第7話 雷撃の真実

「ほらよ。手、貸してやる」


 私がゼクの背中から降りようとすると、ガレニアさんの大きな手が目の前に差し出された。

 他意は無いのだろう。しかし、私はその誘いをキッパリと断ることにした。


「大丈夫です。自分で降りられますので」

「おいおい、まださっきの事を根に持ってんのか。きちんと謝ったんだから許してくれよ」

「別に気にしてなんかいませんよ。これっぽっちも気にしてません」


 ふんっ。初対面の少女の頭を力ずくで押さえつける獣人に言うことなんてないんだから。

 それに、爆笑しながら頭を下げることを謝罪とは言わない!

 地面に足をつけると、背後で眩い光が発せられる。

 ゼクが人の姿に戻ったようだ。


「ガレニア。俺はずっと下で聞いてたけれどよ。今回は流石にお前を擁護できないぞ?」

「ゼクに同意。今回は貴方が悪」

「おいおい。今日あったばかりの女と、今まで何度も死地を共に乗り越えた俺。どっちを信じるかは即答だろ?」

「「今日あったばかりの女」」

「んなっ!?」


 ゼクとエル・ビーさんは即答。

 対してガレニアさんはヨロヨロと地面に膝をつき、私に向けて額を地面に擦り付けた。


「申し訳ございませんでした」

「は、はぁ……」


 さっきまでの傲慢な態度が嘘のようだ。

 多数決、ありがとう!

 あれ……ひょっとして今なら気になっていることを聞けるかも?


「ガレニアさん、質問をしてもいいですか?」

「何なりと」

「うっ……とても話しにくいですね。元の話し方に戻してください」


 ゼクとエル・ビーさんが揃って頷く。

 空を見上げると天気は晴天。先ほどの雷撃と暗雲が嘘のようだ。

 ガレニアさんが胡座をかき、片目を開けた。


「聞きたいことはなんだい?」

「先ほど、追手を壊滅させた雷撃のことです。あれは、どなたの魔法でしょうか?」


 私の問いかけにガレニアさんが一瞬だけ目を細め、ニヤリ。

 

「思い至った過程を教えてくれるか?」

「理由はひとつ。あの雷撃はエル・ビーさんや飛んでいたゼクが、敵を牽制しながら片手間で使えるような威力の魔法ではありません」

「なら、俺が使ったかもしれないぞ?」

「それはないでしょう。だって……」


 貴方には魔力がない。

 その言葉は大きな右手で止められた。

 魔法の使用者は、私たちの中の誰でもない。

 ならば、必然的に第三者があの場に存在したことになる。


「嬢ちゃん、あんたは頭がいいな」

「そんなことは——」


 パチン。

 ガレニアさんが指を鳴らした。

 どっしりと腰を地面につけ、私の話を聞いていた獣人がようやく立ち上がる。

 

「しかし、重要な事を見逃している。頭で考えるだけじゃ足りない、第六感と呼ばれる世界が見えていない」


 ガレニアさんは空を掴んだ。

 優しい風が私の服の裾をはためかせ、キラリとエル・ビーさんの体が光る。

 

「総員、透過を解除」

「「「はっ!!!」」」

「え、えぇっ!?」


 誰もいないはずの空が歪み、現れたのはグリフォンに乗った獣人達。

 数はざっと四十ぐらい。年齢はバラバラ。

 これだけ近くにいるのに、全く気が付かなかった……?

 ガレニアさんが先頭のグリフォンの頭を優しく撫でる。


「嬢ちゃんの推理は正しい。だが、少し惜しかったな。あの場には、俺たち以外にも仲間はいた。第三者じゃない。仲間だ」

「この透明化の魔道具を作ったのは、俺たちの仲間……いや、今はティアナの仲間でもあるのか」


 次々とグリフォン達が地上に降り立ち、兵士達が地上に整列していく。

 こうやって近くで見ると、種族の差がはっきりと分かる。

 獣人という括りでも、翼を持つ鳥族や尻尾を持つ猫族や犬族。ツノが生えた牛族も。

 人間しかいなかったデライアンでは、絶対に見ることができない光景だ。


「すごい……文献で読んだことはあっても、本当に沢山の種族がいるなんて……」

「嬢ちゃん。そんなにまじまじと見るもんじゃねぇぞ?最後に風呂に入った日すらも覚えてない汚い連中——いてぇっ!!」


 ガレニアさんの冗談に、グリフォン達は嘴でガレニアさんを突いて抗議。

 それを見た兵士達が爆笑。ゼクとエル・ビーさんはやれやれと首を振った。


「ガレニアさん、本当に懲りないっすね」

「本人も楽しくなってんのさ」

「痛みも慣れたら喜びに変わるということか」

「我々は遠くから見てるだけで十分っす」

「お、お前達!少しは助けてくれっ!!」


 グリフォン達の制裁を受けること数分。

 解放されたガレニアさんの顔には疲労の色が見て取れた。

 少し可哀想だし、せめて回復魔法ぐらいかけて……あ、魔力が足りない。

 

「ごめんなさい。魔力が残っていなかったです」

「嘘だろ……と言いたいところだが、別に構わない。今は嬢ちゃんの魔力が少しでも速く回復してほしいからな」


 私の魔力?ゼクとかエル・ビーさんじゃなくて?

 私の疑問はどこへやら。ガレニアさんが叫ぶ。

 

「ゼク、ちょっと来てくれ!」


 エル・ビーさんと話していたゼクが駆け寄ってきた。しれっと私の隣に立つ。

 左手に持っているのは……小さな木の笛?

 私の手のひらにも収まりそうな大きさだ。


「その笛、どうしたの?」

「さっきエル・ビーに貰った。よく分からんが”お守りみたいなもの”とだけ言われたな。今更こんな物を渡して何の意味があるんだ?」

「意味ならあるさ。これからのお前達の行き先にな」


 エル・ビーさんが右手を挙げた。

 一時乱れぬ動作でグリフォンと兵士達が私達の背後に整列する。

 胸甲や胸当てを叩き、それぞれの持つ武器を天に掲げた。

 連携の取れた動作への感動も束の間、ガレニアさんは口を開いた。

 

「ゼク、お前に最後の任務だ」


 ……最後?

 ガレニアさんは拳を強く握りしめた。少しだけ見えた瞳には後悔の色はない。

 

「嬢ちゃんを連れて”鏡の森”へ逃げろ。お前は死ぬには若すぎるからな」





 

 

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