私は猫が飼えない

涼月

もふもふくしゅん

 私は猫が飼えない!

 その事実を知った時は、とてもショックだった。

 小学校二、三年生くらいの時だ。


 猫が大好きだった私は、従姉妹の家で飼っていた猫と遊ぶのを楽しみにしていた。と言っても、元来怖がりなので、ハタから見たらへっぴり腰。引っ掻かれないように恐る恐る抱き上げたり、喉を撫でてゴロゴロいわせたりしていただけだが。

 そんなある日、遊んでいる途中で急に目の周りがブクブクに腫れ上がってしまったのだ。まるでお岩さんのように。

 びっくりして親達のところへ駆け込むと、その家で愛用していた目薬をさしてくれた。しばらくしたら治まったので、よく効く目薬だなとだけ思っていたのだが、次に行った時も同じように目の周りが腫れてしまった。

 その時になってようやく、猫アレルギーらしいと気がついた。


 ガーン!


 それが正直な子ども心。

 大人になったら飼おうと思っていたのに、一緒に住めないなんて······


 どう検証したのかは覚えていないのだが、どうやら猫を触った手でそのまま目を擦ると腫れてしまうということを突き止めた。だからその後は、触った後は必ず手を洗うを徹底したので大丈夫だった。


 でも、一度アレルギー症状が出始めるとエスカレートする。

 だんだん、一緒の部屋にいるだけで鼻がぐしゅぐしゅといいだすようになってしまった。


 おわった······


 すっかり諦めた私だったが、その後も道端で猫を見かけたら追いかけて『にゃー』と話しかけることだけは続けていた。全然猫語がわかるようにはならないけれど、割と高い確率で振り向いてもらえる。『にゃー』と返してくれる子とは『にゃーにゃー合戦』をして楽しんだ。

 それだけで、幸せな気持ちになれた。


 もう一つ、とても不思議で嬉しかった記憶がある。

 子どもの頃住んでいた家の庭に、夜になると遊びに来る野良猫の親子がいた。

 別に餌をあげていたわけでは無い。ふと気づいたら、やってきていたのだ。昼間は来ない。夜だけ。

 ある夜、ガラス越しに息を殺すようにして、静かにその背を眺めた。

 駆け回る仔猫達、寛ぎながらその様子を見守る母猫。

 微笑ましくも幻想的な光景だった。



 何故そんなに猫が好きなのか、理由なんてわからない。

 でも、全幅の信頼を寄せる真っ直ぐな犬の瞳は、私には眩しすぎて重すぎる。

 応えきれないという不安を掻き立てられるのだ。

 それに対して、猫の醸し出す距離感は心地よい。

 付かず離れず、自分のペースを保ちつつ。でも全然気にしていないわけでもないから寂しくない。



 今住んでいるところの近くにも、猫がウロウロしている。首輪をしていたり丸々として毛並みも悪くないから、多分外飼いの猫なのだろう。

 時々、我が家のウッドデッキの下や車の上で昼寝していたりする。直ぐに逃げる子もいるが、こちらの出方をじーっと伺っている子もいる。


 その中に物凄くのんびり屋と言うか、胆力のある子がいた。

 白くて、顔に薄茶の斑がちょっとだけあって、貫禄がある。


 住宅街なので車の通行が激しく無いのをいいことに、よく道の真ん中に寝っ転がっていた。気づいたこちらが気にしてゆっくり進んでいくと、ちらりと頭を上げる。


 でも、動かない。


 えっと······


 車の中で私の方が焦った。


 気づいているよね? 何故逃げない?


 結局私が動きを止めた。視線を合わせて念を送る。


 どいて〜


 なあに? 何か用?


 そんな声が聞こえてきそうなくらい面倒くさそうな顔で、目を細めてこちらを見ているぽっちゃり猫。


 いや、だから、どいてくれないと通れないんだけどなぁ〜


 私の昼寝、邪魔しないでよ!


 とばかりに、再び顔を横たえようとする。


 いや、待て、こら!?


 こちらは車の中でジタバタ。意地でも視線を外さないようにした。


 はぁ?


 という雰囲気で再び顔を上げたところで、ちょっとだけ車を前に進めてみた。それにも関わらず、一向に動こうとしない姿に、思わず笑ってしまった。


 いや、もう、その度胸。天晴!


 結局、見つめ合い、ちょっとずつ車を進めるを二回ほど繰り返したところで、ようやく重い腰をあげてくれたのだった。しぶしぶ。


 あの子には最近会っていない。

 ずいぶん年もいっていたはずだからもう······



 私は猫が飼えない。

 触れ合えず、遠くから見つめるだけ。

 それだけでも、やっぱり幸せをもらえるから······もう充分なのだ。


            おわり


 




 

 


 

 

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