何熱くなってるんだ」
一覧表を纏めながらフレムはぽつりと呟いた。
仕事の事となるとつい熱中してしまう。ああした方がもっと良くなるんじゃないか。こうした方が綺麗に見えるんじゃないか。客にとって何が最善なのか、常に思いを巡らせて手を動かす。
それはラグナーが相手だとしても同じ事だ。
正直、フレムはここを飛び出してどこか別の街へ逃げ出す事だって出来た。強引な手段で、半ば無理矢理連れてこられたのだ。逃げ出したって仕方あるまい。
だが、不思議とそういう気は起らなかった。逃げることによってドグラムの工房が潰されるとか、そういう不安があるからではない。
(俺、ああいうやつ、嫌いじゃないんだよな)
居間を覗くと朝から晩まで同じ場所で鑑別をしている、仕事一筋の男。言葉足らずで強情で、頭が固いのが欠点だが、仕事に対する姿勢は本物で……。
「一体何があいつをあんなに仕事人間にしてるんだか」
ラグナーは若い。恐らくフレムとそんなに変わらない年齢だろう。そんな若さで大都市の中心部に立派な店を構えているのも不思議だが、何故そこまで仕事熱心なのか。その理由がフレムにはいまいちよく分からなかった。
(金に困っている訳ではなさそうだし、こんなに服や宝飾品を買えるなら財産だって使いきれないほどあるだろう。それなのに、いくら依頼が殺到しているからってあんなに仕事を抱え込むなんて……)
フレムは居間のソファーの横に積み上げられた袋の山を思い返す。起きてから寝るまでひたすら鑑別をし続けても尚、あれほどの山が出来上がるほどの仕事量は異常だ。
(ノーランはラグナーの一族が代々『竜眼』を継承していると言っていたな。ラグナーの両親も同じように宝石商を営んでいるのだろうか)
ふと、そんな事を考えた。思えば、この家は元々ラグナーとノーランの二人暮らしで、ラグナーの両親に関する話は聞いた事がない。まさか若いラグナーが一代で店を築き上げたとも思えず、親が同じ「竜眼」を持っているならば元々は親の店であったか、その支店である可能性が高い。
(竜眼の一族ねぇ)
そう言えばすっかりそのことを忘れていた。ラグナーが持つという「竜眼」は本当に竜がもたらした異能が遺伝した物なのだろうか。
チリンチリン。
そんな事を考えていると来客を報せるベルが鳴る。
「おっと、お客さんか?」
フレム達が生活している居住スペースは一階の店舗とは別の入口になっている。扉についているベルを鳴らすと店舗ではなく二階にある居間に報せが届く仕組みだ。
「すみません、今ラグナーは外出中で……」
来客対応をすべく一階にある玄関の扉を開けると見知った顔が見えた。
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