第18話 修羅の魂

 夜のやみに包まれた平原の真ん中を1本の川が緩やかに蛇行だこうして流れている。

 背の高いあしの草が茂るその河原に今、数百人の人影が潜んでいた。

 全員が武装した兵士たちだ。

 この部隊の指揮をるのは若き女性だ。

 その銀髪は夜のやみの下でも月明かりを受けて美しくかがやいていた。

 

「将軍閣下かっか。出撃の準備は整いました。この先の林を抜ければアリアドの街です」


 チェルシーの前に片膝かたひざをついてそう報告をするのは、真っ白な頭髪を頭の後ろで結った若い男だ。

 彼は大陸から海をへだてた西方の島国であるココノエからやってきた一族の1人で、名をシジマといった。

 今はチェルシーの直属部隊で副官を務めている。

 チェルシーは報告を受け、シジマに命じる。


すみやかに街の占領を完遂かんすいしなさい。軍民問わず、抵抗する者は容赦ようしゃなく殺して。逃げ出す者や無抵抗の者は放っておきなさい。時間と労力を出来るだけ費やさないように。我らの目的はもっと先にある」


 そう言うチェルシーにシジマはうやうやしく頭を下げ、部隊に指示を与えるべく向かっていった。

 チェルシーは遠くに見える街の明かりに目を細め、その平穏を自らの手で今から壊すのだと心を決める。

 その原動力となるのは彼女の胸を焼きがす怒りと憎しみを燃料にした紅蓮ぐれんの炎だ。

 チェルシーの脳裏のうりにはかつてがれた相手の顔が浮かび上がり、それは同時に幼き自分が感じ続けてきた絶望を呼び起こす。

 胸に火が入ったのを感じたチェルシーの顔には迷いなき修羅のたましいが宿っていた。


(ワタシは止まらない。姉さま。あなたをワタシの目の前に引きずり出してそのあやまちを認めさせるまで)


 チェルシーは立ち上がり剣を抜くと、それを天に突き上げた。


「全軍進め! 安寧あんねいむさぼ愚鈍ぐどんな者どもを、寝床ねどこごと焼き払え!」

 

 息を潜めるようにあしの茂みに身を隠していた兵たちは勢いよく立ち上がり、チェルシーの号令に大きく気勢を上げて応えるのだった。


 ☆☆☆☆☆☆


 ジャスティーナの呼び掛けに応じて天幕の中に入ったジュードは血のにおいに思わず顔をしかめた。

 中には首を貫かれて血まみれで死んでいる3人の男の遺体が横たわっている。

 そしてその他に、金髪の少女と黒髪の男児がとらわれているのを確認し、まずは男児の姿をまじまじと見つめる。


(この男の子が……)


 だが、それよりも金髪の少女の様子が気になった。 

 手枷てかせ足枷あしかせ拘束こうそくされたその少女はぐったりとしていて、目の焦点しょうてんも合っていない。

 ジュードはプリシラに歩み寄ってその目の前にしゃがみ込むと、サッと彼女の全身に目を走らせた。

 見たところ目立った外傷はない。


 しかしジュードは彼女のうつろな目を見て、それから彼女の手枷てかせをはめられた手を取った。

 その手はぐったりとしていて力が入らない状態だ。

 ジュードは即座に予想した。


「何かの薬品を摂取させられたな。意識の混濁こんだくと軽い筋弛緩きんしかんが見られる。だが奴隷どれい商人なら彼女が決定的に傷付くような危険な薬品は使わないだろう。一時的なものだと思う」


 そう言うとジュードは背負っていた袋を地面に下ろし、その中から小さなびんを取り出した。

 それは茶色い遮光瓶しゃこうびんだ。


「ジャスティーナ。それからそこの少年。少しだけ離れて口と鼻をふさいでおいてくれ」 


 ジュードのその言葉を聞いてジャスティーナはすぐに黒髪の少年に歩み寄った。

 そして自分の腰に下げている革袋かわぶくろの中から白い布を取り出して、それを少年の口元に当てる。


「助けてやるから、少しだけ我慢がまんしな」


 そう言うとジャスティーナ自身は自分の服のそでに鼻をうずめた。

 ジュードは自分の顔に布を巻いて口と鼻をおおうと、びんふたを開ける。

 それを金髪の少女の顔近くに寄せた。


 そのびんの口かられ出す臭気をいだ途端とたん、少女は激しくき込んだ。

 すぐにジュードはびんせんをする。

 そしてむせている少女の背中をさすってやった。


「ゴホッ! ゲホゲホッ!」

「すまないな。ちょっと荒療治だ」


 そう言うとジュードは、今度はふくろの中から水の入った革袋かわぶくろを取り出し、少女のせきが収まるのを待ってからその水を彼女の口にふくませた。


「ゆっくり。ゆっくり飲むんだ」


 少女は言われた通り、水を少しずつ飲み、ほうっと息をつく。

 すると次第に意識がハッキリしてきたのか、顔を上げた彼女の顔には先ほどまでより明確な意思を宿した表情が浮かんでいる。

 少女はジュードを見て、それからジャスティーナにも視線を送ると、礼の言葉を口にした。


「あ、ありがとう。助けてくれて」


 なまりの少ない明瞭な発音の大陸言語だ。

 その少女がきちんと教育のほどされた高貴な出自であるとジュードもジャスティーナもすぐに分かった。

 ジュードは柔和にゅうわな表情を浮かべて少女に名乗る。


「俺はジュード。そっちにいる赤毛の彼女はジャスティーナ。君たちの名前を聞いてもいいかい?」


 そう言うジュードに少女は彼と、そしてジャスティーナを見た。

 ジャスティーナは小刀で少年を縛るなわを切り、彼を自由にしているところだ。

 その様子を見て金髪の少女は意を決したように告げた。


「アタシは……プリシラ。統一ダニアの金の女王ブリジットの娘。そこにいるのは弟のエミル」


 その言葉にジュードとジャスティーナはおどろいた表情でたがいに顔を見合わせるのだった。

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