第3話 白猫と委員長君。
しとしと降る雨に意識を傾け、片目を開けた。俺達のいる公園の
こんな日は家でゆっくりした方が良いのは、分かってる。濡れて帰れば、汚れると――部屋のことを気にするよりも、風邪をひかないか心配する同居人だ。できれば、
俺の横で、ティアが寄り添う。俺と同じく飼い猫のモモは家人に遠慮をしたのか、今日は不在。たまにはティアと二人っきりなのも良い。茉麻嬢が来なくて、不在なのは、心の平穏が保たれてなお良かった。
彼女は、再テストが終わり、追試同盟のメンバーとともに打ち上げに行っているはず。
静かで。雨音だけが聞こえ、静謐なのがまた――。
たんたんたん。
たんたんたん。
たんたん、たたたたたん。
バスケットボールがリズミカルに、ドリブルする音が響く。
(……あいつ
この雨の中、近所のクソガキ達がストリートバスケットボールにいそしんでいるのを尻目に。俺はティアの毛を優しく舐める。ニンゲンの言葉ではアログルーミングというらしい。知らんけど。
「ぁっ……んっ。ルル、くすぐったいよ」
「イヤなら止めるけれど?」
「イヤなワケないでしょ。好きだよ」
「グルーミングするのが?」
「バカ。ルルのことがに決まってるでしょ」
「ん。俺も」
俺が舐めるのと同時に、ティアも俺を舐める。喉の奥から、ディアが甘い声を鳴らす。最近、2人の時間はなかなか確保できなかった。こういう時こそ、しっかりティアのことを愛してあげたい――。
そう思った瞬間、硬直してしまう。
ティアも、同じく固まり、視線を向ける。
茉麻嬢が今日は来ないと安堵して、すっかり油断していた。
■■■
「あ、ごめん。ジャマしちゃったね。どうぞ、お構いなく……?」
アホ。別にニンゲンに見られも、どうとも思わないが。ティアを見世物にしようとは思わない。俺はティアを守るように体を起こした。
同じように、ティアも体を起こす。あまりのシンクロ振りに、お互いつい苦笑を漏らす。
「……他の
逃げる必要性がない。お前がティアを害するというのなら、徹底抗戦するだけだ。ここが俺たち【
「ごめんね、田島さんがご執心の猫君が気になってね」
彼は小さく息をつく。
「ルル、この子……委員長君よ。茉麻ちゃの再試験、お勉強のお目付役だったらしいわよ?」
流石、うちの【
彼は少しだけ、俺達を見てから、それからベンチに腰をかけ――それから、背もたれに寄りかかった。
その手に、鈴を模したキーホルダーを手にして。
「なかなか、ままならないなぁ」
苦笑いを浮かべる委員長。その表情が痛々しくて。沸き立つ匂いが、やけに物悲しい。
と、彼と視線が合う。
「あぁ……ごめん。邪魔して――」
彼が立ちあがろうとした瞬間だった。ティアが、彼の膝に乗る。
「……え?」
「ティア?」
「ルルのお節介病が伝染したのかもね」
ニッとティアが笑う。猫の俺達には何もできない。でも、甘くて。ほろ苦くて。切なくて。そして焦げ付いていて。やりきれない片思い。委員長君からそんな気持ちが、今にも決壊しそうなくらい溢れていた。
■■■
「笑ってくれて良いんだけどね」
そう無理に笑いながら、委員長君はそんな言葉を漏らす。笑う意味が分からないし、仮に笑ったとしても、ニンゲンじゃきっと理解できない。
「初めは、面倒な子って思っていたんだ」
ポツリ、ポツリ、言葉を漏らす。
「委員長だからって、何でもかんでも押しつけられるのは違うんじゃないかって思っていて。テストの赤点だって、本人の責任でしょ? それに……田島さん、捉えどころがなくて。本当に、何を考えているのか分からないし」
正確には何も考えていなだけだと思うが?
「勉強は全然だし。学校に何をしにきてるんだって、話だけど――」
ちりん。
彼が指先でつまむキーホルダーが、鳴った。
「最近、流行りの恋愛成就のおまじないなんだって、さ」
ちりん、と鳴る。
雨音が混じるのに、その鈴の音はやけに鮮明で。
――委員長にもさ、良いことがあるように。はい、おまじないのお裾分け。
匂いが鼻をひくつかせる。
甘くて、淡くて。切なくて、焦げつく。
「もっと早く気付けば良かった……」
そうだな。
そういうことって、世の中、本当に溢れている。
「バカだよね、こんなの」
バカなことはない。求めたら、応えてくれて成立することだってある。そっぽを向かれることも――もちろん、あるけれど。
求めようとしなければ、何一つ結びつかない。
それだけ。ただ、それだけのことなんだ。
「田島さんの恋が、叶ったら――」
うん。
「僕の恋が叶うワケないじゃん」
そうだな。
うん、本当にそう。
「……きょ……今日、告白するって、聞いて……」
うん。
聞いてしまったか。
俺たちも聞いていたから。
本当に――ままならない。
多分、その子も
あの子は、一歩踏み出した。
あの子のために、アイツも踏み出したいと思っている。
茉麻嬢は、少しだけ遅かった。
委員長君……君はもっと遅かった。
それだけ。ただ、それだけのことだったんだ。
「……す、好きって気付いた時には、もう遅くて……」
ちりんと鈴が鳴る。
雨足が強まって。
鈴の音も――漏れる声まで、かき消す。
雨が叩きつけて。
俺の毛皮を濡らす。
しょっぱくて。
塩辛くて。
そして、苦い。
ちりん。
鈴が鳴る。
委員長君は、力任せに――その鈴を投げ放った。
放物線を描いて。
一瞬、点灯した街灯の光に反射して。
キラリと光って。
そして、消えた。
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