第3話 戦乱の幕明け


「うし、食材の仕入先と食品OK、酒も取り入れられるのは取り入れたし、後は制服だけか」


 シェンが街を出発して1週間、そろそろ王都へ着いた頃だろうか、店の方は順調に準備が進み、ギルドを通しての宣伝、メニュー作り、内装の変更など忙しなく時間だけは過ぎていった。

 衣装の方はというと、俺の方はそれらしい黒いシェフ服で落ち着き、従業員用の服はというと。


「何このフリフリした服ー、動きにくいんだけど」

「メイド服って奴だよ、女の使用人が着るような服だ、普段からその手の服来てるんだし、別段問題もないだろ?」

「なんでお腹周りから腰までのラインが強調されるような服なのさ、最近食べすぎちゃってお腹周り気になってるのにぃ」

「だいぶ余裕のあるサイズで発注したはずなんだが、ちょっと待ってろ今測るもん持ってくるから」


 シェンが街を出てから医療所の方にはそれなりに仕事があり、俺の治癒レベルは順調にレベルを上げそろそろレベル20が視界に入ってくるほどだった。

 残念ながら異常状態治癒の方は未だに開眼せず、才能の無さを実感するが。


「ほれ測るから手を上にあげろ、間違っても俺に触ろうとすんなよ」

「わかってるよ〜」

「上が86、ウエストが64、下が80お前もしかして1週間でかなり太ったんじゃないか?」

「うるさい! 私が1番分かってるよそんなの!」


 店内に響く快音と共に俺の頭に強い衝撃が走り、馬鹿野郎という前に地面に突っ伏した。


「あぁ!! ごめん今治すから」


 こんな具合で人の事を瀕死にする事でミストの方も順調に治癒レベルを上げていた。

 瀕死とは言っても治癒で治せるレベルで、1時間もすれば全開してしまう、ミストのMPはすっからかんになってしまうが。


「ドアホ」

「ショウがいけないんでしょ、乙女に変な事言うから!」

「自分の事乙女だと思ってるなら軽々しく人に即死攻撃を打ち込まないで欲しいんだが」

「ショウだけだもん」

「そんな私がこんなことするのはあなただけだよみたいなメンヘラ発言要らんわ」


「そういえばみんなのレベル上げはどんな感じなの?」

「俺が暇な時に定期的について行ってやって、やっとこさこの前全員レベル10まで行った感じだな」


 この世界にも一応人間別にレベルというものが存在し、そもそもあの冒険者パーティーがギルドから怒られた要因もそこにあった。

 王都周辺の魔物はRPGの常識と言わんばかりに魔物が弱く、基本的に王都から別の街まで行くにはレベル10以上が条件とされていた。

 が、その条件も一部例外があり、他パーティーに同行しての出立なら許可されているらしいのだが。


 運悪くミスト達を引率するはずだったパーティーは盗賊と手を組んでおり、逃げるようにクラナドへ向かった彼女達はその道中バウンドウルフの群れに襲われたらしい。


「馬鹿は馬鹿らしく王都に留まってりゃ良かったんだよ、冒険者として名をあげることが目的でもあるまいに」

「クラナド近隣は仕事も多くて、優秀な人達も多いからって理由でここまできたんだけどね、王都の方は何かとギラギラした人達も多いし」


 甘い話には例外なく裏があるというのは現代だろうと異世界だろうと当たり前で、そもそもクラナドには大した冒険者は居ないし、だから依頼が溜まるわけで。


「ま、俺が面倒見れるうちはなんとでもなるだろ、せめて15位まで上がらないと厳しいだろうけどな」

「そういえばショウってレベルいくつなの?」

「俺も知らん、というか自分のステータス上で確認できねーんだよ、ある程度戦ってステータスが上がってるのは確認してるから、内部値上は上がってるんだろうけど」


 例えばこの前(1話の時)はバウンドウルフ討伐後にレベルが上がったのか、HPが600位まで上がっていたし、連中のレベル上げを手伝ってる間もHPは1000近くまで上昇していた。

 ギルドにある検査機のような物でもレベルは判明せず、例外としてこの辺での依頼を受けるのは許可されたが。

 封印されてるユニークスキルの中にある???SP50も内容がわからないだけならいざ知らず、SPとかいう不可解な数値まで持ち合わせてる有様で。


「ま、開店準備を始めるとしようぜ」

「今日からだもんね」

「別に店の方は手伝わなくてもよかったんだぞ?」

「1人でこの規模のお店回すのは大変でしょ? それに看板娘が居たほうがお客さんたくさん来るでしょ?」

「そういうのって他称で言われるから意味があるのであって自分で言っても意味ないんだぞ」


 1時間後———


「お客さん来ないねー」

「そりゃまだ10時だしな昼飯時にはまだ早いだろ」

「外に出してた看板のメニュー表がよくないんじゃない?」


【本日のおすすめ】

 店主の気まぐれフルコース200マイン

 店主の気まぐれサラダ50マイン

 ビーフシチュー100マイン


「何言ってんだ客が入ってこないのは関係ないだろ」

「お店の名前もマーガレットなんて洒落た名前にしちゃってさ」

「あー、それは完全に店名考えてる時間と看板を作り変える時間が無かったというか、面倒くさくて元の店名勝手に使ってるだけだぞ。一応ギルドには許可取ったけど」


 さらに1時間後―――


「開店まもなくお客さんが居ないので店じまいです〜とかってなりそうだね」

「別に稼ぐことが目的じゃないしな、店が上手く回って、街に人が呼び込めればそれで十分なんだよ」

「わけわかんない」

「俺には俺の狙いがあるって話だよ、少しは新聞でも読んで学をつけたらどうだ?」


 そう言いながらミストへ新聞を投げ渡す。


「ふん、ショウだって最近お金に余裕が出てきたから読み始めただけで、前までは読んでなかったくせに!」

「地頭はいいからな、それにお前と違ってここに来るまでが箱入りだった訳でもないし」


 割と最近知った事実なのだが、ミストは王都ではそれなりに力のある貴族の出だったらしく。

 ほかの面々もそれなりに金と地位がありそうな連中だった。

 それなりに世界の不条理さとあの冒険者連中のアホさを知ったが、後々都合のいいようになってくれれば問題は無い。


「王都の流行病まだ収まらないんだね」

「高熱と嘔吐、飯が食えなくてそのまま衰弱しての即死コンボだからな」

「そういう言い方!」

「俺の世界でもそんなんが流行ってたんだよな、なんつったっけ屋外に出ないせいで関係なかったから名前すら覚えてないんだよな」

「このままじゃ王都に帰るのは無理そうだよね」

「兵士や王宮内にまで蔓延しなけりゃそれで十分だろ、あっちこっちから腕のいいヒーラーを集めてるらしいし、今の所他所の俺らにできるのは、こっちまで感染が広がらないように祈ることと、早期終結を願うことくらいだ」


 しんみりとした雰囲気になりかけていた時、店の戸が開いた。


「いらっしゃい」

「景気はどうですか?」

「見ての通り、お前が開店第1号のお客様だよ」


 入ってきたのは冒険者ギルドの受付(男)だった。


「まいったな、お客さんとしてじゃなくて冒険者ギルドからの提案を持ちかけに来ただけだったのに」

「まあ、なんか食ってけ作りながら話は聞いてやるから」

「そうですね、とりあえずはビーフシチューと焼きたてパンをお願いします」

「質素だね、もっと食べないとガリガリになっちゃうよ?」

「もう既にガリガリですし、ギルドにお弁当があるので軽めに済ましたいんですよ」


「んで、話ってのは?」

「あー、医療所のことなんですけど。ここと併設にしたらお客さんも呼び込めそうだし都合がいいんじゃないかと思って。わざわざギルドにけが人が来る度に足を運ぶのも面倒でしょう?」

「まあ確かに、どうせ店の方は暇の予定だったから構わないとは思ってたんだけどな、俺かミストのどっちも居ないといけない状況ってのも中々ないだろうし」

「私はどっちでもいいけど、ショウがお店離れたら料理とか出せなくなっちゃうし、ここを医療所代わりにするのは賛成かな、どうせお客さんなんてこないしね」

「ですって」


 ビーフシチューを温めながら釜にパン生地を投げ込みつつ、話をしていたが。

 ミストが上手く丸め込まれて終わりそうだ。


「まぁミストがそういうのならいいんじゃないか? この調子でいくとすぐに医療所のメインはミストになりそうだしな」

「どうして?」

「近いうちに戦争が再開されそうだからな」

「そんな縁起でもない」

「不謹慎な位が生きる中ではちょうどいいんだよ、本当にそうなったら俺はギルドの親玉に前線に駆り出されるだろうしな」

「流石にいくらギルドマスターでも、民間人にそんなことはさせないと思いますよ」


 俺も本当にそう思いたいが、平然と冒険者が世界中を徘徊する世界で、戦争なんかがある自体おかしな話なのであって。

 魔物を根絶やしにするでもなく、国同士人間同士で争うこと自体が愚かだと俺は思うんだが。

 この世界の情勢を大まかにしか知らないよそ者があれこれ言うのはおかしい気もするが、この世界の作り自体おかしいから気にするのはやめよう。

 人間は愚かってオチを付けるので精一杯だな。


「ご馳走様でした、美味しかったんでちゃんとギルドの方でも広めておきますね」

「あの看板娘の方に言わせればすぐに広がるんだろうが、あいにくと今は忙しくなって欲しくないから言わなくていいぞ」

「わかりました、それではまた」


 ギルド受付(男)が店を出ていき、ミストが皿を片付けながら、暗い表情でこちらを向く。


「なんだよ」

「色々考えてるんだねショウは」

「いくら考えても考えすぎってことは無いしな、もう少ししたらお前に料理を教えなくちゃならん」

「私料理のスキルは持ってないよ?」

「俺もこの前お前らにご馳走したのが初めてだよ、そもそも料理スキルは出来に影響するんじゃなくて、失敗の確率に影響するだけらしいからな、こうやって簡単に大量生産出来るシチューとかパンならいくつか失敗品が出来ても取り返しはつく。簡単なもんだろ?」

「そうだとしても、ショウが居なくなるのは嫌だな」

「俺は昔からの夢だった飲食店経営が出来てるし、わざわざそれを捨ててまでどっかにいくつもりはねぇよ」


 ただ、情報戦で負けてるのは言うまでもない。

 たかが1国民が手に入れられる情報にはいくらでも制限があり、限りがある。

 少なくともわかるのは、両国ともに戦争を出来るくらいには軍事力があり、その上で両国ともに抑止力のようなものはない。


「すみませーん」

「あ、いらっしゃいませ!」


 考えるのは後にしよう、本当に戦線に投入されるようなことがあればその時はいくらでも情報を引き出せるだろうしな。


「怪我の治療をお願いしたくて、先程ギルドに行ったら医療所がこちらに移設になったと聞いたので」

「ああ、ミスト治してやってくれ女の相手は俺じゃ無理だ」

「はいはーい」


 ※


 それから2時間程経って日課の薬草採取からの帰り道、たまたまクソザコナメクジ女パーティと遭遇し、一緒に帰っていた。


「今日の成果はどうだったんだ?」

「みんなレベルが1個ずつ上がって、モンスター討伐も2件片付けて、少し見回りしてきた感じ」

「ここ数日この辺のモンスターが減ってきたようでな、依頼も日に日に減ってきている」

「お前らしかまともな冒険者が居なくて依頼が減るとは思えないんだが」

【精神的苦痛:発動】

「というよりは、単純に母体数が減っているようだ、ここ数日ほとんどオスの個体しか見ていない」

「単独の冒険者でもいるんでしょうかね?」

「そういや、俺も薬草採取中に襲われることがなかったな今日は、それなりに知識のある冒険者がこの辺にいるのか、それとも」


 もう既に敵国の兵士がこの地に足を踏み入れ、進軍の邪魔になる害獣やモンスターを狩り歩いているという可能性も無くはない。


「無駄に情報を広げて目に見えないものに怯えさせる必要はないだろうが、なんとかギルマスと連絡を取らないとかもな」


「また難しい顔してる」

「私達とは別の場所で苦悩を抱えているんだろうな」

「ショウと知り合って、ミストちゃんも雰囲気若干変わっちゃったもんねぇ」

「そうだな」


「ショウさん! 今日の夜ご飯はなんですか!」

「特に考えてねぇな。あ、ミストが大量に誤発注しやがった小麦粉があるからそれでなんか作るか」


 開店前からパイ生地やらパンやらの試作で3キロの袋を1日2つから3つほど使用していたのだが。

 ミストが出かけるついでに小麦粉を買っている店に発注をかけてもらったのだが、30袋という異常な量が届けられ、その上今日の客足を見るに絶対に消化できない量ということが判明、日持ちするとはいえ勘弁して欲しいもんだ。


 まあ、粉焼きとかを作ればそれだけで十分なような気もするが。元々客に出すメニューの1つにも名前を変えたお好み焼きがあるが、それが売れるとも限らないし。


 何より取説に書かれていた文言も気になって、正直なところ作っていいのかすらわからない状態ではある。

 自分が元いた世界の技術を異世界へ持ち込んではいけないという、簡易的に書かれた禁忌事項は、明確なライン引きもない以上自己判断でどこまでやっていいのかが本当にわからない。


「肉はあるし、野菜もそれなりに残ってるから何とか作れるだろ」

「いつもおいしい料理ありがとうねショウ」

「俺の専門業だからな、1週間くらい前まで触れたことも無かったけど」

「知識があればそれなりにできるっていうのは本当のようだな」

「お前らも料理くらいは出来るようにしておいた方がいいぞ、料理程度はな」

「余計なお世話だよ」


 ※


「うし、作るか」

「「わーい」」

「留守にしてる間はどうだった?」

「医療目的で来た人が数名だけだよ、一応お店の宣伝はしておいたけど」

「ま、忙しくなっても困るしな」


 慣れた手つきで小麦粉と現代で言う長芋のような粘り気のある芋をすって水を少しずつ混ぜながら混ぜていく。

 粘り気のある白い生地が出来たら、その後1人前ずつ器に移し、予め千切りにしておいたキャベツに似た野菜を上に載せる。

 その上に細切りにした野菜を適当に乗せ、最後に卵を真ん中へ落とし生地と野菜を混ぜる。


 そのまま鉄板の上に薄く引き、片面3分ひっくり返して蓋をし、もう3分焼いて完成。


「後は事前に調合しておいたソースと、魚の削り節を乗せて完成」

「すごいね、簡単に作れてる。これなら私でも作れそう」

「ま、コツさえ覚えちまえば普通は失敗しないからな、普通は」

「今日は疲れたから明日練習してもいい?」

「あぁ」


「私達と話してる時より物腰柔らかいですよねショウさん、差別ですかね!?」

「私たちより少しだけでも過ごしてる時間が違うからな、その差じゃないか?」

「納得いかないよねぇ」

「馬鹿なこと言ってるとお前らの飯は出さねぇぞ」

「お金払ってるのに!」


「ミスト、何個か作っておくから、追加で食べるようなら温めて出してくれ」

「はーい。? こんな時間に出かけるの?」

「少し見回りと、閉まる前にギルドに顔出したいと思ってな、1時間くらいで戻る。お前は明日に備えて寝ろよ」

「はーい」


 いつまでも頭の隅に最悪の可能性を考えて生活するのはよくはない、考えすぎに悪いことは無いし、どんな可能性も捨てきらないのが俺の生き方だ。


 ※


 それから1週間後、隣国レッドアイの5万の兵士を迎え撃つグリーンデイ5000の軍勢に俺は加わっていた。

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