部屋の大掃除

 翌日、フレムは言われた通り一晩で作った耳飾りをラグナーに届けた。


「ほら、これで良いだろ。何でも良いって言ったんだから文句は言うなよ?」

「そこに置いておけ」

「おい、作品の確認位しろよ。あと、ありがとうの一言くらいあっても良いんじゃないか?」


 フレムがラグナーの顔と石を持った手の間に耳飾りが入った箱を割り込ませると、ラグナーはとてつもなく不機嫌そうな表情を浮かべてフレムを睨みつけた。

 嫌々手に持っていた宝石とルーペを机の上に置き、フレムから手渡された箱の蓋を開ける。


「時間が無かったからシンプルな物にしたぞ」

「悪くない」


 箱の中身をチラリと見たラグナーはそう言うとさっさと蓋を被せてノーランに渡す。


(気に入らなかったのか?)


 その様子を見てフレムは少し心配になった。フレムが作ったのはシンプルな一粒石のピアスに長方形の和彫りを施したプレートを下げた物だ。プレートには七宝模様を施し、揺れるたびに切削面がキラキラと光るようになっている。

 短時間で仕上げたにしては華のあるピアスになった自信があったのだが。


「もう少し派手な方が良かったか?」

「いや、あれで構わん」

「一瞬しか見てないのに何でそう言い切れるんだよ」

「お前が作った物なのだから問題なかろう。そういう彫金師だと聞いている」

「は?」

「仕事が早く、腕が立つ。誰も見たことが無い装飾を施し、客に評判だと聞いた。だから確認するまでも無い。お前はそういう仕事をする人間なのだろう?」

「……それ、もしかして褒めてるつもりなのか?」

「褒めるも何も、事実を言ったまでだ」


 ラグナーはフレムの方を一瞥すると再びルーペを手に取り鑑別作業に戻る。


「もしかして、お前、結構不器用だったりする?」

「どういう意味だ」

「言葉足らずって事だよ。俺の腕を買ってくれるのは嬉しいけどさ。そういう性格だと損するぜ」

「余計なお世話だ。仕事の邪魔だからさっさと出て行け」


 ラグナーはむっとしたような表情を浮かべるとしっしっとフレムを追い払う。フレムは「はいはい」と言ってそそくさと自室へ退散しようとしたが、ふと足を止めてラグナーの方へ振り返り声を掛けた。


「あー、そうそう。お前の部屋掃除して良い? どうせこれからも『デザインが被らない宝飾品を作れ』って言うんだろ? 床に散らばってる宝飾品を纏めてどういう物があるか把握しておきたいんだけど」

「……勝手にしろ」

「了解。ついでに服も片付けておくからな」


 あの宝の山、ラグナーの部屋に散らばっていた無数の宝飾品を整理したいと思っていたのだ。

「今までの物とデザインが被らない物を作れ」というのがフレムの仕事ならば、「今までの宝飾品」がどのような物なのか全て把握しておかなければならない。

 その為にはラグナーの私室の床に散らばっている宝飾品を整理整頓する必要があった。勝手に掃除して文句を言われるのも嫌だったので、フレムは許可を得られた事にほっと胸を撫で下ろした。


「ノーラン、何か宝飾品を入れられるような空き箱とか使ってない棚とかあるか?」

「宝飾品を……ですか?」

「ああ。ラグナーの部屋の掃除をしたくてな。ちゃんと許可も取ったぞ」


 早速台所で昼食の支度をしているノーランに宝飾品を収納出来る箱が無いか尋ねる。


「ご主人様の部屋のお掃除ですか?」


 ノーランは野菜を切っていた手を止めると目を丸くした。


「そんなに驚くような事か?」

「はい~。いつも掃除はしなくていいと仰るので」


 なんでも、ラグナーはそういう事に無頓着らしい。散らかっていても気にならず、ノーランが服を選ばなければ翌日も同じ服を平気で着る。基本的に一階の店は従業員に任せきりでラグナー自身は二階の居間にいるので、人目を気にしない癖がついているらしい。


(そういえば、ドグラムの工房に来た時と随分恰好が違うな)


 思い返せばドグラムの所へ来た時は全身宝飾品や上等な服で着飾り、長い銀髪も綺麗に纏めて髪留めで留めていた。

 だがここ数日フレムが目にしたラグナーは部屋着に近い緩い服装でソファーに腰を掛け、髪も結わなければ宝飾品も身に着けない。部屋は散らかり放題だし朝も起こしに行かなければ永遠と眠っているような姿ばかりだ。

 あの威圧感のある貴公子は一体何処へ行ってしまったのだろうか。


(いや、むしろこちらがラグナーの本当の姿なんだろうな)


 ノーラン曰く、ラグナーの部屋は週に何度かやって来るハウスメイドはおろかノーランすら手が出せないという。


「どういう風の吹き回しだ?」

「さあ~。でも、ご主人様がやっていいと仰るなら今がチャンスです。この機会にさっぱりさせちゃいましょう~」


 「今が好機」と思ったノーランは手早く昼食を作り上げると、フレムと共に掃除用具を担いでラグナーの部屋へ突入した。


「改めて見るとこりゃ凄いな」


 床に散らばる大量の衣服と宝飾品。窓から差し込む光で宝石や服の装飾品がキラキラと光って眩しい。「竜は光物を好み、財宝を貯える」と絵本で読んだことがあるが、山積みになった光の山を見ると「こういう事を言うんだな」と納得してしまいそうになる。


「もしかして、服も毎回新しい物を買っているのか?」

「そうなんです~。なのでどんどん古いものが溜まってしまって。まずはこれらを分別しましょう」


 掃除をする前に目の前の山を服と宝飾品に分別する。少しずつフレムの部屋に運び入れ、それを仕分けして宝飾品は空き箱に、服は分けて置いておく。

 宝飾品は首飾りや耳飾りなどの種類ごとに分け、服は一纏めにして全て処分する予定だ。


「ほとんど新品状態なのに勿体ないな」


 分別した服を畳みながらフレムは呟いた。


「ご主人様を庇う訳ではありませんが、服にも流行り廃りがありますからね~」

「あー。そうか。古くなると流行遅れになるのか」

「はい~。勿論、家の中で着る分には問題はありませんが、ご主人様のように人の前に出るお仕事ですとなかなか難しいのです」

「竜眼の御子が流行遅れの服を着ていたら恰好が付かないもんな」

「そうなんです~。なので何人か流行りのデザイナーさんと契約していて、常に最先端の服を調達できるようにしているんですよ」


 普段のラグナーを見ていると流行に敏感なタイプではないのだろうと察しがつく。仕事のために興味のない服を毎回調達しているのだと思うと少し可哀想な気もする。


「今日のパーティーも新しい服を着ていくのか?」

「ええ~。今日は特にファッションに敏感なお客様が主宰ですので」

「ふーん。人付き合いが得意なタイプじゃないのに大変だな」

「そう思われますか?」


 フレムが何気なく発した一言にノーランは興味を示した。


「なんとなくだけどな。そんな奴がこんなに服が山積みになる程人付き合いをしているんだ。たいした奴だと思うよ」

「……」

「なんだ?」

「いえ~。何でもありません」


 フレムの顔を見て満足そうに笑みを浮かべ、ノーランは仕分け作業を再開する。


(何なんだ?)


 そんなノーランの意図が分からずにフレムは首を傾げるのだった。

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