9.闇を祓う人たち②

 白い天井を眺めるのには慣れていた。

 保健室の天井は白いし、今見えているこれだってだいたい同じだ。

 でも、慣れているからこそ違いがわかる。

 横に置かれた点滴、重だるい体、寝そべっているのに服が違う。それに、空が暗い。丸一日ぐらいは寝ていたのか、もしくはそれ以上か。

 そういうものがわかって来た時、なにもかもが嫌になって叫びたくなった。声を上げまくれるような元気はなかった。

 どうやら過労で倒れたらしい。教師なんて未だに過労が基本のヤバい職種なので、そう珍しいことではない。

 ただ、私の場合は体調管理を生業とする養護教諭だ。その立場で過労ぶっ倒れに至るケースは多くないだろう。ちょっとこの先面倒かもしれない。

 ──休んじゃいられない、けど。

 覚悟だけは出来ていた。けれど、それに自分の体が追いついてないこともわかっていた。

 このまま無理を押して反界に行けば悪魔に殺されるのがオチだ。今だけは体を休めることに専念する。

 なんとなく、ここから見える景色には覚えがあった。生徒がヤバいことになって救急搬送に随伴した時に来たことのある病院だ。つまり、ここは水乱学区ということになる。

 携帯でニュースを確認すると、まだ不味いことになっている気配はない。ヤクザが抗争間近みたいなニュースはあるが、そこだけ切り取ればいつもの霜咲市だ。とりあえず〈破裂〉には至っていないらしい。

 ここ三週間、私はルリとの悪魔狩りの後も反界に居残って悪魔を狩り続けていた。

 ルリなしでやれることは限られているので、ルリが居る間に強い悪魔を狩る。そして、残業の時間で私でもやれる奴らの領域を攻める。

 もはや祈りに近い強行だったけれど、提示された二週間というリミットをなんとか乗り越えることは出来た。

 あえて、いつがリミットかをあどみに訊くことはしなかった。訊いたら地獄に行く方が楽そうだと諦めてしまいそうな気がして。ただ、本当に期限が迫った時には伝えてくれと言ってあった。

 携帯に通知は来ていない。まだ間に合うのだ。今は休む。やきもきする己に言い聞かせる。

 その時、携帯が震えた。ただそれだけのことを、過剰に恐れている自分が居た。

 闇祓いの先輩、黒子さんからのメッセージだった。

『久々に喋りとうなったわ』

 私もこの人と話しておきたかった。というか、もっと早くに相談すべきだった。ルリのことで頭がいっぱいで、誰かに頼ろうという気になる暇すらなかったのだ。

 自分が立ち上がれることを確認し、点滴を連れてロビーへ移動して電話をかける。黒子さんはすぐに出てくれた。

『早いなソフィちゃん。寂しかったんか?』

 聞いているだけで元気が出そうな関西弁だ。前と変わらないその声色に安心させられる。

「今入院してるんです。過労で」

『は? えらいことなっとるがな! じゃあなんや、闇祓いはどうすんねん』

「明日には退院できるみたいなので、今日は休んですぐ復帰します」

『あのなソフィちゃん。保険の先生に言いたかないけど、過労ってそんな簡単に治るもんとちゃうやろ』

「ええ。なので、助けてください」

『……とりあえず、言うてみい』

 声のトーンが一段落ちる。この人にも真剣な調子というものがあるらしい。

「もうここの反界は破裂が近いみたいなんです。私だけじゃ無理です」

『あの悪魔っ子が居ても無理かい』

「無理です」

 わたしに出来ることは、はっきりと弱音を吐くことだけだった。

『びしっとした弱音を吐いてもらえたとこありがたいんやけどな、ウチもそっちには行けん。今南アメリカにおんねん』

 あまりに予想外の地名が繰り出されてきたので、覚悟を決めてきた私でさえもしばし固まってしまう。南アメリカ? それってアメリカの南の?

『いい機会だから教えたるけどな、闇祓いは二種類おんねん。先生みたいな地域密着型と、世界中飛び回ってヤバいとこを抑えに行く出張型や』

「今まさに水乱の反界はヤバいとこなんですけど!」

『ヤバいかどうかは管理人アドミニストレータが判断する。んで、水乱の反界は現状〈支援の必要なし〉になっとんねん。たぶんアドミ側に策とか、考えでもあるんやろ』

 おそらく、ルリを討つという強硬手段のことだ。やはりあどみは、それを実行する方向で事を動かしている。

『ウチが前にそこに居たのはな、ソフィちゃんっちゅう不安定要素のために〈要支援の可能性あり〉判定になってたからや。でも悪魔ちゃんが来たからか、支援を求める要請はなくなった』

「でも! ここだってこのままじゃ!」

 荒らげた声に、病院ロビーの視線という視線が集中する。

 熱くなりすぎた。いや、熱くなるのは悪いことじゃない。この熱は使うべき時に使うのだ。

「このまま行けば、水乱だって大変なことになるのはわかってるんです。その前にどうにか」

『先生、悪魔は人の負の念から生まれる。それをどうにかするためにゴキブリホイホイを設置して、ウチらが仕事をする。それはわかっとるな?』

「当たり前です」

『国家規模の反界っちゅうもんがあんねん』

 黒子さんの声が更に一段低くなり、私は黙って聞くことを余儀なくされる。

『負の念が生まれる理由はぎょーさんあるけど、貧困や戦争はその最たるもんや。この世界の数少ない闇祓いは、そういうもんへの対処に多くの人員が割かれとる』

 急激に話の規模が大きくなると共に、自分の浅はかさを思い知らされる。

 人間の負の念から生まれるもの。少し考えれば辿り着きそうなその答えに、目の前で手一杯の私は届いていなかった。

『たぶん先生が思うとるより、この世界は、地球は、もうやってられへ~んって感じの状況やねん。せやから、ウチらはやれる限りやってくしかない』

 声の調子がいつも通りに戻る。だが、聞く前の私には戻れなかった。

 私の学校。この街。そういう規模感で動いていられる私は、まだまだひよっこだ。闇祓いの世界は、私が想像する何倍、何百倍も広いのだ。

『一つアドバイスや。悪魔が増える原因はな、反界の悪魔が力つけたりするのもある。でもな、現実の側も同じかそれ以上に関わってんねん。やばい事件が起きたりとかがいい例やな』

 なるほど、今の霜咲と反界を見ていればよくわかる。負の念は悪魔の発生に直結するということだ。

『んで、その裏で闇祓いが一枚噛んでたっちゅう事例が前にあってな』

「……どういうこと?」

『ほら、金払いええ仕事やろ? だから人間界で悪さして悪魔増やして、自分で狩って金もらう。マッチポンプってやつや』

 信じられない──とは、言えなかった。

 あどみは現実に干渉できないし、金はどこからか生えてくる。私みたいに弱い闇祓いでなければ、これは素敵なビジネスチャンスなのだ。

『そん時はヤクザのフィクサーが闇祓いだったっちゅう話やったかな。んなわけで、現実の方を探ってみるのも手やな』

「そんな、どうやって探れば……」

『アドミニストレータに訊けばええやん』

「あどみに?」

『あいつら過干渉がどうとか言って現実には干渉せんけど、学区内に居る闇祓いはみんな感覚してんねん。もし別の奴がおったら、訊けば教えてくれんで』

「そんな大事なこと、どうして教えてくれなかったんですか!」

『そんなん、訊かれなかったからや。必要になるとも思わんし。アドミニストレータだってそう答えると思うで』

 この人にはなんだかんだ調子を崩される。が、有用な情報は得られた気がする。

「ありがとうございます、姐さん」

『出たな元ヤン先生。せいぜい気張りや。声聞けて嬉しかったで』

 電話を切って、自販機でお茶を買ってすぐに干す。そして部屋に戻り、ベッドに寝転がった。

 今自分に出来ることをする。思い悩むのはそれからだ。

 そうと割り切ろうとしても、上手くいかないことはある。

 ──ルリ。

 あの子のことを考えていると、中々眠りは訪れない。メッセージを送ってみたけれど、返事もすぐには返ってこない。

 待っている内に、私は眠りに落ちていた。



「急患です! 通してください!」

 バタバタと忙しなく駆けていくお医者さんたちと、見るからにヤバそうな患者を乗せたストレッチャーとすれ違いながら私は退院することとなった。

 私にも一目でわかるほどの込み具合で、病院は上へ下への大騒ぎになっていた。市内の事故や犯罪がいきなり増加し、お医者さんたちの仕事が爆発的に増えたらしいのだ。

 考えられる理由は一つ──反界が破裂しようとしている。

 反界が許容限界を迎えれば、人の負の念の行き場もなくなる。それがこの街をおかしくしていると考えれば筋は通る。

 そして、私がすべきことも、おのずと決まって来る。

 タクシーを呼んで学校に向かってもらいつつ、ルリに電話をかけた。しかし出てくれない。

 あの子とちゃんと話しておきたかったが、こればかりは仕方がない。学校に行けば会えるだろう。

「お客さん、ここまででいいかい?」

 不意に運転手の声がかかり、周囲を見やる。校門がある通りから一つ隣の道で停車していた。

「いいですけど、どうして──」

 次の瞬間、学校の通りから不良生徒が吹っ飛んで来てタクシーの前に転がった。

 倒れた生徒の元へ新たな不良が駆け寄り、マウントを取って殴りかかろうとしている。

 私は財布から一万円札を取り出して放り、急いでタクシーを出た。

「お釣りいらないんで!」

 そして、今にも殴りかからんとしている生徒の肩を掴んで揺さぶった。

「ちょっと! こんなとこで喧嘩したら迷惑だから!」

 ひたすらに揺さぶっていると、生徒は目が覚めたかのようにビクリと反応した。

「せ、先生……おれ、ただ食パン派かフランスパン派かって話をしてただけなのに」

「んなもんどっちも美味いでいいでしょうが!」

 彼らはある種のトランス状態に陥っていたようだ。どことなく虚ろだった目に、今は光が戻っている。

「ちょっと、これどうなってんの!」

「学校中喧嘩だらけっすよ! みんな盛ってるっつーかなんつーか……」

 言われて学校の方へと目を向けた途端、波のように押し寄せた暴力の気配が体を芯から震えさせた。

 ざらざらとして血の臭いを伴うような、本能的に拒否感を抱いてしまう悪辣の気配。

 私の弱い感呪性ですら感覚出来ていた。校門前通りからグラウンドの奥にまで大小様々な暴力が吹き荒れ、渦を巻き、負の念を撒き散らす──さながら呪いの竜巻。

 水乱高校は今、暴力の城と化している。

 今はまだ喧嘩だ。しかし、これ程の負の念が立ち込め続けてこの空間を犯し続ければ、暴力はきっと次の段階に進む。

『負の念が生まれる理由はぎょーさんあるけど、貧困や戦争はその最たるもんや』

 この場はまだ戦争にも、ましてや抗争といった事態へも至っていない。だとしても、この気配なんだ。

 踏み込むのをためらう程の圧が心を押し潰す。そうして狭くなった心が暴力へと踏み込むのを容易くする。始まった暴力は止まらなくなる。そんな無限ループ。

 私の感呪性が育っているのか、こういった不良の世界に居たからか。私は妙に敏感に、この空間を感じ取っていた。

 誰かが止めなきゃいけない。誰かが。

 校門に至るまでの道々に居た生徒たちは一人一人声をかけたり張り倒したりして目を覚まさせていった。だが、このままでは埒が明かない。

 目を覚まさせた子たちに喧嘩の仲裁を任せ、校門を抜けて職員玄関へ。そこに至るまでも喧嘩だらけで、他の先生もタジタジの様子だった。

 道々の喧嘩を片付けながら生徒指導室を目指す。悪魔を狩るのは私にしか出来ない。この状況が災厄へと転がり落ちないためにも、とにかく悪魔を狩るしかない。

 生徒指導室の前に辿り着いたところで、私は足を止めた。ガラスが割れて、誰かが泣いて、そこここで叫びが上がっていた。

 ──このまま子どもたちを放置して、悪魔を狩るのが本当に最善策なの?

 私は闇祓いとして半人前だ。先生としてはきっと半人前どころじゃない。

 でも、私に出来ることは。

 誰かが止めなきゃいけない。

 踵を返して、体育倉庫に向かった。そこで拡声器を手に取り、校舎の上の階を目指す。

 私も昔は喧嘩をしたし、人を殴ることにも躊躇がなかった。強くなりたい、負けたくないっていう自分の中の大義名分があったから。

 今でこそ喧嘩なんてすべきじゃないと思うけれど、過去の私には喧嘩が必要だった。ぶつかり合いながら、自分を磨いていく過程が必要だった。だから、今の私がある。

 闇祓い、呪い、悪魔──そんなよくわからないものに喧嘩をさせられている。

 そんな現状が、許せなかった。

 私たちの意思は、喧嘩は、不良でいることは、私たちのものの筈だ。

 どこまでも伝わるように窓を開けて、大きく息を吸った。


「なにバカやってんだテメェらあああああああああああああ!!!!!!」


 過労の体に鞭打つ叫びは、狂った生徒たちの視線をこちらに傾けさせた。

「テメェらなんで喧嘩してんだ! 食べ物の好みとか、チンコやら乳のでかさとか、くだらねえことで喧嘩してんじゃねえだろうなぁ!」

 走った直後に叫んでいるので、もう明らかに酸素が足りていない。自分がなにを言っているのかわからなくなってきたが、今叫ばなきゃ全部おしまいだ。

「バカな喧嘩なら今すぐやめろ! んなことで人を傷つけてんじゃねえ! そんで……そんで、大義名分があって、どうしても喧嘩がしたいクソバカは、ここまで来い! 私が話を聞いてやる! 元はテメェらとおんなじヤンキーの、西園ソフィア先生が相手になってやる! だから、目ェ覚ませええええええええええええええええ!!!!」

 私はその場で拡声器を取り落とし、崩れ落ちた。肩で息をしてゼーゼーやってたら一気に体の奥からなにかが込み上げてきて、飲み込んだ。悪魔先生からゲボ悪魔先生にクラスアップするところだった。

 ほうほうの体で立ち上がり、周囲の生徒たちを眺め回す。喧嘩は止まっていて、静寂の中でみんなの視線が私に向かっていた。校庭からも視線が来ている。

 耳が痛いほどの静寂の中で、遠くにかすかな喧嘩の音が聞こえる。私の声が届かないところもあったのだ。なら、また叫ぶか──と拡声器に手を伸ばす。

 次の瞬間、廊下中を笑い声が包み込んだ。

「先生、マジで不良だったのかよ!!!」

「昭和の熱血教師みてえ!」

「先生カッコいいよ~っ!」

「顔が良すぎる!」

「ちゃんと髪の毛染めて~~~~!!」

「アンコール! アンコール~~~!」

 またも学校は怒涛の喧騒に包まれていたが、言うなればこれは良い喧騒だった。

 まだ喧嘩を続けている子たちも、目が覚めた子が対処してくれている。これでひとまずは落ち着いてくれそうだ。

 私は生徒たちの歓声に包まれ、手を振り、時々握手を交わしながら生徒指導室へ向けて歩き始めた。待って、いつから私みんなのアイドルになった? これもう教師生活終わった?

 もうなにがなんだかわからないまま、赤面を晒しつつ下階へ降りた。

 指導室前に着いたが、生徒たちの中にルリの姿は見えなかった。私の前に現れてくれることもない辺り、学校には来ていないのかもしれない。

 私は手で拡声器を作り「1-Bの天宮ルリは私の元に来ること!」とみんなに伝わるように言って、生徒指導室に入る。

 ウインクを残していったら生徒たちが湧いた。え、アイドルってこういう気持ちなの……? ちょっとイイかも。

 しかし、反界に向かう時のぐるぐるする感覚に情緒を引き戻される。私にはやるべきことがある。そのために学校に来たのだ。

 赤褐色の空が広がる反界に踏み入れた時、私は安堵を覚えてしまった。もはや慣れた場所であり、先程のどでかい喧騒からやっと離れられたのだ。

 思っていた以上の疲れが押し寄せて、私は指導室の机に突っ伏してしまった。

「お疲れ様です」

 舌足らずな声と共に差し出される冷たい水のペットボトル。礼を言って受け取り、半分ほど飲み下した。

「ありがと、あどみ」

「先生の仕事はハードみたいですね」

「どの口が言うの」

 椅子に座り直して、もう一度水を口にする。これからハードな時間が来る。そうと感覚しているから、水分補給に努めていた。

 私が一日休んでいる間に、随分悪魔が増えている。この指導室に居る私が感覚できるレベルなので、相当なものだ。現実に悪影響が出るのも頷ける。

 ひとまず体が落ち着いてからだ。あどみとの話を続けることにした。

「ねえ。水乱みたいな治安の悪い場所に反界を置いてるから、万が一のときああいうことになっちゃうわけでしょ。やめた方がいいんじゃない?」

「木を隠すなら森、ということです」

 なるほど。異常事態が起きてもおかしくない場所に反界を設置する。異常事態を現実に馴染ませるための場所選びなのだ。

「それで被害を受ける方はたまったもんじゃないけどね」

「誰か、そしてどこかがこうなる必要があるんです」

「もういいわ。言い合っても仕方ないことだから。銃ある? たぶんここだと思うんだけど」

 倒れた時に救急搬送されているわけだが、銃を持っていれば今頃銃刀法でパクられていた筈だ。順当に考えれば、ルリがここに預けていると思うのだけど。

「ええ、ありますよ」

 いそいそと取り出されたアタッシュケースと袋に詰まった弾薬を受け取ると、もう掴み慣れた重さを感じる。S&WM66を取り出し、シリンダーとスピードローダーに弾を詰めていく。

「……あどみ。私以外に水乱学区に居る闇祓いは?」

「ルリちゃんを数えなければ、羽鳥矢白さんだけですね」

「うん。うん? なんて?」

「ルリちゃんと同じクラスの生徒、羽鳥矢白さんです。彼女は達者な隠形術でその力を隠し通しているので察知されませんが、あの年齢にして姉を優にしのぐプロフェッショナルの闇祓いですよ」

「ちょっと待ってね。整理するから」

 黒子さんから言われた、現実と闇祓いを疑ってみろという新しい選択肢。

 いざそれに突っ込んだら出てきたのが生徒で、しかもルリの親友と来た。しかもプロフェッショナル。ん、姉とか言ってなかったか?

「……どうして言ってくれなかったの」

「訊かれなかったので」

「本当に言われた……」

 黒子さんの現場経験具合が伺える。これまで変なお姉さんぐらいの感じで見ていたが、評価を見直す必要がありそうだ。

「それに、矢白さんにもなにか狙いがあるようなので。彼女の邪魔をするようなことは避けるべきだと判断し、情報は提示しないようにしていました」

「でも、闇祓いが現実で悪事を働いて悪魔を増やす、みたいなこともあるんでしょ? 万が一のために対策は……」

 ふと自分の過ちに気がついて、言葉を止めた。矢白さんは優しい子だ。私に対してはちょっとツンがあるとはいえ、疑うようなところがまるでない。

 しかし黒子さんの言葉を受けて、生徒を疑っている私が居た。

 だとしても、生徒のことは──パートナーの親友のことは、なるべく信じたい。

「矢白さんの場合は大丈夫です。彼女の目的は」

 その時、知っている感覚が私の内を駆けた。

 感呪性に引っかかっていた獲物が消え去る感覚。つまるところ、悪魔が殺された時のそれだ。

 何体もの悪魔が、まるで薙ぎ倒されるように消し去られていく。その感覚は徐々に近づいて来て──指導室の扉が乱暴に開かれた。

「ここの前任者にして、その銃の以前の使い手。羽鳥黒子の仇討ちです」

 もっさりとしか言いようのない髪とメガネ。普通の高校であれば陰に隠れるその容姿が、水乱においてはかえって目立つ。

 指導室の前に現れたのは、制服姿にスクールバッグを肩に提げ、御札でぐるぐる巻きにされた日本刀を手にした、羽鳥矢白だった。

「先生、おはようさん」

 否応なく黒子さんを想起する、流暢な関西弁だった。

「ルリちゃんどこにおるか、知っとります?」

 知ってどうするの、とは訊けそうにない。

 斬られる、という明確なイメージを想起させる程の異質な迫力に、私は固まらざるを得なかった。

〈つづく〉

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