第2話 白猫の天気予報



「ねぇねぇ、聞いてよ! シロちゃん!!」


 聞こえてるって。そして、声がデカいから。


 いつもの公園のベンチで。俺の安眠オシゴト茉麻まあさ嬢はなんの躊躇もなく妨害してくる。

 ピクリと目を開けば、満足そうに茉麻嬢が相好を崩すのが見えた。


「ふふふ。そーでしょ、そーでしょ。シロちゃんも気になるでしょ? 気になって仕方ないでしょ? どーしよーかな? でも、これは言ってみれば乙女の秘密ってヤツだから。悩みどころだけれど、女の子同士……乙女の秘密を守れるって、確約してもらえるのなら。特別にシロちゃんいは教えてあげなくもないよ?」


 うぜぇ。だから、俺はオスだって言ってるのに、全然伝わらない。


「それじゃぁ、ねぇ。良いニュースと悪いニュース、どっちから聞きたい?」


 聞きたくねぇ。


「どっちから聞きたい?」

「……」


 聞かせたがりハラスメント。

 どうせ伝わらないだろうけれど。悪いニュースと答えてみる。


「それじゃ、良いニュースからだね――」


 聞けよ! いや、むしろ聞いてくんなよ?!


「良いニュースはね、図書室の王子様がね『おはよう』って言ってくれたの!」


 ……それだけ?


「すごくない? ちゃんと私の目を見てさ『おはよう』って言ってくれたワケ。普段、クールなのに、この瞬間だけ、笑顔なの。目まで優しくてさ、もうこれだけでマジ幸せ。返ってきたテストが赤点とか、最早、些細な問題だよね!」


 いや赤点は大問題だろ?


「知っていたんだけどさ、、声がめちゃくちゃスイートなの。周りは地味君とか言うけどさ。やっぱり、上川君って本当に大人だよねぇ。って、シロちゃんに言っても分からないだろうけそさー」


 よく存じ上げていますが?

 その上川君、おもいっきり俺の同居人なんだけど?

 まぁ、良いや。それで、悪い方の話は?


「悪い方はさ……」


 うん?


「やっぱり言わないでおこう、かな」


 はぁぁ? 今日のお話は、冬希のノロケ。そして嬢の赤点報告で終了か? 思い返すだけでストレス上昇まっしっぐらだった。


「だってさぁ。言ったらさ、悪い考えが現実になりそうじゃん」


 あっそ。


「あぁん! シロちゃん、そっぽ向かないでよ! だって、怖いんだもんっ、考えたら、もっと悪い考えが浮かんできちゃて――」


 別に強要はしねぇよ。聞きたいワケでもないし。単純に、自分で消化するしかないわけじゃん。誰に話したとしても、自分のなかにため込んだとしても。それ以上も以下もなく、結局、行動を起こすのは自分自身でしかないから。


「うっ……。シシロちゃんが冷たい」


 俺の名前はシロじゃなくて、ルルだ。


「分かったって……話すよ。話すから、こっち向いてよ」


 あぁ――! 本当に面倒くせぇな!


「……上川君がね、登校拒否している子と今は仲が良いみたいでね。なんでも、プリントを先生に託されたのが、きっかけみたいで、さ」


 うん、その経緯はよく知っている。


「そんなの他の子に頼んだら良いじゃんね。なんで、上川君なのさ」


 他に頼めなかったから、冬希だったんじゃないの?


「だって、男と女が、一つ屋根の下だよ? 何かイケないことがあったら、どうするつもりなのさ?」


 あの二人は少しぐらい、イケないことに踏み込んだ方が良いような気がするけどね。


「シロちゃんもそう思わない?!」


 思わない。思ったところで意味がない。他人の肯定なんか求めているぐらいなら、むしろ、とっと行動した方がよっぽど良い。

 好きなら、躊躇わず求愛すれば良い。


 も茉麻嬢も、迷っている意味が俺には分からない。


「……本当は分かっているんだよ。こんなの言い訳だって――」


 茉麻嬢が俺を見ながら言う。その目が、迷いの感情で揺れる。


 俺は、彼女の瞳を逸らさずに、まっすぐ見る。相思相愛なのかもしれない。やっぱりムリなのかもしれない。そんなこと、誰にも分からない。ただ行動しなかったら【ゼロ】――それ以上も、それ以下もない。ただ、それだけのことなのだ。


「うぅ……怖いよ。やっと話せたのに……」


 行動しないこと。それも選択肢。何もせず、見ていても良い。閉じこもっていても良い。でも、あの子はもう一歩踏み出している。そんな彼女と対比して、茉麻嬢は踏み出していると、はたして言えるのだろうか?


 そう考えると、余計な理屈で考えがちな人間社会は、本当に面倒くさい。好きなら好きで、寄り添えば良いのに。いらない理屈を並べて、格好をつけて――そして、行動しない。


 それが俺には、いまいち理解ができない。


 と――ゴシゴシ。

 袖で茉麻嬢が目尻を拭う。


 彼女のメイクが少し崩れたように見えた、でも、あえて目を閉じて、見ないように努めた。


「……シロちゃん、ありがとうね――」


 別に俺は何もしちゃいない。そして、の匂いをいつも嗅いでいるから、どうしても思ってしまう。茉麻嬢の入り込む余地は、一寸たりともない。それが、やけに心苦しい。


 俺の髭がムズムズする。

 来週から雨予報――。


「私、がんばってみるっ!」


 ぐっと拳を固める、茉麻嬢を尻目に。

 見上げた、空は青くて。


 でも、やけに流れる雲の動きが速くて――。

 やけに、髭がむず痒かった。

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