龍話②

 幼い頃から見慣れた窓の外の景色を見ながら、私——メリッサは長い廊下を歩いていきます。

 最前線で叛徒達と戦うこと数日。

 龍選者であり、『魔』の象徴である私の役目はただ一つ。魔法で敵を全て飲み込むこと。

 

「それにしても、いきなり緊急招集だなんて。龍皇様は一体何をお考えなのでしょう」


 私の脳裏に敬愛する御方の姿が浮かび上がりました。

 昨晩、私の野営テントの前にちょこんと座っていたのは白い鳩。脚には一通の手紙。


『明日の昼過ぎに緊急会議を行います。前線指揮はムインに代行。メリッサ、貴方の力が必要なの』


 とても短い手紙でした。ですが、その中に私の名前が……えへ。


「い、いけません!メリッサ、頬が緩んでいますよ!」


 それにしても、本当に緊急のようですね。

 ティアナが裏切った時にすら開かなかった緊急会議を今、行おうとしているのですから。

 もっとも、私のような低俗な者が龍皇様の思考を理解できるはずがないのでしょう。


「龍選者メリッサ、到着しました。扉を開けてくださる?」


 見上げるほどに大きな扉の前には、銀の鎧に全身を包んだ二人の兵士。

 私はローブの裾を掴み、優雅にお辞儀をします。

 兵士は小さく頷くと、二人がかりで扉を開き、静かに宣言しました。


「龍皇様。当代龍選者メリッサ様、ご到着されました」

「入っていいわよ〜」


 その声を聞いた時、私の胸がぎゅっと締め付けられます。

 苦しくはありません。高揚する感情を無理やり抑え、平然を装って扉の奥へと足を進めます。

 部屋の中には長机が一つ。最奥には我らが龍皇様がニコニコと微笑みながら座っています。

 長机の端——龍皇様の正面に着いた私は頭を垂れ、片膝をつきます。


「龍選者メリッサ、ただいま到着いたしました」

「長旅お疲れ様。さ、座ってちょうだい」


 示された席は、龍皇様に最も近い席です。

 本当は飛び跳ねたくなるほどに嬉しいのですが……今は我慢ですね。

 今回集まったのは、私と龍皇様を除いて五名。

 私の正面で居眠りをする龍選者のフォル。

 龍皇騎士団の団長、デルグ。

 龍皇魔法士団の団長、ツェネット。

 ティアナの側用メイドのフィーナ。

 そして、開発部局長モゾット。

 龍皇様が全員の顔を見てから口を開きました。


「さて、まずは突然呼び出してごめんなさい。貴方達に職務を放棄させてしまうなんて……本来なら統治者失格だわ」


 龍皇様が頭を下げ、フォルを除く私達の間に動揺が生まれます。

 すぐに普段は冷静なツェネットが机を叩き、デルグは興奮で席を立ちます。

 

「りゅ、龍皇様!悪いのは我々の方なのです。もっと早く、忌々しい叛徒供を駆逐できればよかったのに……」

「ツェネットの言う通りですぞ!全ての罪は叛徒供と裏切り者のティアナにある。貴方様が頭を下げる理由など、この場にはないっ!」


 私とモゾット、フィーナは大きく頷き、賛同の意を示します。

 眠っているフォルは涎を垂らして、


「むにゃむにゃ……あまーいドーナツ……」


 いつも緊張感のない子です。外見もそうですが、内面も幼いですね。

 私ですか?自慢ではありませんが、十六歳にしては発育がいい方でしょうね。

 胸もそれなりにありますし。

 龍皇様が目元を拭われ——いつも通りに楽しそうに笑われます。


「あらやだ……みんなに励まされちゃったわ。これは、もう少し頑張らなくちゃね」


 龍皇様のローブに刺繍された赤龍と青龍がキラリと光り、机の上に立体地図を描きました。

 こんな魔法……私も知りません。流石は龍皇様ですっ!!


「今回、みんなに集まってもらったのは、私からみんなに、大切なお願いがあるからなの」

「大切な……お願いですか?」


 龍皇様が私たちに……直接ですか?

 これは私たちの腕が試されていますね。

 龍皇様が右手を動かされると、地図の一点が赤く光ります。この場所は……『鏡の森』でしたっけ?


「私の目測だと、ティアナは『鏡の森』にいるわ。あの子は叛徒達と手を組んだみたい。みんなも知っている通り、ティアナの力はとても強力だわ。あとは分かるわね?」


 『癒し』の象徴であるティアナの回復能力は、従来の魔法の比ではありません。

 それは一生癒えないような傷も、死ぬ寸前の体の傷すらも回復させます。

 叛徒達が不死身となっては、たとえデライアンでも苦戦を強いられますね。


「本当はね。私はティアナに戻ってきてほしかったのよ。でも、あの子はフィーナよりも叛徒の手をとった。気は進まないけど、ティアナには退場してもらうしかないのよ」


 龍皇様は再びお顔に影を落とされます。

 こんな顔をさせるだなんて……ティアナ!私が貴方を許しません。

 たとえ泣き言を言っても、命乞いをしても関係ありません。

 私が貴方の首を捻り切りましょう。

 

「龍皇様、あとは我らにお任せください。必ずや、裏切り者の首を落としてごらんに見せましょう」


 ツェネットが高らかに宣言し、私たちは同時に立ち上がります。

 胸に手を当て、我らが敬愛する統治者に頭を下げました。


 ティアナ、貴方の命もここまでです。

 再会が待ち遠しいですね。

 

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