御子の素顔

 竜眼の御子、宝石店の主であるラグナーの目は確かだった。宝飾品を作る彫金師であるフレムはそれなりに宝石を見る目がある。だから彼がどれだけ優れているか、その仕事ぶりを見ていればすぐに分かった。


 宝石の真贋、そして宝石に潜む見えない価値を汲み取り、宝石に相応しい値を付ける。

 市場に埋もれている質の良い石を拾い上げて本来付けられるべき価格で売り、時には宝飾品として仕立てて仕入れ値の何十倍もの価格で売りさばく。

 初めて会った時は横柄で傲慢な性格だと思ったが仕事ぶりは真面目そのもので、石の価値を正しく見抜く「竜眼」を尊い力と信じる人々の気持ちも分からなくは無かった。


(「竜眼」は本当に竜から与えられた力なのか?)


 ラグナーの紫水晶のような澄んだ瞳を眺めながらフレムは考える。


『竜の契約は竜の血を従とする者に分け与える事で行われる』

『血を分け与える?』

『自らの血を従に飲ませるのだ。従は主から分けられた血が無ければ異能を発揮できないと聞いている』

『血を飲めば契約で出来るって随分簡単だな』

『その分、むやみやたらに従を増やせないよう縛りがあるのだ』

『契約を結べるのは一生に一度きり、だっけ?』

『そうだ。一生に一度、一代限り。つまり、一人の竜につき従は一人しか生まれない。そういう決まりになっている』


 異能を持った従が異能を笠に着て暴走しないように、一定期間竜の血を摂取しないと異能が使えなくなるよう定められているらしい。


(つまり、異能を発揮するには継続的な血液の摂取が求められる。だが、ここ数日様子を見ていてもラグナーがそれらしきものを飲んでいる気配は無いし、竜の血らしきものもない。

 そもそも、当代の竜は俺だ。この国に俺以外の竜はいない。契約は一代限りだからラグナーが竜の契約者であるはずがない)


 だとすると、彼の「竜眼」は一体何なのだろう。


「フレム、この石を使って新しい耳飾りを作れ。明日までだ。出来るな?」


 鑑別していた手を止めたラグナーは顔を上げると一対の宝石を投げてよこした。


「明日? 随分急だな」

「取引先の夜会あるからな。みすぼらしい格好を晒す訳には行くまい」

「みすぼらしい?」


 フレムはドグラムの工房にやって来た際のラグナーの服装を思い浮かべる。新品の派手なスーツに大きな宝石がついたループタイを締め、指には大きくて目立つ指輪を、耳には派手な耳飾りを付けている。胸元にはそれだけで家一軒買えてしまいそうな程大きなルビーがついたブローチが光っていた。


「あれのどこがみすぼらしい格好なんだよ」

「前回と同じ宝飾品を身に着けて行くと笑われる」

「はぁ? なんじゃそりゃ。贅沢すぎるだろ」

「とにかく作れ。明日までだ。良いな」


 数日間一緒に過ごして分かった事だが、ラグナーは頑固だ。一度言い出すと従者のノーランの言う事にすら耳を貸さなくなる。


(頑固で我儘。おまけに私生活はだらしないと来た。どうしようもないお坊ちゃんだな)


 朝、ノーランに頼まれてラグナーを起こしに行った時、あまりの部屋の汚さに絶句した。部屋の奥にある大きな天蓋付きのベッドの周囲には噂通り足の踏み場もないほど服と宝飾品が散らばっており、それが山のように無造作に積まれているのだ。


 「竜の如く光物を好み、寝室は宝飾品で溢れかえっている」と言う噂の正体はこれだ。片付けられないまま詰みあがっている宝飾品と衣類の山である。

 その山をかき分けラグナーのベッドへたどり着き、身体をゆする。それだけでは起きないので窓を開けて陽の光を入れ、「起きろ起きろ」と耳元で繰り返してようやく竜眼の御子は不機嫌な顔で「うるさい」と声を発するのだ。


 ラグナーが起きると朝食の準備をしていたノーランがやって来て着替えをさせる。そして朝日に照らされてキラキラと光る長い銀髪を梳かし、顔を清めて朝食の準備が整ったダイニングルームへ追い立てる。それがベルンシュタイン家の日常らしい。


「すみません~。ご主人様は言い出したら聞かないので」

「昔からああなのか?」

「いえ~、昔はもう少し素直なお方だったのですが色々とありまして~。申し訳ないのですが、明日までにお願い出来ますでしょうか?」

「それは構わないが」


 一日で耳飾りを作る。出来ない事ではない。作業の速さには自信がある。


「それは良かったです~。なかなかご主人様の要望に対応できる彫金師さんが見つからなくて~」

「今までも彫金師を雇った事があるのか?」

「いえ~、今までは街の彫金師さんにオーダーメイドで作って頂いていたのですが、なにせご主人様の発注は急ですから。『無理だ』と断られるようになって困っていたんです~」

「そりゃそうだ」

「だからフレムさんが来て下さって大変助かりました~」

「来たくて来たわけじゃないけどな」


 ドグラムの工房を人質に取られて無理矢理かどわかされたようなものだ。


(けど、今となってはノーランの言葉の意味も良く分かる。あの時俺が断っていたら、ドグラムの工房を丸ごと買い取るくらいの事はやってのけたかもしれない)


 「やる時はやる」。持ち前の頑固さを考えると本当の事なのだろう。神殿育ちのフレムは知らなかったが、街の人間やドグラムの反応を見るに今までにも同じような事をしてきたに違いない。ラグナーはそれだけの金と権力を持っている男なのだ。


「で、どんなデザインが良いんだ?」


 仕方がないので製作作業に入る。


「任せる」

「は?」

「デザインは何でも良い。だが、今までの耳飾りと被らないようにしろ」

「何でも良いって……。何が出てきても知らねぇぞ?」

「任せると言っただろう。さっさと作業に取り掛かれ」


 相変わらず愛想のない態度をとるラグナーにフレムはため息を吐いた。ラグナーは居間の机の上に大量の原石を並べ、それを一つ一つ「竜眼」を使って鑑別している。ふと机の横を見ると原石が入っている袋が山積みになっており、いくら鑑別しても終わらなさそうな量にぎょっとした。


「お前も少しは休まないと身体を壊すぞ」

「余計なお世話だ。さっさと行け」


 ラグナーは嫌そうな顔をして顔を上げるとしっしっと野犬でも追い払うような仕草をする。


「仕事の事になるといつもこうなんです。休憩も取らずに朝から晩まで」


 ノーランが小声でフレムに教えてくれた。


「仕事熱心だな」

「ご主人様の『竜眼』は有名ですから~。『竜眼』で鑑別したというだけで価値が保証されるので鑑別の依頼が後を絶たないんですよ」

「なるほど。『ラグナーが鑑別した宝石』というだけで付加価値が付くのか。そりゃ依頼も殺到するわけだ」


(なんとなく分かった気がする)


 「竜眼の御子」はなのだ。宝石の質や価値を見抜く絶対的な審美眼を持つ御子に「高い価値がある」とされた宝石には「御子の太鼓判を得た」という付加価値が付与され、本来の価格以上の値が付けられる。


 人々は「竜眼の御子」のお眼鏡にかなった宝石を持っていると自慢し、羨み、「御子の宝石」を持っている事そのものがステータスとなっているのだ。

 だからこそ、「竜眼の御子」は人々の羨望の的でなければならない。流行の中心、いや、流行を作り出す側の人間でなければならないのだ。


(同じ宝飾品を身に着けられない、か。他人の目を気にしないといけないなんて難儀だね)


 「この人に鑑別してもらった」という優越感を感じさせるような特別な人間であらねばならない。それが「竜眼」の価値を高める事にも繋がっているのだろう。

 毎回パーティーで新しい宝飾品を身に着けるのもその一環だ。他人から羨まれ、話題の中心に入るための一策。


(なんとも息苦しい世界に生きている奴だ)


 黙々と石を鑑別し続けるラグナーの横顔を少し苦い気持ちでフレムは見つめていた。

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