第71話 順調な道のり
プリシラ一行の山越えの道のりは順調だった。
傾斜は多少あるものの、道も踏み固められていて比較的歩きやすい。
そうして昼過ぎにはこの山の中で最も標高の高い場所に到達していた。
見晴らしの良い広場のようなその場所で、4人は休憩と昼食を取ることにする。
「ここが山頂なの?」
「山頂というか……こういう場所がいくつかある。ここからは下ったり上ったりだな」
プリシラの問いにジュードはそう答えると、日差しを避けられる
ジュードの手際の良さを見ながらプリシラはエミルと共に彼を手伝いつつ、チラリとジャスティーナに目を向けた。
油断なく周囲を見張るジャスティーナの腰には2匹の死んだ
ここに来る途中でジャスティーナは2匹ほど
今夜は山中で一泊することになるので、夕飯用にするつもりだ。
(すごかったなぁ)
弓矢で
しかしジャスティーナはプリシラよりも先に
恐らく彼女はこれまでの放浪生活で、こうした山越えを
「季節が冬じゃなくて良かったな。この辺りも冬は雪深くなるから、そうなったら山越えは数倍大変だっただろう」
そう言うとジャスティーナは
その多くは今朝、セグ村で出された朝食の残りだった。
皆が食事を
そうして一息つくと彼はプリシラとエミルに目を向けた。
「プリシラ、エミル。ビバルデには誰か待っていてくれるのか?」
「おそらく……母様は公務があるからダニアに戻っているでしょうけれど、誰か人を残してくれているはずだと思うわ」
「そうか。ビバルデに到着したら出来るだけ早めにダニアに戻ったほうがいい」
「え?」
ジュードは
「アリアドがああして王国軍に占領されてしまったってことは、国境にほど近いビバルデでも共和国軍が厳戒態勢を
「王国はそんな無茶をするかしら……。そうすると王国は公国のみならず共和国まで敵に回すことになるわ」
「可能性は否定できない。ジャイルズ王は領土的野心のある人物だ。そして王国は今、公国の各都市を短時間で落とせるほど力をつけている。何より王国軍の先頭を進むのは、あのチェルシーだ」
「チェルシー……」
その名を聞き、プリシラの顔に影が差した。
クローディアの異父妹であるチェルシーは現在、王国の将軍職に
「知っていると思うけれど、チェルシーはあのクローディアの妹だ。君たちはチェルシーのことはクローディアから聞いているのかい?」
その問いにプリシラとエミルは顔を見合わせた。
2人の
「ええ。直接面識はないけれど、その名前は昔から聞かされているわ。アタシもエミルもクローディアには昔からお世話になっているから」
プリシラはクローディア本人からチェルシーという妹がいると聞かされた時のことをよく覚えている。
妹の話をする時、クローディアはいつも少しだけ辛そうな表情を
妹とは離れ離れになっている。
自分のせいで妹には
彼女は共和国大統領のイライアスの妻となり、2人の子供に恵まれた。
優しく理解のある夫と支え合い、母親として我が子を
他人から見れば
だが彼女の人生には常に妹のことが暗い影を落としていたのだ。
プリシラも姉の立場だから分かる。
幼い兄弟姉妹と生き別れることは辛く
ましてやチェルシーはクローディアと最初で最後の出会いを果たした時、まだわずか1歳という幼さだったのだ。
そしてチェルシーは姉と離れた後、ほどなくして最愛の母・先代クローディアを亡くす。
さらには母に次いで父である前国王を亡くしたのだ。
妹がそのような境遇にあると知ったクローディアの心痛は想像するだけで辛くなる。
「クローディアはずっとチェルシーを自分の元に呼び寄せて面倒を見たいと言って、王国のジャイルズ王へその旨を親書で送り続けていたの。夫のイライアス大統領も公国側へその打診を続けていたのよ。だけど結局それは果たされなかった」
プリシラの言葉にジュードは痛ましい表情で
王国のジャイルズ王にとって異母妹であるチェルシーには利用価値がある。
ダニアの女王の血を引いているのだから。
それをみすみす手放すことはしないだろう。
「……俺がチェルシーに最後に会ったのは10年ほど前のことだ。まだ彼女が6歳くらいの時だな」
その話にプリシラとエミルは
「ジュード。チェルシーに会ったことあるの?」
「ああ。俺は13歳まで、王国の先代クローディアの下で暮らしていたからな」
その話にプリシラもエミルも目を見張った。
「そうだったのね……ねえジュード。チェルシーはどんな感じだったの? クローディアは嘆いていたわ。毎月必ず手紙を送っていたのだけれど、返事が無いので届いているのか分からないって」
「毎月必ず?」
「ええ……今もよ。クローディアはずっと今も毎月必ずチェルシーに手紙を送っているわ。ずっと返事をもらえないのに」
「そんな……そうだったのか。チェルシーも……何度もクローディアに
昔を思い返しながらそう言うジュードにプリシラは憤然とした表情を浮かべる。
「クローディアも同じことを言っていたわ。最初のうちはチェルシーが描いてくれたクローディアの似顔絵が幼い字と共に送られてきていたけど、しばらくすると返事が来なくなったって」
その話にジュードは合点がいった。
「そうか……そういうことだったのか。クローディアの手紙もチェルシーの手紙も、どちらもおそらくジャイルズ王が事前に握りつぶしていたんだ」
「ど、どうして……」
そう
「クローディアとチェルシーを引き裂こうとしたの?」
「だろうな。王国を裏切った格好のクローディアに引っ張られるようにチェルシーが王国を出て行くことを恐れたんだろう。その可能性はある。もちろん俺は真実を知らないから憶測に過ぎないが……」
そこまで言うとジュードは
そして
「そうか。クローディアは手紙を送り続けていたのか。チェルシーの辛そうな様子を見ていて、俺はずっと思っていたんだ。クローディアは冷たい姉なのだと。だけど……それは俺の勝手な思い違いだった。プリシラ。教えてくれてありがとう」
そう言うとジュードはホッと
同時にそれは叶わないのだと思い至り、ジュードは再び暗い気持ちになる。
自分がチェルシーに会えば、王国を裏切った脱走兵として捕らえられ、
だが、もしそうなった時にはそれでもチェルシーに真実を伝えようとジュードは思うのだった。
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