第4話 猛将ムサシ


「敵の本隊と思われる軍勢を確認したとの報告が斥候より入りました! このままでは1時間ほどでこの防衛陣地に来ます!」

「こっちは戦闘準備は出来てるんだ、防衛陣形を組め! 事前に話した通りこちらの第1陣は男だけの3000人で組め!」

「ですが、敵の兵数は5万を越えているとの報告も!」

「数で不利なのは最初からわかってるだろ! 俺だって後ろに住処がなきゃこんな負け戦乗りはしねぇよ!」


 クラナドから数キロ離れた平原に即席の防衛陣地を作り、その場に直ぐに割けるたった5000のグリーンデイの兵士たちが集っていた。

 そして、現地での最高指揮官のシェンの補佐として俺自身も防衛陣地にて戦略を練っていた。


「正直あんたが来てくれて助かったよ」

「君の報告が早かったおかげもあるさ、それでも本国で蔓延している病気のせいでこの程度の人員しか用意できなかったけどね」


「投石器の準備はどうなった!」

「用意していた20台の内8台が破損していて使えませんが、もう少し時間があれば全て配備が終わります!」

「油を用意しとけ! お前らの生命線だ」


「初陣にしては随分と手馴れた指示じゃないか」

「この程度なら死ぬ程ゲームのIGLで経験してるんでな」

「投石器の玉を燃やすなんていうのは流石に私には思いつかなかったが、それ以上に君が指揮する予定の第1部隊3000人をどう鼓舞するつもりだい?」

「戦力差10倍だぜ? 相手がとんでもねぇ無能じゃない限りはただ死にに行くだけだ。鼓舞なんて必要ねぇ、俺はただ死んでこいって言うのが仕事だ」

「酷な事をやらせてすまないね」

「酷かもしれねぇが、ここに集まった奴らの命を無駄にさせねぇ為に力を貸してやるんだ。無駄死ににはさせやしねぇ」


 モンスター相手に命の賭け合いはいくらでもやったが、戦場の独特な雰囲気とこれから殺す人数を考えりゃ自分の命がかかってようがそうじゃなかろうが、こんな所からは逃げ出したい。


「敵影が本陣からも確認できるようになってきました!」「投石器の準備は全て完了しています! 各兵士も陣形を組み始めました!」


「いくか」


 本陣から前衛部隊の間に作られた見晴らしのいい指揮所へと登り、それに気づいた兵士達が振り向く。


「防衛部隊の指揮を執ることになったシェン・ドラグナーだ、国からの命令とはいえこの場所に集まってくれた事に感謝する。

 眼前の敵兵は強大で、私達を圧倒するほどの数だ、戦う前から結果を想像してしまってる者も少なからず居るだろう、だが、君達の命を無駄にしないために私はここに派遣され、補佐として付いた彼も居る、勝手を言うが最後まで勇敢に戦って欲しい」


 シェンが精一杯の演説をしてみせ、緊張かそれとも不安か、額に浮かべた汗を拭ってやる。


「お前も対して戦闘経験はねぇんだろ、あんまり無理するもんじゃねーぜ、指揮を執るのは上手くても演説は下手みたいだしな」

「面目ない」


 ここまで自分の足で来て、目の前には敵の大軍勢が居る。

 もう、今更ビビるには遅すぎるよな。


「指揮の補佐を取ることになったモチヅキ・ショウだ、基本的に前衛への指示は俺が出すことになっている、不安にさせるような事を言うが俺もこいつも今回が初陣なんでな。不慣れなのは多めに見て欲しい。

 そんでもって俺からお前らに1つだけ言っておく事がある、薄々感じてる奴も居るだろうが、俺も含めここにいる全員は限りなく捨て駒に近い。逃げ出したい奴もいるだろ?。

 なんで自分がこんな所に駆り出されたのか、理不尽に思う奴もいるだろう。

 だが、全員に平等に言わせてもらう。お前らはお前らを捨て駒扱いするような国の為に死ね!。

 俺はお前らの姿を勇敢だったとかちんけな言葉で片付けさせるつもりはねぇ! だから最後の瞬間まで全力で戦え。

 もう1度言う! お前ら全員死んで来い!」


 これがそこらの戦略シミュレーションゲームだったらどれほど気が楽だろうか、いま俺が放った全ての言葉は無責任で兵士たちの気持ちなんぞ度外視にも程がある。

 これから散る命の数を考えりゃ、いつだって吐ける自信があるくらいだ。


「目視できる距離に来やがったな、陣形も構築済みうちと連中の戦闘戦績は基本的に負け戦の方が多かったんだったか?」

「あぁ、レッドアイは世界中にある6ヶ国の中で2番目の軍事力を持つ」

「グリーンアイが存続出来てるのは魔物の多さ故の攻めにくさが原因なんだったっけか」

「深い森や地形も影響しているだろうがな」

「相手は使者でも送ってくると思うか?」

「無いだろうな、一方的な侵略戦争だ」


 時間を掛けて魔物があいつらを襲うことを祈るのは不可能か、それ以前にこの辺に魔物がどの程度残ってるのかすらわからねぇが。


「歩兵が3の騎兵が1、弓兵が0.8残りが治療用のヒーラーってとこか」

「思っていた以上にセオリー通りということだな」

「事前にあちこちトラップを仕掛けておいて良かったな、戦略と小細工でどこまで凌げるか」

「本当にやるんだな?」

「どうせ命の取り合いで血で血を洗うんだぜ? いくら非道なことやっても同じことさ、味方にまで嫌われるかそうじゃないかの差だ」


 部隊の六割近くを占める剣と盾を装備した鎧の兵士たち、そしてその後ろに立つのが槍を装備した騎兵部隊。それを援護するように弓兵と負傷者を治すために居るヒーラーが敵陣の後ろに控えている。

 ここに魔法兵が加われば協力に思えるかもしれないが、基本的に魔法職は戦争のような戦いには駆り出されない。

 基本的にMPは短時間で回復する手段がなくガス欠になってしまえばただの肉壁になってしまう、その上射程は基本的にどの魔法も弓兵に劣り使いづらさだけが際立つ。


 対するこちらは馬の1頭もおらず武器も装備も色とりどり。

 俺の指揮する第1陣は剣も槍も弓も全部ひとまとめされ、事前に近くの者とのフォローをし合うように言ってはあるものの急造でそんなものが出来るとは期待していない。

 かといって無策で死にに行くほど俺も馬鹿じゃないんでな。


「投石器の発射用意は出来てるな!」

「はい! いつでも発射可能です!」

「よし、1発目は着火せずに油だけで発射しろ!」

「了解です!」


 開戦の合図は存在しない、これは戦争だ。

 敵に掛ける情けも、味方に掛ける情も必要はない。


「俺は完全に指揮に入る、不測の事態があったら頼むぜ、正直初めてなもんでどんな後遺症が出るかもわからないけどな」

「わかった」

「いくぜ!」


【制限解除:対象指揮官】【指揮官】【精神感応】【奇襲】【強襲】発動。


「放て!」


 投石器の付近に居た兵たちに指示を出すのと同時に脳に強烈な頭痛が走る。

 割れちまいそうな程の痛みで、不意に片膝を着く程に体から力が抜ける。


「大丈夫か!?」

「これくらいならぬるくていいや、第1陣。突っ込め!!」


「「うおぉぉぉぉ!!」」


 バフを掛けた部隊が一斉に動き出し、投石の着弾を確認した敵部隊が動き始める。


「投石は一時停止、もう少し敵が進行してくるまで待機しろ!」


 誰にも言っていないが精神感応には本人の意思を捻じ曲げるような効果がある、指揮官の発動下でしか使えないスキルではあるが離れた位置からでも制限解除で言葉を発さずに指示できるというのは、無線なんてものが存在しないこの世界では有利に働く。


 そして、制限解除された指揮官によって通常の何倍にも跳ね上がった彼らの能力は、そう簡単には崩れるものでは無い、と思いたい。


 剣を交え、後ろから来る敵を槍や矢が貫く。

 数には力というあまり好ましくはない戦闘方法だが、四の五の言ってられる状況ではない。


「こっちの数はほとんど減ってないな、もう少し中衛の騎兵が来てくれれば」

「ほとんど弓兵が撃ってきていないな」

「これだけの戦力差なら必要ないと思ってるか、それとも誤射を恐れてるのか。にしてもこっちにまで撃ってこないのは不思議だな」

「拮抗するのはいいが、このままではな」

「一応下がらせながら戦ってはいるからな、もう少しさ」


「投石の準備だ! 今度は火を着けて、さっき撃った場所と同じ位置でいい!」


 投石の準備が整ったのを確認し、発射の合図の為に手を上げる。


「まずは仕掛けの1つ目だ」


 手を振り下ろし、それを見た兵士たちが一斉に火の着いた石を投石する。

 火を纏いながら発射された石の数は10個。


「意外と早かったな、もう投石の妨害に部隊が動いてるか」

「そっちの対応はこちらでする! お前は前に集中しろ」

「わかってる! もう一発は最低でも撃たなくちゃならねぇ! 頼んだぞシェン!」


 投石自体は目的の場所に着弾し、石の纏った火を引き金に一帯の地面が燃え盛る。

 それと同時に、火に怯える馬の高い声や驚き惑う敵兵の声が戦場に響く、そして数10秒もしない内に敵兵たちが火に焼かれる苦しむ声も混じり始めた。


 俺は一瞬だけ目を瞑り、大きく深呼吸をした。

 たった今、越えてはならないラインを確実に超えた。

 非人道的だろう、味方からも俺を非難するような奴が出てくるだろう。

 でも、降伏という選択肢を持たないこの国と降伏の選択肢を与えない敵に板挟みにされりゃあ、こうでもしなくちゃならねぇ。


「魔法隊! 準備しておけよ! すぐにお前らの出番も来る!」


 そう指示した俺の顔を見て困惑する兵士たちの顔が目に入る。

 それでも、俺は持てる手札でやれるだけの事をやった、罵詈雑言を浴びせてもいいが、これが終わってからにしてもらいたいね。


「弓兵! 火の中に居る連中にとどめを刺せ! 他の連中は分断された奴らの数を減らすんだ!」


 敵兵の半分近くは火の中に飲まれ、もう半分は火の壁によって分断された。


 事前に油やらの可燃性物質を撒いておいたかいがあった、蒸発しないように工夫は必要だったが、それでも。


「手の空いた連中はそこら中に設置してる小麦粉袋を敵に投げろ!」


 もう1つの仕掛けはそこら中に設置又は隠しおいている小麦粉の入った大量の袋、あとは魔法の力の出番だ。


「魔法隊! 事前に指示していた通り味方の前に風の壁を張れ! そんでもって火の直上から強い風を地面に向けて撃て! 余裕のあるやつは敵後方に向かって魔法で小麦粉袋を投げつけてやれ!」


 飛散しながら戦場に舞う大量の小麦粉、そこへ風によって敵軍へと押された火が引火する。

 火の勢いによって敵の陣形は一斉に崩れ、味方軍が火の中を突き進み、なぎ倒す。


 たったこれだけで決着は着いた、後衛の弓兵達も徐々に自分達へ迫ってくる火に戸惑い始め手が止まる。


「勝ったな」


 だが、違和感が残る。

 敵の統率が取れていればこんな簡単には事は進まなかったはず、それに戦っている味方兵士達から感じる若干の違和感。

 この世界で2番目に強いはずの国の大軍勢がこんなに簡単に片付いていいのか?。


「シェン司令からの伝令です! 投石器を破壊するために動いていた部隊は片付いたと!」

「おかしいだろ、敵の動き。なんでこんなに簡単に」


 一瞬嫌な可能性が頭をよぎる、このつかの間の勝利が。もうすぐ決着するこの光景そのものが敵によって演出された罠。


「全員戻れ!」


 そう指示を出した瞬間だった、味方部隊の居る位置から大きな火柱が上がる。

 こちらの用意していたトラップではない、あんなに高威力のものは魔法以外では用意出来るはずがない。


「踊らされてたのか、連中に。あの程度ならなんとかなると、俺はあいつらの命を」


【ユニークスキル:???発動】


「副司令!単騎で何かが突っ込んで来ています!」

「何!?」

「味方が、味方の部隊がなぎ倒されていきます!」


「この状況での全滅は避けなきゃならねぇ、やるしかねぇ、俺が俺自身が。

 シェンが戻ってきたら指示を代わるように言え! 第2部隊は現状のまま待機だ!」


 ナイフと剣、そして槍扱えるだけの武器を手に持ち、走り出す。

 自分のケツを自分で拭くのは性にあわないが、今この瞬間だけは、何を失ってでも奴を倒す。


 前衛に追いついた時には既に銀色の甲冑を身を包んだ1人の敵兵によって、味方部隊は全滅していた。


「たった1人に全滅させられただと、これだけの兵士が、どんな後遺症が残るかもわからないレベルのバフを掛けた上で?」

「あなたがグリーンデイの指揮官ですね、まさかここまでやられるとは想定していませんでした、女王の作った囮の兵士達を囮に僕が本陣に乗り込むつもりだったのに」

「囮の兵士だと?」

「こちらの軍勢は殆ど土や木で人の形を作って、それを女王陛下の力で動かしていただけのものだったんですよ」

「レッドアイの本隊は一切の被害を被ってないって訳かよ」

「ええ」

「ふざけやがって」

「あなたを倒せば戦線は崩壊するでしょう、わざわざ出てきてくれたんだ、倒させて頂きます」


 甲冑の男が剣を構え腰を落とす。

 合わせるように槍を構えるが、感覚上勝てる気は全くしない。


「この際四の五の言ってられんか、かかってこいよ、全力で相手してやる!」

「レッドアイ第1歩兵部隊隊長、カツラギ・ムサシ、参る!」

「ちっ、侍みたいな事言いやがって!」


 一瞬の踏み込みで視界から消えた、俺の動体視力では捉えきれないほどの速度。それを無理やり捉える方法は、こっちにもある!。


【制限解除:対象身体能力】発動。


 間一髪の所でムサシの剣を弾き左手でナイフを取り出して切り返す。


「今のに反応するのか!」

「ギリギリだったがな!」


 ナイフを受け流されそのままナイフを宙へと流される。


「グランドクロス!」


 体制を崩した所へムサシが十字に剣を振った先から炎の塊が飛んでくる。


「これがさっきのやつか!?」


 直感で危険を感じ近くに転がっていた死体を放り投げ炎の塊へと投げる。

 死体がぶつかった先から炎が弾け、火の柱が上がる。


「あぶねぇ、受けようとしなくてよかったぜ」

「味方の死体を盾にするなんて、なんて非道な!」

「あほ抜かせ! てめぇの方が人間相手に十分非道な攻撃してるだろうが!」

「これは戦争だ!」

「わかってんだったらちいせぇ事でガタガタ抜かすんじゃねぇよボケが!」


 懐に飛び込んできたムサシの剣へ向かい思い切り剣を振り下ろす、本気の一撃を。


【制限解除:対象剣術】


 ぶつかり合った剣同士は砕け散り、無数の鉄片が宙を舞う。


「ちっ、やっぱ1発で剣の方が持たねぇか!」


 近くに落ちていた剣をムサシが手に取り振り抜く、その剣へと今度は制限解除した槍術を制限解除しぶつける。

 そしてまた剣と槍は砕け散る。


「自分の武器とこっちの剣を相殺するなんて」

「お前に剣を握らせるとろくなことにならなそうなんでな!」

「生憎と剣はいくらでも転がってるけどね」

「どっちが非道なんだか」


 俺との距離を取りながらムサシが剣を再び広い、十字を描く。


「ちっ距離を取られちゃ話にならねぇ!」


【制限解除:対象速力】


 負けず劣らずの速さで戦場を駆け、ムサシの放つ火の玉を死体で防ぎながら距離を詰める。


「っ、非道な!」

「お前が言うな!」


 接近してナイフ術の制限を解除し三度剣を砕く。


「もう逃がさねぇ」


【制限解除:対象格闘術】


 右脚を踏み込み勢いを着けて蹴り飛ばす、ムサシの腹部へと直撃した脚は内部で骨が砕け肉が千切れる音がした。

 同時にムサシの肋骨も何本か折れたのか怯み一瞬苦痛の表情を浮かべる。


「くたばりやがれ!」

「負けるわけにはいかない!」


 砕けた剣の残った部分をムサシの顎下から頭へ突き刺す。

 それと同時にムサシが持っていた小太刀のような剣が俺の左胸を貫いた。


「勝負…あったな…」


 こと切れたのか言葉を発することなく手から小太刀を離しムサシは倒れる。


「相打ちか…上等以上の結果は…得られたみてぇだな」

「ショウ!」


 声のした方へと振り返ってみればそこにはミストとシェンが来ていた。

 俺自身もとうの昔に限界を迎えていたのか、よろけミストへ身を任せる。


「シェン、第二部隊を追撃に、向かわせろ。無理な追撃はしなくていい」

「わかった、すぐに向かわせる!」

「ショウ! しっかりして!」

「お前がなんでここに居るかを咎めるのは後にするが、俺を引きずってでも陣地まで連れてってくれ、まだ治療は間に合うはずだ」

「わかってる! 任せて!」


 ※


 そのままきお失った俺が目を覚ましたのは3日後のことだった、目を覚ましたことを知ったミストが慌ててシェンを呼びに行き、まだ意識はっきりとしていないの俺の目の前にシェンとミストが立っていた。


「まずは、生きててよかったよショウ」

「そう言ってくれてなによりだよ、その感じだと勝ったみたいだな」

「おかげさまでな、死傷者こそかなりの数がいたが女王陛下から感謝状も送られてきた」

「嬉しくないね、そんなもんよりもっと」

「死者達に関しては本国に送られ手厚く葬られるそうだ、勇敢に戦った英雄たちとしてな、彼らも本望だろう。私達も本国へ招集が掛けられている、近いうちに出発するぞ」

「ケガ人に鞭打つんじゃねぇよ、ミストのおかげでだいぶ治ってるみてぇだが」


 寝ている間に着替えさせられていたのか寝間着姿になっていた身体を覗き見る。


「ごめんねショウ、胸の傷は完全には消せなかった」

「別にいいさ、治してくれてありがとうなミスト」

「えへへ」


「ただ、危惧していた通りグリーンデイ兵たちの中ではあの戦い方はやりすぎだという者も少なからず居るようだ」

「だろうな、元より覚悟の上だ」

「女王陛下に会いに行くのは正直私も気が重い」

「行くしかないんだろこの国のトップからの命令じゃ」

「あぁ、すまないがな」


 ※


 クラナドを出発してから3日、息を着く間もなく玉座の間へと連れていかれた。


「初めましてクラナドの街を救ってくれた勇敢な戦士よ」


 跪き頭を下げるシェンとは裏腹に、俺は頑としてポケットに手を突っ込みながら女王陛下へと向かって立っていた。


「ショウ! 不敬だぞ!」

「知るか、こいつのせいでこちとら死にかけてるんだ文句の1つでも言ってやらなきゃ気がすま―――」

「本当にご迷惑をおかけしてしまったことを心より謝罪させていただきますわ」


 俺の文句に食い気味に謝罪をしてきた女王は深々と頭を下げていた。


「女王陛下! 頭を上げてください!」

「いえ、彼の怒りはもっともです。本国が弱っているとはいえ、もう少し増援を送るべきだったと反省しています」

「平和ボケしてるのは結構だがな、あんたらの勉強の為にあいつらは死んじまったんだぞ」

「重々承知しています、死んでいった者たちには謝罪だけでは足りないこともわかっています」


 言葉に出来ない怒りだけが俺の中でこみ上げる。いや、正確に言えば言葉にするのは簡単なのかもしれないが、言葉にしてしまっても俺が死んでいった奴らの為に、見殺しにしてしまった奴らの代わりに、何かを訴える権利は無い。


「それで、何のために俺を呼んだ。わざわざくだらねぇ謝罪の為に呼び出したわけじゃないだろ」

「もちろんです、あなたにはレッドアイとの終戦協定を結ぶための使者になっていただきたくお呼びしたのです」

「ふざけんじゃねぇぞ! これだけ命張った後に敵地のど真ん中に突っ込んでそんな無茶苦茶なことさせようってのか!?」

「お怒りはもっともです、ですがどんな不利な条件であろうと、今の我々にレッドアイと争う必要性は無いのです。ですから終戦協定を結びこの戦争を一刻も早く終わらせることが先決なのです」

「争う必要性が無いってのはどういうことだ」


「レッドアイとの火種になったのは先代の女王陛下なのだ、半年以上前に現女王陛下に代替わりしてからは、元々戦争の意思はなかった」

「そして、その先代女王も流行り病によって病床に伏せ、治療を担当している者の話ではもってあと数日の命だと」

「なるほど、代替わりしてもう自分達には関係が無いから戦争を終わりにしようって持ち掛けるって話か。そんな無茶な理屈相手に通用するかね」

「それに加えて、先の戦闘であなたが倒した敵の武将、レッドアイで300年以上生き続けていると言われている猛将ムサシ、彼の死はレッドアイにとってもかなりの痛手になっているはずです、レッドアイには戦いを続けるための戦力は大きく削がれたと思います」

「たった1人で軍事バランスが崩れるような国なのか? レッドアイってのは」

「もちろん精鋭の部隊は他にも存在します。ですが、近衛兵と猛将ムサシ以外の兵に苦戦したことはいままでの歴史上なかったはずです」

「つけ入る隙は多少はあるかもって話か」


 正直これ以上戦争を続けるメリットはどちらにも無い。伝染病が他国から持ち込まれたものだとして、持ち込んだのがレッドアイだという証拠は戦争を再開したという状況証拠以外は存在しない。

 だとすれば、いくらでも交渉の場に持ち込む方法は存在するかもしれない。


 まだ気にかかる部分はいくらでもあるしなによりこの戦争再開自体が誰かの手によって仕組まれたものだとすれば、よそ様と争ってる暇は無い。


 それに加えて誰にも言っていないが無理な制限解除を何回もしたせいで俺の身体はもう、この前のようには戦えないだろう。

 この国を、クラナドを守るためには終戦協定を結ぶのは間違いなく合理的ではあるだろう。


「あんたが本当に心からそれを望んでいて、もう2度と戦争を起こすなんて過ちを繰り返さないっていまここで俺に、死んでいった連中に誓えるならその話乗ってやる」


「もちろんです、私は自分の国であろうと他の国であろうとこれ以上戦火が広がることを望みはしません」


 一呼吸した女王が力強く答える、逸らさず俺を見るその目に嘘は無いと見える、もっとも俺は人を見る目は無いが。


「ならのった、あんたの大博打、俺も巻き込まれてやるよ女王陛下」

「ありがとう、すぐにレッドアイの女王陛下へ送る書状を書かせていただきます」

「頼んだぜ、できれば無駄にへりくだってない書き方をしてくれよ」

「ショウ! お前はいつまで」

「それと名前聞かせてくれよ、生憎と愛国心ってもんが無くてよ女王陛下の名前もしたないんだわ」

「え、えぇ。私はグリーンデイ第14代目女王のアリシア・グリフィス・ソーラと言います、今度からは気軽にアリシアと呼んでくれて結構ですよ」

「お断りだ、あんたの両サイドにいる兵士たちがさっきから今にも俺を殺しそうなくらい殺気を放ってるんでな、そんな呼び方しようもんなら殺されそうだ」

「そ、そうですか。それではすぐに書状をお作りしますので、本日は城内にある客室でお休みになられてください、明日の朝までには――」


 アリシアの言葉を遮るように玉座の間のドアが開き、慌てた様子の兵士が入ってくる。


「じょ、女王陛下!」

「なんです? 私は今客人の対応を」

「緊急の伝令です、ホワイトローズ王国が! ブラックウィンド帝国によって滅ぼされたとの事です!」

「そんな、ホワイトローズへの不可侵条約は6か国のあいだで取り決められていたことのはず、いくらブラックウィンドの帝王が無法者とはいえそんなはずは」

「近隣国のブルーウェーブ王国からの情報ですので、間違いはないかと」


「1山片付いたと思ったらもう1山か、はぁー退屈しないねこの世界は」

「ショウ! 不謹慎だぞ!」


 この世界の最北に存在する雪原地帯のホワイトローズ王国が隣国ブラックウィンド帝国に滅ぼされたというこの報告。

 6か国の中で唯一国のトップが男であるその国が犯したその罪は、徐々に徐々に世界を闇へといざない始めたことを俺はまだ知らなかった。

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