竜の正体

 この世界には「竜」が居る。竜は神の使いであり、尊いものだ。だからカラドの至る所に竜を祀る神殿が建てられ、人々は「竜」を畏れ敬った。


 だが、実際に「竜」の姿を知る者はほとんどいない。それは神話上の生き物であり、空想上の生き物であり、神の力や自然の偉大さを形として表したものだと言われているからだ。


 それでも人々は竜の存在を信じ、信仰する。絵に描かれた「竜」を畏れ敬い、頭を垂れるのだ。


『だが、竜は居る』


 フレムが成人した日、神殿の壁に掛けられた大きな竜の壁画の前で神官は言った。


『竜って空想上の動物だろ?』


 神官の隣に立つフレムは絵を眺めながら問いかける。幼い頃、親代わりの神官に「竜は本当に居るのか」と問うた事があった。彼が困ったような顔をしてはぐらかしたのを見て、幼心に「本当は居ないんだ」と察したのだ。


『いや、居る。

『……は?』


 いつもと変わらない口調で発せられた信じがたい言葉にフレムは思わず神官の顔を見つめる。


『今何て言った? 俺が……竜? 冗談だろ』

『冗談ではない。本当だ』

『いやいや、冗談キツイって』


(成人の日に一体何を言い出すのかと思ったら)


 神官の顔は無表情のまま変わらない。いつもは冗談の一つも言わない真面目な男だ。


『え? ……本当なのか?』

『そう言っている』


 それが冗談ではないと理解するのに五分はかかった。



 神殿の中庭には大きな神木がある。その根元には小さな祠があり、毎日神官が供え物をしているのを見て「何か大切な場所なのだろう」とフレムは思っていた。


『お前はここで生まれたのだ』

『ここで?』

『そうだ。ある日突然、この祠の前に赤子が現れた。それがお前だ』


 フレムには両親が居ない。赤子の頃、神殿が運営している孤児院の前に捨てられていたと聞いていた。


『そんな事言われても……』

『信じられないか? そうだろうな。だが、本当の事なのだ』


 神官は大きく聳え立つ神木を見上げる。


『このシーラの木は竜が好むとされている。竜が好み、この木を目印にして地へ降り立つ。そう言い伝えられている』

『どの神殿にも中庭にはこの木が植わっているんだよな?』

『そうだ。そして、根元には必ず祠がある。その祠の前に、数十年から百年に一度の割合で赤子が現れるのだ』

『……大分不規則だな』

『そうでもない。これにはある一定の法則がある。祠の前に赤子が現れるのは国内にある神殿のうち一か所だけで、その赤子が生きているうちに次の赤子が現れる事はない。

 赤子が成長し、大人となって人生を全うするとしばらくしてまた、別の神殿の祠の前に赤子が現れるのだ』

『……じゃあ、俺も同じって事?』

『そうだ』


 神殿内にある書庫の一番奥、限られた神官しか入れない部屋で神官はフレムにある巻物を見せた。その巻物には様々な人物の名前と共に暦が書かれている。


『これが今まで現れた“竜”の記録だ』


 一番古いものは建国の以前から、末尾にはフレムの名が記されている。フレムの先代はフレムが祠の前に現れる数か月前に亡くなっていた。


『……“竜”って何なんだ?』


 にわかには信じられないような話にフレムはつぶやいた。神官はフレムを「竜」と呼んだ。だが、フレムは人間だ。人と同じ形をし、言葉を発し、同じ飯を食う。一体何をもって彼はフレムを「竜」とするのだろうか。


『“竜”とは人なのだ』

『……人?』

『異界から流れて来た魂を持つ人間。それを総じて“竜”と呼ぶ』


 神官は顔色一つ変えずにそう言ってのけた。


『かつてこの世界がまだ貧しかった頃、神は人々の暮らしをより豊かにするために異界から零れ落ちて来た魂を先導者として招き入れた。

 この世界には無い技術や知識を持つ彼らは先導者として特別な力を与えられ、その力を使って自らが持つ知恵や技術をこの世界の人間達に伝えていった。

 お前も装飾品を作る事に長けているだろう。それはお前が異界で生を受けていた頃に得た知識と技術なのだ』

『……!』


 思えば、何故こんなにも分かるのか不思議だった。物心ついた頃には神官に金板をせがみ、鋸やヤスリを握ればどう動かせば良いのかすぐにわかった。

 石の留め方も、金属の曲げ方も、どこを探しても見つからなかったタガネの作り方も、まるで以前から知っていた方のように頭に浮かんできた。


『俺、自分が天才だと思ってたけど……だけだったんだな』


 正直、フレムは自分の事を彫金の天才だと思っていた。誰も思いつかないようなアイデアが次から次へと頭に浮かんでくるし、物を作る度に神官が驚いたような表情を見せるからだ。


 だが、それは違う世界を生きた自分の知識だった。自分が知っている事をただ行っていただけだったのだ。


『天才か。あながち間違いではなかろう。我々にとっては見たことも無い技術であることには他ならないのだから』


 神官はフレムから贈られたバングルを撫でる。今まで見たことが無いような斬新で大胆な彫り。初めて見た時は「これが『竜』の御業か」と感動したものだ。


『でも、俺、知識はあっても前の人生の記憶って無いんだよな』

『記憶があるというのは良い事ばかりではあるまい。神のご配慮だろう』

『そっか。前の世界からここに来たって事は、俺、死んじゃったんだよな。確かに死んだときの記憶とか思い出したくないわ』

『……』

『あー……気にするなよ。大丈夫だから。で、何で俺みたいなやつを“竜”って呼ぶんだよ』


 黙ってしまった神官を見て慌てたフレムは話題を切り替えた。


『……君たちの身の安全を守るためだ』

『どういう事だ?』

『竜には特別な力があると言っただろう。竜は生涯に一人だけ、契約を結んで特別な力を与える“従”を作る事が出来る。従となった人間は竜から異能を授かり、竜の素質に応じた特別な力を使えるようになるのだ』

『特別な力? 魔法とか超能力みたいな物か?』

? そうだな、君の場合は装飾品を作る事に長けているから、それに準じた異能になるだろう。竜は異能を授ける事は出来ても自らは異能を持たないただの人間だ。従とは主である竜を助けるために生まれるものだ。君の助けになるような異能を授けるのが良い』

『なるほど』

『ただ、先にも述べた通り従に出来るのはだ。相手をよく見極めろ。竜の力を欲する者は多い。竜であることを簡単に打ち明けてはならない』

『おっかないな』

『古い時代は良くあったのだ。異能を求めて争いが起きた事もあった。そこで神殿は“竜”に例え、異能を与えるのが“人”であることを隠すようになったのだ』


 つまり「竜」とは、異界から生まれ落ちた者を守るための隠れ蓑だったのだ。戦争の時代から長い年月が流れ、人々は「竜」を空想上の生き物だと思い込んでいる。今時「竜」が人であると知るのは神殿の中でも高位の神官のみだと言う。


『だから誰にもお前が“竜”だというのは分かるまい。外へ出ても安心して暮らすと良い』

『……おっさん』


 無表情でつっけんどんな神官だが、幼い頃から面倒を見て来たフレムの事を心配しているのだ。


『本当はもっと前に知らせておくべきだった。だが、いつ言えばいいのか……。なかなか機会が無く、ついに当日になってしまった』


 申し訳なさそうにする神官にバツが悪くなったフレムは「良いって」と言葉を返す。突然の事で驚いたが、すっと腑に落ちたような、不思議と「本当の事だろう」と納得出来たのだ。


『それで、その契約ってどうやってするんだ?』

『ああ。竜の契約は――』

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