.Ⅲrd 01

 ビリヤードのボールを突く棒のことをキューと呼ぶ。キューは突くものであって、振り回すものではない。地に突き立て、支柱にして飛び回るものでもない。ボールを突くものだ。しかもここは室内。カジノはモノも多い。派手な動きは禁物。そう、あのボーイはどこに気を効かせたのかというと、クロにではなくお客様になのだ。



「ヒトをヒト突きでってか。クク。笑えな」



 そしてクロはそのリクエストに応えた。キューを手にしてすぐ持ち手を変え、相手の視線を僅かでも動かせば、多くのモノに愛された彼にとってプログラム通りに動くような、そんな戦いだった。二人が延びると、会場から歓声はなく、ため息も安堵もない。静かな拍手がひとつだけ。それでこの事件は終わり。今宵もお小遣いをボーイからもらい、当たりまくっている客の財布から札束を抜き取って革製品だけを戻す。夜の東側が終わる前には寝床へと帰った。



 だから、翌日。



 クロは珍しく自分を珍しいと感じた。



 しくじったのだ。



 昨日の後処理に違和感はなかった。何も問題はなかった。事件化を防ぐための保険行動も欠かさなかった。



 しかし、気が付けば暖かな銃口が額に当てられていた。そしてその銃口からは硝煙が上がっている。



「……なぜ生きている」



 男は言った。



「やっべ、これあとから痛いやつだ」



 クロは言った。



 あーあ。どうやら、本当にしくじったらしい。結論から言えば、それは相手が悪かっただけの問題。しくじったのでなく、運が悪かったのだ。年中星占いで真ん中を下回り続けるだけのことはあるな、とその時を振り返ると思う。





* * *







 額を抑えないといけない目の覚まし方をする夕方は最悪だ。拳銃で撃ち抜かれて目覚めるなんて最悪以外他に無い。いや、もう最悪。いてぇな、おい。



「……なぜ、生きている」



 その男はもう一度聞いてきた。脳は起きたばかり。体はなんとか半身だけ起こしたところ。触って確かめた額の穴は塞がるのに時間がかかりそうだ。ため息が出る。



「おい。聞いてるのか。銃弾で額を撃ち抜かれて出血もないとは。なぜだ。貴様は人間なのか」


「そうだ。紛れもなく、ヒトの子だ」



 じんじんヒリヒリする。今日は外出自粛だな。



「ならば、どうしていきているのかと、そう聞いている」


「俺も何で殺されなきゃいけないのか聞きたいけど……質問に答えるんなら〝俺はこの街そのものだから〟かな」


「……どういうことだ」


「そのまんまだよ。この街が俺自身で、俺はこの街そのもの。ネズミとか、クロネコとか、クロとか呼ばれたりしてるかな。あ、最近はカラスだっけ」


「そうか。ならば貴様がその少年であることは間違い無さそうだ」


「見当違いじゃなくてよかったな」


「しかし、どうやらどうやっても貴様は死ぬことがないらしい」


「そんなことはないさ。言ったろ? ヒトの子だって。人間いつかは死ぬものさ」


「ならば……!?」


「ああ、もう、そういうのいいから。それより腹へったや。チャーハン食べよ。炒め飯」


「貴様……」



 その男がどういう心境で俺を貴様と言ったのかわからないが、痛いものは痛い。そして、おなかがすいたこともまた事実。こいつとの話をこのまま続けるのもいいだろうが、食べながらでもそう変わりはないだろう。コンビニで買ったチンするだけのカップ飯をレンジに置いてから、振り返る。腕を後ろで組んで、ガンマンと向き合った。



「じゃあ、今度は俺の番ね。何で俺撃ったの。誰かさんからのご依頼?」



「……察しがいいな。まあ、そうだ。守秘義務だから名は言えぬが」


「そっか。おとなって大変なんだな」



 それから流れたのは沈黙。待つのはレンジのチン。ようやくの後、鳴って口を開いたのは大変なおとなの方。



「いつもそんなものを食ってるのか」


「ん? これ? いいでしょ、柚涼に買って貰ったのさ。コンビニって最近知ったが、なかなか便利だよな」



「女がいるのか」


「……手、出すなよ?」



 ガンマンは「さあな」と身ぶりして、身支度を整えた。



「なんだよ、もう行くのか」


「また来るさ。なんとかしてお前を消さなければいけないからな」


「クク。物騒だねぇ」



 その日はクロは街にはでなかった。回復に専念しなければいけないことは、残念なことにその頭でも理解してしまうことであった。



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