第15話 勝利を祝って
『全員グラスは持ったか?今日は新たに生まれた英雄達の門出を祝う大切な日だ。遅れた奴は末代までの恥だぞ?』
壇上に立ったファイゼルさんの冗談に、集まった妖精達の中で笑いが起こる。
今晩は満月だ。こんなにも綺麗な星を見たのはいつぶりだろう。
横に座っているゼクに肩をつつかれる。
「そのグラス、何を注いでもらったんだ?」
「えーっと確か、果肉入りのミックスジュースだったっけ?向こうにいた妖精さんに勧められちゃって」
「……見たことない色だな。この森で取れる果実か?」
ゼクのグラスの中身は果実水だろう。透明な水からは微かに柑橘系の香りがする。
対する私のグラスの中身は紫色……いや、青色?随分と毒々しい。
興味深そうに私のグラスの中身を見つめるゼク。あとでもう一つ持ってきてあげよう。
ファイゼルさんが大きな声で呼びかける。
『……さて、と。前座は会場が盛り上がった瞬間が引き際だ。ここから先は祝いの場。今日は盛大に飲むとしよう。グラスを掲げよ!』
私はゼクと目を合わせ、小さく頷くとグラスを挙げた。
周りの妖精達も、各々のグラスを掲げる。
『我らが森を守りし英雄達に——乾杯!』
『乾杯!』
私はグラスの中身を一気に飲み干した。
乾杯のあとは騒がしい宴会だ。
私はずらっと並んだ料理を、好きなだけお皿に取っていく。
「ゼク!このお肉、すっごく美味しいよ!」
「そうか……って!?いくらなんでも皿に盛りすぎだろ。少しは限度を考えろ!」
「だって美味しいんだも〜ん♪」
ゼクは大袈裟だなぁ。
私のお皿の上には、鹿肉の香草焼きとキノコと野菜のパスタと魚の塩焼きとふわふわのパンケーキと黄金色のスープと……あれ?結構多いかも。
「う〜ん……ま、食べられるからいっか♪」
「いいのかよ!」
まだまだお腹には余裕があるからなぁ……向こうのほうも開拓してみよう。
ゼクとくだらない談笑をしていると、ファイゼルさんが私たちを呼ぶ声が聞こえてきた。
『ティアナ、ゼク。二人ともそこにいたのか。それにしても、山盛りの料理を集合場所にする日が来るとはな』
「ファイゼルさん、どの料理もすごく美味しいです。料理長に合わせてください!」
『口に合ったようで何よりだ。料理長には、あとで時間を空けておくように言っておこう。今の奴らは過労死寸前だ』
厨房で、いくつもの料理を並行で調理する妖精達の姿が脳裏に浮かぶ。
これだけの料理を作ったなんて。少なくとも二十……いや、三十人はいただろう。
きちんと給料は支払われているのだろうか。
ファイゼルさんがかしこまって頭を下げる。
『さてと、改めて礼を言わせてくれ。先ほどのグリノトルン討伐、心から感謝している』
「私は何もできていません。活躍したのはゼクの方です。森を守ったのもゼクです」
あの時……グリノトルンが自爆する寸前、ゼクは奴の体を掴み上げると、天高くへと投げ飛ばしたのだ。
その直後、目が眩むような光と鼓膜を貫くような轟音を放ち、グリノトルンは自爆した。
幸いにも死者はゼロ。怪我人もいなかった。
「あまり謙遜をするな。ティアナがいなければ、俺は毒に体を蝕まれて死んでいた。怪我人と死者がいないのは、すべてティアナのおかげだと聞いたぞ?」
「怪我を治すくらいなら誰でもできるよ。私は少し手伝っただけ」
『ふ〜む。確か、妖精の中には腕や足を失った者もいたと聞いたぞ。並大抵の回復魔法では効果がないはずだがなぁ……』
ファイゼルさんがニヤニヤとこちらを見ている。この美形妖精……酔っているのか!?
私はパスタを口に運ぶ。口の中でキノコの旨みが弾けた。これもまた美味しい。
『……ファイゼル様。伝言を預かりました』
……ん?小さな妖精が駆け寄り、そっとファイゼルさんに耳打ちをしていた。
一瞬だけファイゼルさんが深刻そうな表情に変わり——すぐに元に戻る。
『すまない。少し急用ができたようだ。私は一旦席を外す』
「何かあったんですか?もしかして……また、グリノトルンが現れたり!?」
『それはない。どうやら、外に出ていたセルシー達が帰ってきたようでな。随分と苦戦していたようだから、労いの言葉くらいはかけてやらねば対価に合わぬ』
セルシーさん。ゼクが前に鏡の森を訪れた際に、出迎えてくれた妖精さんだっけ?
ファイゼルさんからグリノトルン関係の頼み事を受けて、帰ってくるのが数ヶ月先じゃなかったっけ?
『この森でグリノトルンが出た以上、本丸の防御は固めなければならない。私が常に出向くわけにもいかないからな。無理言って帰ってきてもらったわけだ』
ファイゼルさんが右手を縦に振ると、人型のゴーレムが五体、あっという間に生成される。
何かあったらこのゴーレムに頼れと。了解ですっ!!
ファイゼルさんの姿がかき消える瞬間、あの美形妖精の顔には影がかかった。
「ファイゼルさん、何か隠しているのかな?」
私は独り言を溢す。すると、後ろから無言で頭を優しく撫でられた。
大きな手だ。少しゴツゴツしている。そして、なんだか心がホッとする暖かさ。
ねぇ、知ってる?私達、つい先日まで敵同士だったんだよ?嘘みたいな話だけど本当。
「ゼク、ありがとう。少し元気が出た——」
振り返ると、そこには”樹”がいた。
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