第14話 森を守るために
『ォォォォォォォォォォ——!!』
『や、やめてくれっ!!死にたくない!』
若い鏡の妖精の兵士は頭を抱えて地面にうずくまる。
周りは倒れた仲間達で埋め尽くされ、まさに地獄のようだ。
鉛色の兎の口が開き、放たれたのは膨大な魔力の塊。正面から受ければひとたまりもない。
……“まともに受ければ”の話だが。
『ふんっ!!』
神速の一撃が複数回叩き込まれ、魔力の塊は爆発四散する。
小さな鏡の妖精は体を吹き飛ばされ——飛翔するゼクの背中にいた私の腕の中におさまった。
「大丈夫ですか!?」
『あ、あぁ……助かった。死ぬかと思ったよ』
「すぐに治療します。動かないでください!」
私は地に倒れる妖精達に、翡翠色の光の雨を降らす。
擦り傷も打撲も関係ない。全て治していく。
死んでないなら大丈夫!死んじゃっていても……まぁ、何とかなるでしょ!
「これで大丈夫ですよ。さ、ここは危険なので早く逃げてください」
私が提案すると、手の中の小さな妖精は少し考えてから首を横に振った。
私の目を見て言い放つ。
「人間、あんたは優しいな。だけどそれはできない。ここは俺たちの森だ。俺たちが守らなくて誰が森を守るんだ。他のやつのこともよろしく頼む』
それだけ言うと、鏡の妖精兵士は私の腕から飛び立った。
その背中はとても小さかったが、私の目には何よりも大きく見えた。
『あいつの手、結構震えてたな』
「うん。口では言えても本心はきっと怖いんだよ。グリノトルンに怯えているのは私だけじゃないんだ」
『だが、あいつは前に進んだ。守るものが一つあるだけで、一歩前に踏み出せるんだ』
ゼクは楽しそうに言うと、グリノトルンの背中に向けて炎の矢の雨を浴びせた。
呼応するようにファイゼルさんも一閃。左側の首付け根に大きな斬撃の跡を残した。
『アァァァァァァァ!!!!!』
ただの悲鳴なのに、まるで鈍器で頭を殴られているかのような痛みを感じる。
無理やり回復魔法で中和しようと試みるけど……少し厳しいかも。
『やべっ!!ティアナ、うまく着地しろよ!』
「へ?」
低空飛行していたはずのゼクが垂直に飛びあがり、背中にいた私は地面に転げ落ちる。
当然受け身なんて取れるわけなく、勢いよく背中を地面に打ちつけた。
「あだっ!!ちょっと、いきなり何——!!」
腰をさする私が見たのは、夥しい数の紫色の針を、結界魔法で押し留めているゼクだった。
どうやら、グリノトルンの傷跡から流れ出した紫色の体液が変形。ゼクに向けて射出しているようだ。
「ちょ、ちょっと!そんなの卑怯でしょ!」
『ティアナ、ゼクの支援に入ってやれ!私は奴を直接叩く!』
ファイゼルさんの指示に従い、ゼクの結界の前に翡翠色の結界を複数枚構築。さらに、数十の回復魔法を重ねがけする。
これでしばらくは大丈夫……ゼクが今、こっそり親指を立てた。余裕ありと、了解。
あとは………
『はあっ!!』
『アァァァァァァァ!!!』
今もなお、最前線で剣を振るう美形妖精様。
グリノトルンの三つの口から炎、雷、氷の球の嵐がそれぞれ放たれるが、臆することなく大兎との距離を詰める。
『ファイゼル様を支援せよ!!』
『傷跡を狙え!一本ずつ首を落とせば脅威ではない!』
『あまり近づくなよ。ゴーレムに殴らせよ!』
その勇姿を見て鼓舞されたのか、数十の妖精達がグリノトルンを囲み、一斉に魔法を発動。
蔦で体を締め上げ、生み出されたゴーレム達が岩の拳で殴りつける。
私は全体に回復魔法をかけていると、背後に藍色の鱗をもつ龍が降り立った。
『ティアナ、さっきは助かった。ありがとう』
「私はゼクに怪我がないようで何よりだよ。それよりも、今はあの銀の兎——グリノトルンだっけ?なんか、全く攻撃が効いてないように見えるのだけど……」
ファイゼルさんの剣はよく切れる。たとえ、グリノトルンの表皮だとしても。
だが、他の妖精達の攻撃はどうだ?
『ォォォォォ………』
ゴーレム達はよく殴る。妖精達も絶えず魔法を放ち続ける。しかし、グリノトルンの外表には傷がついていない。
奴の全身を締め付けている蔦も、いつ解けるか分からない。
「ねぇ、他の妖精達はもう少し離れたほうがいいんじゃ——」
あれ……呂律が回らない。体に力も入らない。痛みも感じない。
私は地面にうつ伏せの状態で倒れた。
『がはっ……!何だよ、体が、痺れる』
『毒を操るなど、聞いて、いない……」
龍の姿のゼクも両手両膝を地面につける。
ファイゼルさんも剣を支えに片膝をつき、兎を取り囲んでいた妖精達は落下。
……追い打ちをかけるように、感じたことのない魔力の乱れ。
「え、えう……あ、あえ……」
上手く呂律が回らない。それでも、私は何とか指をグリノトルンに向けた。
ありえない濃度の魔力がグリノトルンの中心から放たれようとしている。
まさか自爆する気!?その魔力量だと、最低でもこの森が吹き飛ぶ!
『ァァァァァァァ』
嘲笑うかのような唸り声。締める力を失った蔦が地面に滑り落ちる。
早く何とかしないと……でも、一体どうすれば……。
ついに眩い光がグリノトルンの体内から溢れ出す。——その時、倒れた私の真上を何かが飛んでいった。
「えう!!」
それは藍色の鱗をもつ龍——ゼクだった。
まさか動けると思っていなかったのか、銀の兎は抵抗することなくゼクに体を鷲掴みにされる。
『こんなところで、死ぬんじゃねぇっ!!』
『ォォォォォォォォォォ!!!』
そして、絶叫と共に青空の遥か高くに投げ飛ばした。
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