第12話 書斎で茶会
『……そうか。私がガレニアと別れた後、外では随分と大変な事が起きていたのか』
ファイゼルさんは、紅茶が注がれた白磁気のカップをテーブルに置いた。
洞窟に収容されていた私達が招かれたのは、壁全体が古書で埋め尽くされた書斎だった。
話によれば、ここはファイゼルさんの”秘密の部屋”らしい。
物語の中でしか聞いたことのない転移魔法を使うとか化け物でしょ。
「ファイゼル様はガレニアさんとお知り合いなのですね。なぜ、この場所に逃げるように推薦されたのか。その理由がよく分かりました」
『ティアナ、様付けはよせ。それと、そちらの龍人……ゼクが私を知らないのも無理はない。先日まで私達はこの地を離れていたからな』
ファイゼルさんが右手を挙げると、後ろに待機していたゴーレムが丁寧に紅茶のおかわりを注いだ。
言うまでもなく、このカップは高いだろう。
というか、私の目の前にも同じものが置いてある。なぜだか一向に手がつけられない。
隣に座っているゼクを横目に見る。
「俺たちが前に来た時は大きな妖精しかいなかった。確か名前は……セルシーだったか?その妖精が俺たちをもてなしてくれた。……少し砂糖を足すか」
ゼクは角砂糖を二つほど紅茶に落とすと、スプーンで混ぜて一気に残りを飲み干した。
うわぁ……勿体無いよ。この茶葉は絶対高いやつだよ。すごく香りがいいもの。
空のカップを嬉しそうに見たファイゼルさんは、再びゴーレムにおかわりを注がせる。
『セルシーは今、席を外している。数ヶ月もすれば戻ってくるだろうが……頼み事はどうやら難航しているようでな』
「先ほどの”この地を離れていた”理由と関係しているのでしょうか?」
『ティアナは勘がいいな。それに、よく話を聞いている。あとで紅茶の感想も聞かせてくれ』
うっ……全く紅茶に手をつけていないのことはしっかりバレてた。
困惑する私を見て、ファイゼルさんがすごくニヤニヤしている。この妖精は〜!!
ファイゼルさんは空中からひとつの巻物を取り出すと、目の前のテーブルに広げた。
「これは地図か?随分と古いな。それに、デライアンがまだ小国だ」
「それって……え、数百年前!?」
『正しくは八百と少し前だ。それ以前から龍と人間は存在していたが……両者は敵対関係だった。デライアンが龍と手を組み始めたのは、ちょうどこの地図が書かれた少し前だな』
ファイゼルさんが地図のある一箇所を示す。
うっすらと緑色が使われたその地の名は”下神の森”。
『これは八百年前のこの森だ。名前は今と少し意味が違う。正しくは、”神が下りる森”だ』
「神が……下りる地?」
かつて、この世界には神と呼ばれる存在がいた。私は本で読んだ事がある。
龍崇教には神がいない。神の代わりに龍がいるからだ。龍崇者は龍に願い、龍を心の拠り所とする。
神と呼ばれる存在は、龍崇者達にとって必要ないものだ。
『ひとつ補足しておこう。八百年前の神々が最も必要としていたもの。それは信仰心だ。奴らは信仰心を糧として存在している。信仰心が無くなれば奴らは消滅する』
「ますます意味が分からん。どうしたら八百年前の神と妖精達がこの森を離れる理由に繋がるんだ?点と点が全く繋がらないのだが」
ゼクは両手を挙げて降参の姿勢をとった。
私は昔読んだ文献を必死に思い出し、手掛かりになりそうなものを二つ見つけた。
・信仰を求めて、神々と龍が争った記録は各地に残っている。
・神は人々の想いが力を持ったもの。
・龍は神にも劣らない力を持っている。
……あれ?
この対面、神様側はかなり不利なんじゃない?
人々の想いが力を持つことより、龍が繁殖する方が速いだろう。
龍一匹倒すのに、神様をひとつ失うとしたら……数の差で負ける。
それを神様側が理解していないとは思えない。
「神様側には何か策があった……。数の劣勢をひっくり返すほどの策が。例えば……神に匹敵する力を持つ生物を仲間にする、とか?」
『ォォォォ———!!!!』
私が確信に辿り着いた瞬間、腹の底から響き渡る唸り声が森に響いた。
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