第10話 お出迎え


 鏡の森——誰がそう名付けたかは分からない。古の人間か、それとも名も無き神々か。

 複数の古い書物にも名前が登場し、いずれも物語の中核を担う場所になっている。

 聖剣が眠る土地。妖精から光の鎧を受け取る地。封印されし悪魔の王が眠る土地。数多の魔獣に蹂躙される土地。

 上記の物語は全て嘘……とは言えない。

 なぜなら、この森には本当に妖精が住んでいるからだ。

 昔から探検家や多くの学者が遺物目当てに森に入り、消息を断つ話は多い。

 それもこれも全て”これ”が原因なのだが……

 

「ゼク!この樹の幹、私の顔を反射してるよ!」

「おいおい、勝手に一人で走るなよ?はぐれたら二度と再開はできないからな」

「分かってるって!」


 私は自らの姿を映す大樹——鏡の樹の幹を優しく撫でる。

 簡単に砕けそうな見た目に反し、中身はしっかりと詰まっている。鏡の樹は樹皮だけが変化した樹なのだ。


「見て見て!あの花の花弁も鏡だよ!」

「そうだな」

「あっちの果物も鏡だ!」

「そうだな」

「あっちには……」

「よし、一回黙れ。そして落ち着け」


 引き攣った笑みのゼクに体を取り押さえられる。

 だって仕方ないだろう。書物の中の世界が目の前に広がっているのだ。

 この森の三割を占める鏡の植物に私は終始興奮しっぱなしだ。

 

「もう一度言うぞ。この森は侵入者を迷わせる造りをしているんだ。俺は何度か出入りしたことがあるから出口が分かる。だが、お前は初めましてだ。俺がいないとあっという間に屍だぞ?」

「はーい。気をつけまーす」

「ティアナ……お前なぁ……」


 ゼクは上を向いて動かなくなってしまった。

 とりあえず、足元に咲いていた鏡の花を摘んでみる。

 優しく根元を摘むと、ポキっという硬めの音と同時に茎が折れてしまった。

 どうやら、中身は普通の茎のようだ。外側だけがなぜか硬くなっている。

 

「ねぇ、どうしてこの森の植物は鏡を纏っているの?」

「あぁ……たしか”外敵を見つけやすくするため”だったか?魔獣は光るものや珍しいものに反応するだろ?」

「うん。そうだね」

「光を反射し、この森にしか群生していない”鏡の植物”は魔獣にとって反応せざるを得ないものだ。ガレニア曰く、”鏡の花や樹にダメージが入ると、侵入者を取り押さえる妖精の罠が作動する”らしい」

「へぇ………え、罠!?」


 慌てて鏡の花を投げ捨てる。しかし、時すでに遅し。四方から伸びてきた蔦が私とゼクの体を縛り付けた。

 

「うわっ!蔦が絡みついてきた!」

「ティアナ!お前、何をした——って!俺も巻き添えかよ!?」


 抵抗すらできずに手足を縛られた私達は地面に転がる。

 この蔦……魔力の流れを阻害してる。

 私の回復魔法は蔦に当たると霧散してしまう。


「ゼク、なんとかならないの!?」

「無理だな。いつもの龍の姿になれない。魔力も上手く纏まらないしな」

「役立たず!」

「それが加害者の言い分かよ!」


 むぅ……正論ばかり言うなぁ。

 確かに私も悪いけどさ、忠告しそびれたゼクにも責任はあると思う。いや、絶対にある!

 第一、見たことない花があったら、普通摘んでみるでしょ?

 でもそれって、遠回しに私が魔獣みたいってことだよね……それは嫌だな。凄く嫌だ。


「……ごめん」

「おいおい。そんな顔するなよ。せっかくの綺麗な顔が台無しだぞ?」

「ちょっと。こんな時に揶揄わないで。叩くよ?」

「本音なんだけどなぁ」


 恥ずかしくなった私は寝返りをうつ。

 私はゼクに顔を見られたくなかった。今の私はきっと、頬がとても紅潮してるから。

 だって……だって!

 今まで可愛いなんて言われたことない……からさ……。

 どんな反応していいか分からないよ。

 私は瞑っていた眼を開く——と、目の前に羽の生えた小さな子供が三人。

 

「なぁ、そろそろ茶番は終わってくれないか?」

「仕事……遅いと叱られる」

「ごめんなさい!凄く良い雰囲気なのは分かってたのだけれど。ボルの言う通り、侵入者を捕まえるのが私達の仕事だから……」


 鏡の妖精——この森の支配者が姿を現した。





 



 

 

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