一番幸せな道

 私は、ハツキがくれた指輪を眺めながら思う。


(私も、帰った方がいいのかな? きっと、ハツキはそう思っているよね。わたしが帰りたくないっていう限り、ハツキは私をここに居させてくれるんだろうけど……どうすればいいんだろう? 私はこのままハツキの優しさに甘え続けていいのかな?)


 ここで暮らすようになってから、ずっと抱え続けている思いだ。家族のことを忘れられれば楽になるかな何て考えては、忘れたくないなんてすぐに思い直して、どれだけ悩んでも、結局答えはでない。


(ハツキと離れるなんていやだ。だけど、お父さんとお母さんにもう会えないなんてのもいやだ。家に帰ったらもうここには来られない。この指輪があっても、私は二度とハツキに会えない……もう分かんないよ。私にとって一番良い選択って何なの?)


 私は大きくため息をついた。私には、結論なんて出せない。


「エイナ、どうしたの?」


 そんな風に悩んでいると、ナツメが話しかけてきた。ナツメの顔を見ると、そこに悩んでいるような雰囲気は見えなかった。


「ちょっと考え事してたんだ……ねぇナツメ。ナツメはこれからどうするのか、もう決めたの?」

「うん。私はここに残るよ。もう、帰る場所なんてないからね。ここならきっと、楽しい人生が送れると思うから」


 そう言ったナツメの表情に陰りは見えなかった。ナツメは両親にもう会えないことについて、どう思ってるんだろう。


「……ナツメは、寂しい? もう、お父さんにもお母さんにも会えないこと」

「かなり前だからかな、最近はあんまり寂しいとは思わない。それに、前向きに生きてほしいって言われたから。ずっと引きずっていたら、二人は悲しむと思う。だから、寂しくないよ……また会いたいとは、今も思うけどね」


(ナツメと違って、私は会いたいと思えば会える。私が会おうとしていないだけ。もし、このままでいつか本当に会えなくなったら、私はどう思うんだろう?)


「エイナはどうしてここで暮らしてるの?」

「私がここで暮らしてるのは……」


 私はナツメに、ここで暮らすようになった経緯を話した。それを聞いたナツメは不思議そうな表情で口を開いた。


「会うのが怖いっていうのは、エイナ自身の問題だから、私は何も言えないけど……この指輪があるんだから、こことエイナの家を定期的に行き来するとかはできると思うんだけど?」

「……ねぇ、今から私が言うこと、絶対にハツキに言わないでくれる?」

「……わかった。絶対に言わない」

「私は――」


 私は、その秘密を話した。ナツメは、驚いたような、どこか納得したような表情をした。


「そうなんだ……確かにそれは、難しいね。説得とかは、できないかな?」

「難しいと思う。お父さんが私に期待するのも、私以外がいないからで、そこがどうにかならない限り、説得にすらならないと思う」

「そっか……辛いね、エイナ。大切な人と、永遠に会えなくなるっていうのは」

「………うん。どうすればいいのかな、私」


 それから少しの間、私もナツメも何も言わなかった。そんな気まずい沈黙の中、ナツメがゆっくりと口を開いた。


「私にはエイナを助けてあげることはできない。どこまで行ってもそれは、エイナが決めなきゃいけないことだから」

「そう、だよね」

「だけど、私はエイナに幸せになってほしいの。だから、約束して」


 ナツメはまっすぐに私の目を見つめると、真剣な表情で言った。


「絶対にあきらめないで。エイナにとって一番幸せな道を歩むことを。だってエイナはこれから先の道を選べるんだから。だから、あきらめちゃだめ」


(諦めない……どうすればいいのかもわからないのに? 一番幸せな道なんてわからないのに?)


 何もわからない。私には、何も。だけど、ナツメの眼はどこまでもまっすぐで、きっと私にはできると言ってくれているようで……ナツメの思いを裏切りたくない。私はそう思った。だから――


「うん、約束する……頑張ってみるよ、私」


 どうしたらいいかなんて分からなくても、頑張ろう。ナツメが言ったように、私は選ぶことができるんだから。





あとがき

 エイナが幸せになれる道は何なんでしょうね。

 ナツメは、自分が何かを選ぶ間もなく両親と別れることになったため、エイナに同じような思いをしてほしくないと思っています。あと、ナツメは14歳で、母親は4歳の時に、父親も8歳の時に亡くなっています。

 

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