14.暴力的呪い合い②
「ゼーッ……ゼーッ……ゲホッゲホ」
喫煙者特有の息切れと咳に襲われながら、わたしは街を走り回って悪魔を殺して回る。
もはや脳の奥でズダダダダダダと銃声が鳴り響いていて、いつ撃っているのか撃っていないのかわからなくなってきた。
「る、ルリ! ルリ、どこに居るの~!」
叫びつつ、群がって来る悪魔に弾丸の雨を降らせて行く。あっ、これルリが返事してたら銃声で聞こえないんじゃない? でも撃たなきゃ悪魔倒せないし……。
黒子を追ってくれとは言ったけれど、その黒子がどこに行こうとしているかがわからない。ヤケクソで走り回っても悪魔が居るばかりだし、流石に呪いカバーありとはいえガトリングガンも重たかった。
もう疲れた……これっきりで絶対煙草やめる。決めた。決意と共に弾丸を注いで回る。ルリの声は聞こえて来ない。
もし、あの子がそもそも返事すら出来ない状況にあるとしたら?
その上、もうあどみは居ない。
私を助けたあどみが消えるという想定はしていなかったのだ。伝達役のあどみが居ないとなれば、ルリはきっと戦い続けてしまう。
ルリを信じてはいる。でも、敵は強い。あの矢白を即座に倒した程の悪魔なのだ。今頃見るも無惨な状態になっていたら──
「いやーーーーーーーーーー! ルリ! 頼むから返事して!」
どこから湧いてくるのかと言いたくなるレベルで押し寄せる悪魔たち。消しても消しても増えてくるのは流石に異常だ。
まさかとは思うが、現実ではもっと酷いことが起きていて、それを引き金に悪魔が生まれているのか。
「ルリ~~~~~! 先生がガトリングガン持って来たよ! 一緒にあいつぶっ殺せるよ! ねえルリ~~~~~~!」
とか叫び続けていたら、急に周囲の音がクリアになった。手元の感覚も軽くなっている。
トリガーを引いても弾が出ない。
「……あどみちゃ~ん。あの、替えのマガジンとか。いや、ガトリングガンってマガジンとかあるの? 教えてもらえないとわかんないな~。お~い」
先程感動のお別れを済ませたところだが、今ばかりは「どうかしましたか」と即座に出てくれたあの怖い挙動が恋しかった。
だが、どれだけ名前を呼んでも返事はない。
ガトリングガンを捨てて懐のM66を取り出すが、心もとないにも程がある。
どうしようルリ。どうしようあどみ。私もうダメかもしれない。
そう思ったら急に精神が落ち込んできた。あ、この無限ループで落ち込んでいく感じは知ってる。私の自律神経、また終わるんだ。まあ終わってもすぐ死ぬんだけど──
「先生、遅れてすんません」
視界の真ん前に広がる悪魔たちが両断され、道が開けた。
「さっきは切り刻んでしもうて、ほんまに……面目ないです」
刀を手にした羽鳥矢白が、みじん切りの勢いで悪魔を切り倒しながら現れた。
「や、矢白さん……あの、どこからつっこめばいい?」
「関西人バカにしてます?」
「してないしてない! だって、腕……」
今も矢白は両手で刀を把持しているが、あの右腕は切り落とされたはずだ。しかし今、その腕は繋がっている。
「ああ、これですか。縫合したんです。お腹も」
矢白は私のそばまでやってきて、腕を見せてくれる。
先程切断された箇所を這う形で、黒い糸が巡っていた。糸はぼんやりと光を纏っており、強い呪いが潜んでいるのが感覚される。
「手先器用なのだけが取り柄なんで」
「いや器用とかそういうレベルじゃないって!」
矢白は手にした刀を一度鞘に収め、居合のような構えで以て腰を落とした。
「先生、さっきは本当にすんません。まさか、あんな状況になってるなんて……」
「アレは百%あどみが悪いから、気にしないで」
刀を握る手に力がグッと込められる。そこに絡みつく呪いを感知して、私は察知した。この子は今、なにかやろうとしている。
「ありがとうございます。礼と言っちゃなんですが」
一閃──
「道、開けとくんで」
刀が抜き放たれる刹那、私が事務所で感覚したのと同じものが道の先へと駆けていく。
彼女の刀から放たれる飛ぶ斬撃──それは道に広がる悪魔共の中で縦横無尽に踊り回り、そこに居るモノを情け容赦なく細切れの肉片に変える。
「すご……」
「これぐらいは朝飯前。ルリちゃんは駅の方に居るはずなんで、早く行ってあげてください」
「わかるの?」
「先生も、感呪が上手くなればわかるはずです」
「今度教えてもらっていい?」
「そんな日が来ればですけど」
矢白の口調から、前と比べても打ち解けたような手触りを感じる。だが、彼女の言い分が気がかりだった。
「矢白さんは一緒に行かないの?」
「ルリちゃんに伝えといてください。命狙ったりしてごめんって。もう、色々と遅いかもしれへんけど……」
悄然と告げる矢白の背後に、わらわらと大量の悪魔が集まり出す。
「あなた、まさか」
「ちょっと貧血気味で。腕もこんなんやからウォーミングアップも必要なんで」
矢白はスクールバッグに手を突っ込み、バランス栄養食と鉄分サプリメントを取り出した。一口で平らげたかと思えば、サプリは噛み砕いて飲み下す。
豪快な食いっぷりを見せた矢白は、折れた刀を鞘から抜き放った。
「ここらの悪魔、あらかたぶっ殺したらそっち行きますよ」
私であれば戦慄するであろう敵の数を、矢白はものともせずに笑っていた。
才ある本物のプロフェッショナルとあどみが評するのも頷ける。下手すれば悪魔よりも悪魔らしい強者──こんな子に斬られて生還した奇跡に感謝したくなる。
「ルリちゃんのこと、お願いしますね」
「わかった。また後でね」
不敵に微笑む矢白にサムズアップを返して、わたしは走り出した。
矢白が開いてくれた道を進み、駅の方を目指す。開いてくれた道なのだから、たぶんこっちの方なんだろう。え、合ってるよね?
さすがに地図を確認している暇はないので、道路標識を確認しながら走るしかない。
「あ、来た!」
心臓が跳ねた。聞き慣れた甘い声。あの元気な声が私を呼んでくれる──それだけで心が軽くなる。やっと、二人で戦える。
「ソフィちゃん!」
私は右手に持っていたM66を構え、そこに立っていたルリへ向けた。
「ソフィちゃん、どうしたの……?」
撃てなかった。外見から声まで同じと言って差し支えない。万が一の可能性を考えて、撃つことまでは出来なかった。
「あの子、私のことは先生って呼びたがるの」
「……なーんだ。二人の時はイチャイチャ♡みたいなわけでもないんかい。やって損したわ」
ルリだったものの容貌が溶け、体型が変わり、羽鳥黒子の姿が現れる。私にとっては綿抜黒子という名前が馴染んでいる、先輩の姿が。
「ソフィちゃん、みじん切りからよう生還したなぁ。どんなマジック?」
「ルリはどこ」
「ウチの分身とよう戦っとるで。まあそうカッカせんで! 一緒にルリちゃんのとこ行こか」
黒子がまるで無警戒といった仕草で歩き出す。私はその背中に銃口を向けたまま、ついて歩くことにした。
「銃構えんのも大変やろ。降ろしてええで。撃っても当たらんし」
「……ねえ。どうして黒子に化けていたの?」
銃を下ろすことはせず、問いかける。
正体が明らかになったときから引っかかっていたのだ。前任者の顔なんて割れているだろうし、復讐を志した妹までもがここに居る。わざわざ化けるメリットがない。
「うーん。面白そうやったから? 黒子ちゃん美人やったし」
「私たちにバレるリスクはいくらでもあったはずでしょ」
「結果ぜんぜんバレへんかったけどな」
「うっ……」
「別にええねん。最初の飲みでバレても、今バレても変わらん。いつでも殺せたんやから」
怖気が体中を走る。彼女から平然と発された言葉の中には、無垢な殺意が乗っていた。
「本当はもっと早く殺す気やったんよ? そのために銃弾防ぐ特注の悪魔放り込んだんや」
私が初めてルリと対面した日だ。あの日の悪魔は、どうやらこいつに仕組まれたものらしい。
「あんた、何が目的なの? 復讐、とか?」
「違うかなぁ。それを目的にしとるやつもおるで。悪魔は人間の負の念から生まれる。おたくら人間がくっさい息吐いて活動してるだけで産まれて、消されんねん。そんなん最悪やってな」
黒子らしくない言葉に聞こえる。事実、それは続く言葉で否定された。
「ウチは違うで。せっかくこんな形で産まれたんやから、楽しまんと。人間壊したり、人間殺したりしてなぁ」
「……あんた、変わんないね」
「ん? 結構取り繕ったり嘘ついたりしとるけど?」
「表情とか。私と飲んでた時とか、喋ってた時とか……今と全然変わらない。本性見せてるんだから、もう少し態度とか変えたら?」
「そう言われても、これがウチやからなぁ」
笑っているんだかどうかも不明瞭な細い目だが、こちらを見ているのは感ぜられる。しかしどういう想いで見ているかまでは、わからない。
態度を変えてくれた方が、こっちとしてもやりやすいのだ。昨日まで仲間として見ていた人間で、矢白の姉の姿をしている。
激烈な殺意を抱きはした。だが顔を見てしまえば、やりにくいったらありゃしない。
「先生はわかりやすすぎんねん。ルリちゃんもそうや。もっと裏表を持って使い分けたりして、それを悟られないようにしたりして。そういうのが人間ってもんやろ?」
「あんたに人間語られたくないよ」
「つっけんどんやなぁ。ウチはもう人間になれるとこまで来てんのに」
人の姿で人間界に来られる黒子は、もう悪魔の力を捨てて人間になるという〈悪魔上がり〉になれるのだ。
ルリのお父さんも悪魔上がりだった。そして人間の女性と結ばれ、ルリを産んだ。
「人間になってどうするつもりなの」
「誰がつまらん人間になんぞなるかい! んな面倒なことせんでもな、〈破裂〉を起こせばウチらは自由や。先生はそんなことも知らんのか~」
私は銃口を向け続けていたが、ついぞ引き金を引こうとも思えないまま駅前の大通りまでやって来てしまった。
相手が相手ゆえにやりづらいというのはある。だが同時に、闇雲に撃っても勝ち目がないのがわかり切っていたから何も出来なかった。
──せめて矢白さんか、ルリが居ないと。
そういえば、駅前に着いたのに戦闘の音が聞こえてこない。ルリの声やなにかが聞こえていてもよさそうなものだが。
「へいへいソフィちゃん。お探しのものはここや」
声の方向へ視線をやると、通りに面するビルの壁面が砕けているのが見て取れる。
その真下に、頭から血を流すルリが転がっていた。
血の気がサッと引いていくのを感覚しながら、ルリの元へ駆け寄った。
黒子の目の前を通ったものの、彼女はなにもしなかった。する必要がないと判断されたのだ。
「ルリ! ルリ……!」
服はボロボロで、体中に打撲痕がある。頭からの出血はまだ止まっていないようで、鼻血と共に血溜まりを作っている。
このままではいつか自分の血で溺れてしまう。刺激しないよう、そっとルリを抱きかかえた。
やっぱり軽い。この軽さをもう何度も味わっていて、こんな華奢な子に戦いを任せている自分を恥じてきた。ルリの強さに甘えてそれを忘れて、彼女に辛い戦いを強いてきた。
「ルリ……ごめん、ごめんね」
ピクリとも動かないルリの手に触れ、脈を取る。動いている。まだちゃんと生きて──
「先生のにおいだっ!」
生きてるどころか、パッチリ元気に目を覚ました。
⇔
黒子さんに囲まれてボコボコにされている内に、意識が飛んでたみたいだ。
どうにか意識だけは保って、先生を待とうとがんばっていた。でも途切れ途切れの意識の中で聞こえてきた言葉が、わたしにトドメを刺した。
「もう愛しの先生も死んでもうたわ」
それが真実かどうかなんてわからなかったけれど、わたしを弱らせるには十分だった。
それからのことは、もう──覚えてるわけもなくて、好きなにおいがして目が覚めた。
あまりの嬉しさで、死んでしまうかと思った。
死んだと思っていた先生が生きていて、わたしをギュッと抱いてくれている。
このまま眠ってたらキスで起こしてもらえてたのかな……とかふざけたことを考えていたら、体中の痛みで完全に目が覚めた。頭の感覚も変だし、顔も血でびしょびしょだ。
それに、わたしのために今にも泣きそうな先生の、ラブリーな顔の後ろに立つ黒子さんが気がかりだった。
「死んだ思うたのに。頑丈やなあ、今どきのがきんちょは」
「ガキじゃないやい!」
このまま寝転がってるわけにはいかない。わたしは先生の手を退けて立ち上がった。
「ルリ、だ、大丈夫なの?」
「うん! 死ぬこと以外かすり傷だよ!」
「どこで覚えたのそんな言葉」
顔についてる血が気になったので、袖で拭う。袖がすごい量の血でべちょべちょになってしまった。
それに、わたしの足元に血溜まりが出来ている。
「……えっ、これぜんぶわたしの血⁉」
「今気づいたの⁉」
「痛いっちゃ痛いけど、なんとかなってるし……って先生キズは⁉ みじん切りにされてたのに!」
「人を野菜みたいに言わないの。私なら大丈夫。あどみが助けてくれたの」
たしかに先生はピンピンしてる。どうやら、戦いを諦める理由はなくなったみたいだ。
でも、あどみちゃんの名前を呼んだとき、先生の顔がちょっとだけ歪んだ。なにかあったのかな……?
「それと、矢白さんは生きてる。ちゃんと無事だよ」
その名前を聞いて、わたしの心臓が跳ねる。わたしの大事な親友。わたしの大事な先生を斬った人。わけのわからないモヤモヤで胸が痛い。ヤシロちゃん。
「あの子にはあの子なりの事情があったの。責めないであげて」
流石先生だ。わたしの気持ちをすぐに見抜いて、欲しい言葉をかけてくれる。
だから、すぐに目の前の戦いと向き合える。
「お、感動の再会終わった?」
黒子さんはガードレールに腰掛けて、わたしたちが話しているのをずっと眺めていた。まったく、趣味が悪くてヤんなっちゃう。
「先生、あいつ油断してる隙に撃っちゃえばいいのに」
「ダメ。どうせひょいっと避けられて笑われるのがオチだから」
「どうやろ。銃弾蹴って撃ち返すかもしれんで?」
「んなことされたらもう勝ち目ないわ。ルリ、どうする?」
「当たんないなら、二人で当てるしかないね」
先生が銃を構え直し、わたしは柔軟体操を。黒子さんはガードレールから立ち上がり、軽くあくびをして見せる。
「ルリ、無茶しないでね」
「先生、そんなこと言わないで。無茶しなきゃ勝てないよ」
「……それもそうか」
先生は時々、わたしを守ろうという気持ちをすごく優先する時がある。
正直死ぬほど嬉しいし、いつまでだってぎゅっと守ってもらいたいところなんだけど。そうもいかないのが闇祓いのお仕事だ。
「わたしも先生を守る。だから、先生もわたしを守って」
「ふふっ。ルリはかっこいいね」
「ふふん、あくまでJKですから」
「はいはい。じゃあ、ルリ……一つお願いがあるの」
わたしは柔軟体操に一区切りつけて、先生の横に並び立つ。
「なんでも言って」
「今日食べたもの、全部吐いて」
先生は、手に緑の弾丸を持っていた。
「大丈夫、今日朝からなんにも食べてないから」
「じゃあ胃液が出るんじゃない?」
「上等。あいつの顔面にぶつけてやる」
完全悪魔モード(わたしが勝手にこう呼んでる)の活動時間は長くても一分くらいだ。前に挨拶悪魔と戦った時より消耗してるから、もっと短いかもしれない。
でも、いける。さっきのわたしは黒子さんともタイマンならやり合えた。そのわたしがもっと強くなり、その後ろには先生が居てくれる。
無敵だ。無敵にならなくてどうするんだってくらい、超絶無敵の天宮ルリだ。
「えらい話しとるなぁ君ら。人の顔にゲロぶつけるとか正気か?」
「こっちのセリフだよ。死んじゃった人に化けるとかサイテー」
「外道のクソ悪魔が。いっちょまえに人の言葉喋ってんじゃねえぞ」
「お~こわ。半端に人間やめてるお子ちゃまどもが、よく吠えるわ」
お子ちゃまたち。わたしだけのことを言ってるわけじゃない……? 先生の方を振り向くと、苦笑いをこちらに向けていた。
「まあ、色々あってね。同じような体になっちゃったみたいなの。あなたみたいにパワフルじゃないけどね」
「わぁ……! じゃあ、じゃあ結婚できる⁉」
「結婚は誰でもできるでしょ」
先生の持つリボルバーの銃口がわたしに向けられた。
黒子さんが動く気配はない。あくまでわたしたちの全力を相手するつもりみたいだ。
「ルリ」
また、謝られるんじゃないかと思った。
「勝つよ」
「そうこなくっちゃ」
〈つづく〉
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