第16話 第三者からの伝言

 振り返ると”樹”がいた。

 もう少し詳しく言うならば、手と足が生え、幹には人間の顔がついた樹。頭部には緑葉。

 あれ?この特徴、昔どこかで聞いたような……見たような……。

 樹は固まっている私に気がつくと、にっこりと笑い、流暢に言葉を発した。

 

「初めまして、命の恩人。自分はムゼ。デリナーツ様にお使いを頼まれた者……いや、トレントだ。会えて嬉しいよ」

「トレント……それだっ!!」


 トレントは神聖な森で育った樹に意志が宿ったものだ。分類だと妖精に近い。

 滅多に人前に現れないと本に書いてあったけど……いたよ、目の前に。

 ムゼさんに差し出された手……いや、太い枝を握り返す。とても硬いが暖かい。不思議だ。


「恩人はいい魔力をしているね。血の匂いがしない綺麗な魔力だ。色落ちもない」

「あ、ありがとうございます……」


 血の匂いがしない?色落ち?

 ところどころ気になる言葉はあるが、今は少し置いておこう。

 私は居住まいを正し、トレントに問いかける。


 「えっと、ムゼさんは私に用があるのですか?それとも、向こうにいるゼクに?」


 少し向こうで、ゼクは妖精兵士に頭を下げられていた。助けた兵士の一人らしい。

 ぺこぺこと頭を下げられ、対応に困るゼクの姿は珍しい。

 しかし、ムゼさんはゼクを一瞥すると、首を横に振った。


「いや、今日のところは龍人に用はない。自分が頼まれたのは、翡翠の魔力持ちに伝言を伝えてくれ、という簡単なものだよ」

「伝言を私に?」


 そういえば、さっき”デリナーツ様”に伝言を頼まれた、とムゼさんは言っていた。

 誰だろう。心当たりがないなぁ。

 ムゼさんが遮音結界を張り巡らせ、私だけに聞こえるような小声で囁く。

 

『【深淵の居城】に匿われし【機械の王】の元へと進め。【真邪の娘】を連れ、【龍人】【翡翠】【真紅】で【黒き世界の蛇】と相対せよ。さすれば、呪いからは解放されるであろう』


 【龍人】はゼク。【翡翠】は私だろう。

 他は見当もつかない。

 とりあえず、分からない言葉を魔力で空に飛ばしてみる。


「ムゼさん、この中で意味がわかるものはありますか?」

「う〜ん。自分が分かるのは【深淵の居城】は魔王が住む城の名前、ということくらいだね。他はデリナーツ様本人に聞かないと分からない」


 魔王!?いきなり言葉が物騒だなぁ。

 はるか昔に世界に生まれた存在——通称『魔王』には変な噂が多い。

 “配下が沢山いる”とか”奪った神々の武器を扱う”とか。

 中には、”魔王の住む城はゴーレム”という話もあった。そんな馬鹿な。

 

「ムゼさんは魔王に会ったことがありますか?」

「ないね。でも、魔王と神の争いを見たことはある」

「えぇっ!?む、ムゼさんって、今何さ……」


 新緑の葉で口を塞がれた。なるほど、これが年齢不詳のミステリアス、という奴か。

 そういえば、デライアンを治める龍皇様も年齢不詳だったなぁ。

 代替わりはしているはず。人は年に勝てぬ。

 口元の葉がどけられ、遮音結界が霧散した。


「よし。伝えるものは伝えたから、自分はもう帰るよ。伝言の詳細はまた今度”自分”で聞くといい」

「自分で?」


 私は首を傾げる。ムゼさんは少し笑うと、消えかけている自分の指を見た。

 なんでもないかのように溢す。


「仲良くなったお礼にひとつ。ファイゼルは意外と物知りだ。君が聞けば何か教えてくれるかもしれないよ?」

「ファイゼルさんが?」

「妖精の寿命は長い。人間や獣人よりも遥かに長い。トレントには劣るけど、それでも十分すぎるくらいにはね」

 

 ムゼさんの姿が完全に消え、私だけが残った。

 


 

 

 


 

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