.Ⅲrd 03

 それからは修業の日々だった。修練を積む日々だった。活動時間がおもに夜であったため、夜にそれは行われた。しかし、昼にも行われていたため、つまり一日中やっていたことになる。それはチャンバラのような、拳の殴り合いを、避けてかわして的確に当たらないようにする訓練。暑い日も、寒い日も、春も夏も秋も冬も、なにもない日も、なにかあるような日も、街の人が見ていた時も、街の人が見ていなかった時も、高い場所や、暗い場所、がれきの山の場所や、メイン通りの場所など、どこでもやったし、どこにいっても修行した。いくらあっても足りなかったし、いくらあっても足りるものではなかった。クロは年を取らないので、幽霊とか、地縛霊とか、悪魔とか、そういう類の存在でもあり、そうでもない存在なので年を取らない。だから、いくら修行しても、クロはクロのままであった。しかし、ジロはそうではなかった。ちゃんと人間で、きちんと人間だから年も取るし、そしてそれに連れて病気になった。疲れを見せるようになったし、血を吐くこともあった。クロはたいていはバカにしていたが、たまに心配になり、少し心配した。ジロはそれを受け入れ、ありがとう、と言った。



 やがて訓練は拳銃の弾を避ける訓練へと移行した。鉄パイプで跳ね返したり、正面に立って、飛んで避けたり、回転して避けたりした。銃弾の訓練はつまらなかった。いつも同じ弾道で、いつも同じ速度で、いつも同じだったからだ。覚えてしまえばなんてことはない。クロの人を超えた身体能力を持ってすれば、本当に、なんてことはないのだ。



 ある朝、眠り、そして夕方になった時に目が覚めたクロはジロが倒れているのを見つける。すぐに駆けつけるも、すでに息はなかった。ジロは死んでしまった。おそらく病気の悪化だろう。


 

 クロはジロを運んで飛んだ。スコップも持って。そこは裏街の裏の裏山である。そこに埋葬して、墓を立てた。その辺の鉄の塊を差して目印とした。手を合わせる。そしてジロから貰った拳銃を腰に挿して、スコップ片手にまた裏街へ飛んだ。



 街を歩いていると、声を掛けられた。



「よお、カラスの坊主。元気にしているか」


「刑事さん、か」


「なんだ、いつも一緒にいた男は今日はいないのか」


「死んだよ。病気でな」


「そうか……それは、残念だったな。南無」


「いつもみたいに俺を捕まえたりしないのか」


「いや、お前は無理だ。この街そのもの、みたいな存在だからな。お前さんは。しばらくやりあって、わかったよ」


「へえ、利口だね」


「それよりも、捕まえたいやつなら他にいる」


「へえ、どんな」


「そうだな……坊主はコーヒー飲めるか?」


「ああ、イケるぜ」



 二人は近くの手頃な喫茶店へと向い、入店した。



「アイスコーヒー二つ」



 刑事は周りを少し気にしながら、こっそりと写真を一枚取り出した。



「こいつの名前は目黒という。ここ最近この街に出てきては、でかい顔と言うか、我が物顔で練り歩く、厄介なやつだよ」


「ふぅーん」



 クロにとっては名前なんてどうでも良かった。自分自身の名前すらきちんと定まっていないような、そんな自分自身である。あまり執着していない。誰に呼ばれるか、その方がずっと大事なのではないかと、クロ自身はそう思っていた。そう、誰になんて呼ばれるか。それが、大事なのではないか。それは確かに、そうだ。



「分かったよ。そいつ、倒してやる」


「本当か? でも、それじゃあ流石に物騒だな。殺してしまいそうだ」


「スコップがか? スコップはダメか。まあ、やっぱりな。そろそろ変えようと思っていた頃だったんだよ」


「へえ、どんな」


「あるやつに呼ばせると、それはチュウカって呼び名になるらしい。まあ、俺の師匠、ジロが言っていたんだけどな」



 クロはそう言うと、アイスコーヒーを飲み干して、軽く挨拶をすると店を飛び出した。

 


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る