鏡の森と世界樹と

第9話 目的地はすぐ近く

 「……う〜ん……」


 簡易テントの布越しに見える朝日に照らされ、私——ティアナは目を覚ました。

 随分とぐっすり眠ってしまった。

 逃亡中とはいえ、まさかこんなベッドで眠れる日が来るとは思っていなかったし。

 ほんと、叛徒の皆さん様々だよ。

 目的地の“鏡の森”まであと少し。頑張ろう!


「おはようございまーす!」


 軽く体を伸ばしていると、テントの幕越しに優しい女性の声が聞こえてきた。


「ティアナさん。お目覚めですかー?お着替えの用意ができましたよ」

「本当ですか!?」


 次の瞬間、私は幕を突き破る勢いで外に飛び出した。

 外に立っていたのは鹿の獣人。この拠点を取りまとめている方だ。

私達は昨晩の遅くにこの拠点に辿り着いた。それなのに、優しく丁寧に受け入れてくれたことにはとても感謝している。


「ふふふ。元気いっぱいで良かったです。長い旅路で随分と疲れていたようでしたので」

「そうなんですよ。旅の危険が無いのは嬉しいことなのですが、ゼクの背中の上には何もありません。だから退屈なんです」

「その気持ちは分かりますよ。何もしていないほうが疲れることもありますからね」

「おかげで昨日は一晩ぐっすりと眠れました」


 他愛無い話をし、そして笑い合う。

 デライアンにいた頃の私じゃ考えられないことだ。


「おや?噂をすれば本人の登場ですね」


 鹿の獣人さんが私の後方を指し示す。

 振り返ると、たまたま近くを歩いていたであろう龍人——ゼクと目が合った。

 あれ?今、視線が少し下に移動した気がする。


「ゼク、おはよ——」

「しまった!ティアナさん、早く隠れてください!」


 直後、獣人さんの目にも止まらぬ動作で私はテントの中へと押し戻された。解せぬ。


「ちょ!いきなり何をするんですか!?」

「それは自分の姿を見てから言ってください!」


 自分の姿?私はゆっくりと視線を下げ——顔を手で覆い隠した。

 自分でも分かるくらいに体温が急上昇する。

 

「……ありがとうございます」

「これからは気をつけてくださいね」

「うぅ……」


 昨日は日々の疲れが溜まって眠かったとはいえ、流石にこれはないだろう。

 私の寝巻きのボタンが外れ、きっと成長中の双丘が”おはよう”と顔を出していた。

 ……昨日の私、許すまじ。

 今度こそ私はボタンをかける。そして、聞き耳を立てているであろう龍人に声をかける。

 

「ゼク、そこにいるんでしょ?」

「……はい」


 申し訳なさそうな声が布越しに聞こえてきた。本当に悪いのは私なんだけどね。


「あの……そ、その……」

「ん?何か言いたいことでもあるの?」


 ゼクの影が右へ左へ。ずっと何かを言い淀んでいる。

 この拠点を訪れるまでの数日間。私たちは寝食を共にした仲だというのに。冷たいなぁ。

 

「絶対怒らないか?」

「怒らない。約束する」

「本当だよな?本当に本当だよな!?」

「しつこいなぁ。早く言わないと怒るよ?」


 なんか私の信頼が低くない?

 まるで私が一方的にゼクに信頼を寄せてるみたいじゃん。

 大きな深呼吸。そして、ゼクの姿が龍へと変わる……龍?

 

『せめて下着は付けてから寝ろ。風邪をひくぞ』

「! ぜ、ゼク〜〜!!!」


 私は勢いよく外へと飛び出した。しかし、そこにはゼクの姿はない。

 代わりに見えたのは空を飛ぶ巨大な龍。

 

「うぅ……逃げられたぁ」

「ティアナさん。折角ですので、新しい下着の用意もしましょうか」


 地面に膝をついた私の背中に、優しい手が置かれた。

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