第8話 始まり

「……分かった。他でもないお前の言い分だ。最後くらい聞いてやるよ」


 ゼクはそれだけ言うと、自らの姿を再び龍へと変えた。

 それは別れの挨拶とは程遠い、なんとも投げやりな言い方。

 ガレニアさんが恐る恐る問いかける。

 

「抵抗……しないのか?」

『ありえないな。俺はしょっちゅう周りの足を引っ張っちまった。だから、いつ追い出されても文句は言えないのさ』


 ゼクはまるで、自分を戒めるかのように言葉を吐き捨てる。

 言葉の一つひとつが重い。私の心にも深く沈み込んできた。

 ギロリと龍の瞳が私を睨みつける。


『ティアナは間違いなくデライアンの連中に狙われる。俺たちは叛徒だ。一度助けた仲間は最後まで、見捨てねぇよ』

「ゼク……」


 ゼクの鱗を優しく撫でる。

 エル・ビーさんとガレニアさんも続いた。

 

「ゼク、自分を卑下するのは禁止。貴方は強い。私たちと同じくらいに。でも、若すぎ」

「血を流すのは年長者の特権だ。お前はもう少し経験を積んでから出直してこい。それに、あんな可愛い嬢ちゃんを独り占めできるんだぞ?少しは喜べって」


 “可愛い”という単語に、つい頬が……集中しなさい、私!

 私は自分の頬を軽く叩いて目を覚ます。


『可愛いか可愛くないかについての言及は避けていいか?』

「ねぇ、それは一体どういうこと?」

『だってお前は……』


 龍ゼクが私の顔をまじまじと見てくる。

 全身をくまなく、舐めまわされるようにじっくりと——

 

『ぷっ』

「ねぇ……どうして笑ったの?」

『いや、なんでもない。なかなか整った顔立ちだが、好みではないな』


 むぅ。失礼極まる発言だ。

 ここまでくると怒りを通り越して呆れてくるよ。

 ため息を吐く私の肩をガレニアさんが強めに叩いた。

 

「嬢ちゃん。あんたにはこれを渡しておく」


 渡されたのは四葉のクローバーを模した小さなバッジだ。

 魔力は……込められてない。何か効果が付与された形跡も無し?

 悪いけど、本当にただのバッチだ。

 

「これは俺たちの仲間の印だ。少なくとも、これを見せれば俺たちの仲間に殺されることはない」


 ガレニアさんはそう言うと、胸に付けたバッジを見せてきた。

 私と同じ形のクローバーが、キラリと光を反射する。


「何から何までありがとうございます。私が今生きていられるのはガレニアさん達のおかげです。本当に助かりました」

「お礼なんていい。俺たちは仲間を助けてくれた恩人を助け返しただけだ。今はこんだけの数だが、本当は何十万と仲間がいるんだぜ?」


 参考までに言っておくと、デライアンの人口はせいぜい数万。

 龍を合わせたら十万に届くか届かないかぐらいだろう。

 質のデライアンと量の叛徒、というわけね。


『そろそろ背中に乗ってくれるか?”鏡の森”はそれなりに遠いんだ』


 ゼクの大きな手が私の首根っこを掴み、ひょいと背中に乗せてくれた。

 私は昔からデライアンで騎龍の練習はしているので、よっぽど落ちることはないだろう。

 ゴツゴツとした鱗を優しく撫でてみる。

 ゼクはくすぐったそうに、巨体をブルブルと震わせた。

 

「ねぇ。ゼクの翼だと、鏡の森まで何日くらいかかるの?」

「おおよそ四、五日。飯と水は道中にある俺たちの仮拠点で補給していくことになるな」


 うーん。龍にとっては近いのか、それとも遠いのかは分からない。

 ”鏡の森”……たしか、世界樹を守護する鏡の妖精と樹のゴーレム達が住まう地、だったかな?

 

『そろそろ飛ぶぞ?』

「うん。お願い」


 私を乗せたゼクが、ゆっくりと翼を上下に動かした。

 落ちないように下を見る。

 豆粒のようになったエル・ビーさんとガレニアさん、グリフォンや兵士達が、大きく手を振っていた。

 ふと、心に疑念が浮かぶ。

 

「……なんで、私達は叛徒と戦ってるんだろう」

『? 何か言ったか?』

「ううん。何でもないよ。速く行こっか!」


 叛徒の皆さんは、デライアン出身の私にも優しかった。

 それに対して、ゼクを癒しただけの私にデライアンの信徒やフィーナは刃を向けた。

 なぜここまで、デライアンは叛徒を忌み嫌うのだろう。

 傾いた夕日が問いに答えることは無かった。

 

 


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