第70話 弟子たち

 一台の馬車が共和国領ビバルデの西へ西へと走り続けていた。

 向かうのは公国との国境線だ。

 その馬車に乗っているのはダニアの女戦士ベラとソニア、そして女王ブリジットの夫であるボルドだった。

 さらに御者台には2人の若い女戦士が乗り、2頭の馬の手綱たづなをそれぞれ握っている。


 若き2人の女戦士はベラとソニアの弟子だ。

 長い赤毛を団子状にして頭の上でまとめ、洒落しゃれた髪飾りで留めているのはソニアの弟子で名をハリエットという。

 そのとなりに座り、生真面目きまじめな顔でまっすぐに前を見つめているのはベラの弟子であるエリカだ。


 エリカとハリエット。

 2人は新都ダニアからボルドの護衛役でついてきた者たちであり、そのままボルドを中心とした捜索そうさく隊に加わった。

 総勢5名の旅だ。


「山越えかぁ。出来れば公国のとりでを通りたかったなぁ。いい男がいるかもしれないでしょ?」


 軽薄な口調でそう言うのはハリエットだ。

 その言葉を聞きとがめ、となりに座るエリカはムッとして同僚の脇腹をひじで小突いた。


「今は任務中。余計なこと言わないで」

「そうツンケンしないでよ。エリカ。あんたにも彼氏が出来るかもしれないでしょ」

「黙りなさい。師匠ししょうに怒られるよ。いつもみたいにアンタの巻き添えで怒られるの嫌だから」


 にべもなくそう言うエリカにハリエットは肩をすくめた。

 2人とも身長は180センチ程度と、ダニアの女としては平均より若干低いくらいだ。

 年齢も同じ18歳。

 だがその雰囲気ふんいきは対照的だった。


 ソニアの弟子であるハリエットは師匠ししょうに似ず、おしゃべりで表情豊かであり、かわよろいに飾り付けをするなど身なりに洒落しゃれっ気があった。

 一方、ベラの弟子であるエリカはやはり師匠ししょうに似ず、真面目まじめかた雰囲気ふんいきがあり、身なりも素朴そぼくだった。

 この2人はベラとソニアにとっての唯1人の弟子だ。

 2人がそれぞれベラとソニアに弟子入りを果たしたのは3年前。


 当時すでに伝説的な存在となっていたベラとソニアの下には、それ以前からも多くの弟子入り志願者の女たちが殺到していた。

 しかしベラにもソニアにも弟子を取る気はなかった。

 志願者の数が多過ぎるし、中には名のあるベラとソニアの弟子になれば自分にもはくが付く、などという浮ついた気持ちで志願してくる者が少なくないと2人は見抜いていたからだ。


 それゆえベラとソニアは鬱陶うっとうしい志願者たちを追い払おうと、到底こなしきれないであろう厳しさの訓連を彼女たちに課した。

 若い女たちはあまりに厳しい訓連に音を上げて1人また1人と脱落していき、あっという間に志願者たちはいなくなったのだ。

 ただ2人を除いて。


 エリカとハリエット。

 志願者たちを追い払う目的でベラとソニアが課した無茶な訓練を最後までやり通し、2人はなお弟子入りを志願してきたのだ。

 この2人は本物だ。

 そう思ったベラとソニアは2人を弟子にすることに決めたのだ。


 おのを得意とするハリエットはソニアの弟子となり、槍を得意とするエリカはベラの弟子になった。

 それぞれの師匠ししょうの得意分野の武器で、その強さを伸ばすためだ。

 それから3年。

 ベラとソニアの元でみっちりきたえられたエリカとハリエットはメキメキと腕を上達させている。


「遠足じゃないんだぞ。エリカを見習って真面目まじめにやれ」


 ほろ隙間すきまから伸びてきたソニアの拳がハリエットの頭にゴツンと落とされる。


「イタッ! ちょ、ちょっと師匠ししょう。ひどいじゃないですか。 しゃべっていたってちゃんと任務はこなしていますから」


 そう言うハリエットはもう一度ソニアの拳を頭に落とされて、さすがに口を閉じた。 

 そんな同僚にあきれながらエリカは、得意武器さえ違わなければ真面目まじめなソニアの弟子になりたかったと内心でため息をつくのだった。


 ☆☆☆☆☆☆


「ったく。小娘が」


 ムスッとした表情でそう言いながら、荷台の椅子いすに座り直すソニアの様子にベラはニヤリと笑う。


「ソニア。小娘とか言い出したらババアの仲間入りだぞ」

「おまえもアタシの拳を浴びたいか? ベラ」


 そう言い合う2人の相変わらずな様子に、ボルドは思わず笑みを浮かべた。

 行方ゆくえ不明の娘と息子のことで心配は尽きないが、こんなふうに2人にいつも通りでいてもらえると、ボルドも少しは気がまぎれる。

 一行は今朝早く、共和国領のビバルデを出て西に向かっていた。


 先日ボルドが示した方角は北西であり、その方角には共和国と公国の国境をへだてるとりでが存在する。

 しかしそのとりではつい昨日、公国軍と共和国軍の申し合わせによって封鎖ふうさされてしまった。

 現在、戦時下となっている公国は共和国との国境沿いの街であるアリアドを王国軍に落とされた。

 それは公国はもちろん、共和国にとっても衝撃的な出来事だったのだ。

 共和国との国境がほど近い公国領アリアドを占領されてしまった今、王国軍がそれを足がかりにしてさらに共和国にまで侵攻してくる恐れもあるからだ。


 そのためボルドたちはビバルデの西に走る丘陵きゅうりょう地帯を越え、公国側に越境してからアリアドを目指す方がいいだろうと皆で話し合った結果、西へと向かっているところだった。

 遠回りをするようだが、ボルドは自身の直感を信じ、ベラとソニアも彼に従うことに異論はなかった。

 この道のりでいけば、おそらくアリアドまでは丸3日ほどかかるだろう。


「なあボルド。アリアドの中にプリシラやエミルがまだいるとして、街の外からそれを感じ取ることは出来るか?」

「はい。エミルは力が強いので、2~3キロ離れていても感じ取れるはずです。以前に山で迷子になった時もそうでした」

黒髪術者ダークネスは便利だなぁ」

「エミルもこちらからの呼びかけに気付くはずです。無事ならば反応してくれるでしょう」


 そう話し合ううちにほろの外からハリエットが声をかけてきた。


「山が見えてきましたよ。あれでしょ?」


 その言葉にベラが立ち上がり、ほろ隙間すきまから顔を出した。

 走り続ける馬車の前方に木々の生い茂った丘陵きゅうりょう地帯が見えている。

 それを見たベラはハリエットとエリカに指示した。


ふもとに着いたらアタシらはボルドと山に入る。おまえらは念のため馬車で少しの間待機しておけ。もし山に何かあって戻らなきゃならない時はすぐに戻る。太陽が天辺てっぺんを越えたら、引き返してそのままビバルデに滞在しておけ」

「ええ? アタシも行きたいですよ。公国に入ったことないし。馬車で引き返すのはエリカ1人で十分でしょ」

「おまえの食い扶持ぶち分、無駄むだなんだよ。おとなしく言うことを聞きな小娘」


 そう言ってハリエットの頭を軽く小突くと、ベラはほろの中に戻って降車の準備を始めた。

 そんなベラをソニアはジッと見つめている。

 ベラはまゆを潜めた。


「何だよ。ソニア。ハリエットも連れて行くべきだってのか? ハッ。おまえ。いつからそんなに弟子をかわいがり……」

「小娘って言った」

「……は?」

「小娘って言ったらババアの仲間入りなんだろ? おまえもババアだな」

「う、うるっせぇ! げ足取ってんじゃねえ!」


 そのやり取りにボルドは思わず笑ってしまった。

 2人のいつも通りの様子が彼を安心させてくれる。

 そして早く子供たちにもこの安心を届けてあげたかった。

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