第6話 撤退

「ゼク!後ろから火球!そのまま直進して!」

『了解!頼んだぞ、ティアナ!』


 放たれた火球のうち、ゼクに直撃するものに限定して障壁を展開。

 翡翠の壁と火球が激突し、大炎上する。

 攻撃しているのは龍騎隊と龍皇魔法師団だろう。

 私の魔力に余裕はもう無い。

 今は少しでも消耗を抑えなければ、全員が無事に生き残ることはできないだろう。

 

「嬢ちゃん、頼んだぞ!俺たちが逃げ切れるかどうかはあんたにかかってるんだ!」

「貴方は防御に集中を。こちらは追手に圧をかけます」


 エル・ビーさんは両腕から放つ砲弾で。

 ガレニアさんはクロスボウを片手に応戦している。


 そもそも、なぜ私達がフィーナと龍ではなく、龍騎隊と魔法師団と戦っているのか。

 その理由は非常に簡単。

 私たちは逃げたのだ。負けたわけじゃない。

 そもそも、ガレニアさんには好戦の意思が無かったようだ。

 短刀を構えたフィーナと対面した途端、ガレニアさんはゼクに向けて叫んだ。

 

「ゼク、やっぱり逃げるぞ!こんな奴と戦っても意味はない!仲間との合流を優先する!」

『は、はぁ!?俺はこいつとの決着を……』

「いいか!このメイドと龍を殺したところで戦いは終わらない。それどころか、敵が増えて処理できなくなる!文字通り全滅だ」


 直後、鳴り響く鐘の音。

 フィーナ曰く”これは緊急招集を告げるもの”だったはず。

 赤龍を投げ飛ばし、急いで飛んできたゼクの背中に私達は飛び乗った。


「おやおや、まさかの敵前逃亡でしょうか?あなたは死を名誉とする獣人の恥ですね」

「笑って死ねる奴はかっこいいさ。臆病な俺には到底できやしない。だからこそ、最後まで生き残って笑ってやるのさ。それが、俺から仲間への手向けの花だと思ってる」

「ふふふ。逃しませんよ?」

「情熱的な気持ちだけ受け取っておくぜ」


 ガレニアさんは懐から灰色の球をいくつか取り出すと、火をつけてフィーナに投げつけた。

 銀髪メイドが服の袖で鼻を覆うと、ガレニアさんは楽しそうに叫んだ。


「それはとっておきの煙幕だ。俺からのプレゼントぐらい、受け取ってくれよな?」

「しまっ——!!」


 煙幕は盛大に煙を吐き出して自爆。

 煙が蔓延する直前に、私はフィーナと視線が交錯。別れの言葉は告げなかった。

 

 それはさておき、今の私達の置かれている状況はいわゆる撤退戦。

 鐘の音によって集められた兵士と龍達に、しつこく追い回されている。

 炎の弾を避けたゼクが叫ぶ。


『エル・ビー!相手の数はどれくらいだ?』

「少なくとも三十騎。主に龍騎隊と魔法師団の混成」


 再び魔法発動の兆候。

 直後、無数の雷の矢が空中に展開される。

 

「す、少し数が多くない?」

『翼はしっかり守ってくれよ!』

「頑張って自分で避けれないの?」

『遠慮なく空中で六回転するぞ』


 雷の矢が放たれると同時に、ゼクの速度があがった。

 私も障壁を展開していくけど……やっぱり数が多い!

 貫通力の高い矢の魔法は、普段よりも障壁を分厚くしなければ防げない。

 ガリガリと音を立てて魔力が削られていく。


「嬢ちゃん!翡翠の結界は、あとどれくらい展開できる?」

「火球に換算して五百発が限界です。雷の矢だとさらに魔力を消費するので、期待はあまりしないでください!」

「それだけ使えたら十分だ。エル・ビー、ここは任せてもいいか?」


 不動のゴーレムはこくりと頷くと、両腕からの砲撃を再開。また一騎墜落していった。

 迫る龍騎隊の数は二十三。

 少し減ったが、はっきり言って誤差の範囲だ。

 その頃、ガレニアさんはゼクの頭に座り、大きな身振り手振りで何かを表現していた。


「ゼク、予定通り合流地点に向かってくれ。準備はできているそうだ」

『おいおい、こんなにも機動力に長けた敵を引き連れていくのか?一騎ぐらい逃すだろ』


 合流地点?それに準備って?

 快晴だったはずの空に暗雲が立ち込め、雷鳴が轟き始める。


「敵を逃すことは無いな。俺が保証する。なぜなら——」


 少し離れた龍騎隊と魔法師団からどよめきが聞こえてきた。

 風はどんどん強くなり、気温も下がっていく。

 何事かと眺めていた私は、ガレニアさんに突如として頭を押さえつけられた。


「ちょ!いきなり何をするんですか!?」

「晴れていても油断は禁物だ。いつ、誰が天候を操るかわからないからな。それと、雷の音が聞こえたらまず姿勢を低くしろ。死ぬぞ?」


 刹那——“それ”は落ちた。

 伏せた状態で私が見たのは、暗雲から降り注いぐ計二十五本の稲妻の刃。

 寸分の狂いなく稲妻は追手の体を貫き、兵士と龍は黒焦げになって地面に落下していく。

 それはあまりにも一瞬の出来事だった。


 


  

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