第13話 神に造られし傭兵

『ォォォォォ——!!!』

 

 あまりの声の大きさに私は耳を押さえ、体を小さくする。

 こんな鳴き声を私は聞いたことがない。

 恐怖で心臓が締め付けられる。呼吸も上手くできない。

 

「かはっ……」

「ティアナ、大丈夫か?顔色が良くないぞ」

「う、うん。平気だよ。少し胸が苦しいだけ」


 ゼクが簡単な治癒魔法を私にかけてくれるものの、はっきり言って効果は薄い。

 右手で胸を押さえ、私はまっすぐファイゼルさんの瞳を見据える。 


「ファイゼルさん。これは一体……?」

『ティアナの予想通りだ。正解の報酬は、私の治癒魔法及び強化魔法だ』


 ファイゼルさんが手のひらを私に向け、小さく何かを詠唱。すると、胸の苦しみや恐怖心が嘘のように消えていった。

 これが噂に違わぬ妖精の魔法……効果がまるで違う。

 私は目の前のカップの中身を飲み干すと、目の前の美形妖精に頭を下げた。

 

「ファイゼルさん、ひとつお願いがあります」

『断る。我が友——ガレニアが命をかけて助けた者を戦場に送り出すことは私にはできない。それに、ゼクならともかくティアナ、お前には武術の才がない。諦めろ』

「分かっています。私は戦うことができない。それは、誰よりも私が最も理解していることです」


 同じ龍選者のフォルちゃんやメリッサちゃんと違い、私はとことん戦うことに向いていない。

 でも……ここで何もしないのは間違ってる!


「私には怪我人を治療する力があります。唸り声の主——私の予想では、神々が作り出した傭兵のようなものでしょうか?いくら鏡の妖精が強くとも、苦戦は免れないはずです」

「俺からも頼む。戦場でティアナの魔法は必ず役に立つはずだ。これは、実際に傷を癒やされた俺が保証する」


 私は頭を下げる。ゼクもそれに倣う。

 地面が小さく揺れ、部屋の調度品が音を立てる。唸り声の主が歩いているのだろう。


『ティアナ、ひとつ契約しよう』


 ファイゼルさんは立ち上がると、部屋の大窓の鍵を開けた。

 私はゆっくりと顔を上げる。部屋に入ってきた風が前髪を左右に揺らした。

 美形妖精が口を開いた。


『私は戦場にティアナを連れていく。ただし、もし仮に死にそうになったら、私もゼクも無視して逃げることだ。それでいいか?』


 私が大きく頷くと、ファイゼルさんはにっこりと笑い、右手を天に翳した。

 すると、窓の外に巨大な蔦の道が形成されていく。これが噂に聞く植物魔法かぁ。

 ……恐ろしいのは、全くと言っていいほど魔力の予兆が感じられないこと。化け物かよ。

 

『よろしい。ならばすぐに奴の元へ行こう。ゼク、少し大変だがティアナを抱えて走ってくれ。ここからは時間の問題になる』

「分かった。ティアナ、少し担ぐぞ」

「ええっ!!ちょ、ちょっと待ってよ〜!!」

 

 視界が一転。部屋の中にいたはずの私はいつの間にか外に。

 それとゼク。そんなどこかの国の姫を抱えるような運び方はなしっ!顔が近いっ!!

 ファイゼルさんは少し振り返ると、私を見て小さく頷いた。


『先ほどの唸り声、あれはグリノトルンという怪物……いや、残兵が発したものだ』

「それは生き物なのか?さっきのティアナの話だと、神々が造ったとか何とか言ってたが」


 ファイゼルさんは首を横に振ると、空中から一振りの剣を取り出す。同時に、大きな魔力の乱れを感じる。


「ゼク!」

「分かってる!」


 すると、大木を突き破って、鉛色の巨大な魔力の塊が私たちに向けて飛んできた。

 ゼクが半瞬足を止めて叫ぶも、前を走っていた妖精にかき消される。


「!! ティアナ、すぐに結界を構築」

『その必要は無いっ!!』


 美形妖精は大きく飛び上がり、膨大な魔力の塊に十文字斬りを三回。

 謎の魔力の塊は、爆音と暴風を残して跡形もなく消え去った。


「すげぇ……」

「あんな魔力の塊を一瞬で……」

『ゼク!ティアナ!流れ弾に足を止めている暇はない。それと、グリノトルンの姿が見えたぞ!』


 その声で我に帰ったゼクが再び走り出す。

 私は目を閉じて耳を澄ますと、金属同士がぶつかり合う音も聞こえてきた。

 大木の枝の上を駆け、蔦の道へと戻ってきたファイゼルさんと走ること数分。

 眼下に広がる凄惨な光景を前に、私たちは呆然と立ち尽くした。


「何だよ……あれ……」

「神々と龍が争う時代の生き残り……想像よりもずっと大きい」


 周囲の木々が薙ぎ倒され、広場のようになった場所に”それ”はいた。

 全身を銀のようなもので覆った巨大な三本首の兎。可愛くない。むしろ怖い。

 その周りを飛んでいるのは妖精だろう。かなりボコボコにやられている。劣勢だ。

 

『ォォォォォォォォォォ——!!!!』


グリノトルン——神在し時代の残兵は、森を守る健気な妖精達を蹂躙していた。

 


  



 

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