第32話 一緒にいるために(3)

 眠気も吹っ飛んだ俺は屋敷に駆け込んだが、そこはもぬけの殻だった。

 それもそのはず、テレビのニュースでは龍門寺本部の人間全員が続々と警察署に連行されていく姿が映っていた。俺が産まれてから昨日までの間、一緒に過ごしてきた人たちは、もう誰もいないのだ。


 しかしそれは警察が逮捕したのではない。龍門寺京太郎が自ら直々に警視庁へ解散届けを提出したと報じられていた。


 訳が分からなくなった俺は朝日奈正道に教えられた住所へ駆け出していた。

 それは皮肉にも彼が俺に唯一残された頼れる大人だったからだ。それに警察で何が起きているのか、直接聞きたかった。


 いや、精神が崩壊寸前まで追い込まれた俺がただ咲良に会いたくなっただけかもしれない。


 屋敷の前には報道陣らしき姿もあった。だが俺はそれを横目にとにかく、ひたすら走った。


 やっと着いた朝日奈正道の家の前には数名の私服警官らしき人たちが立っていた。


「君、何か用?」


 女性警官が俺に話しかけてくる。その間に他の男性警官たちは俺を取り囲むように背後へ回った。


「朝日奈正道と話がしたい」


「アポイントはある?」


「それは……無いけど……」


「じゃあ無理だね。君、学生だよね? 学校は? どうしてサボってここに来たのかな?」


 あんな事件があった後だ。警戒するのも理解できる。

 しかし、今はそれがひたすらに面倒だった。


「これ、朝日奈正道本人から貰った名刺です。これで通してください」


「確かにこれは朝日奈さんの字だ……。どうやって君がこれを手に入れた?」


 駄目だ。この警官は俺を疑うことしかしない。


 埒が明かないと思った俺は、申し訳ないが少し強引な手を使うことにした。


「──正道さん! 俺です! 龍門寺京佑です! 話をさせてください!」


「龍門寺!? やっぱり解散に納得のいっていない連中が仕掛けてきたか! ──至急応援求む。──君、両手を挙げてその場に伏せなさい!」


 俺は背後の警官に羽交い締めにされる。どうやって伏せろってんだ。


「正道さん! ……咲良に会わせてください! ──咲良! 俺だ! 君に会いに来た! 窓からでいいから顔を見せてくれないか!」


「黙りなさい! ──不審者一名確保。パトカーの応援求む」


 いよいよ連れ去られようとしていたその時のことだった。

 玄関が開き、朝日奈正道が出てくる。


「近所迷惑だぞ……。君たち、下がりなさい。──上がってくれ京佑君」


「ありがとうございます」


 朝日奈正道の一声で俺は解放され、無事に家へ入ることができた。







 外観も白く綺麗な家だと思ったが、中もまるでショールームのような清潔感のある家だった。しかし僅かに香る咲良と同じ甘い香りが、ここが確かに彼女の家であることを示していた。


「いらっしゃい。貴方が龍門寺京佑君ね」


 家へ上がると咲良に似た美人な女性が出てきた。


「妻だ」


 この女性が咲良の母親か。言われてみれば小学校の授業参観で見たことがあるような気がした。


「どうも……」


「貴方のことは咲良から聞いているわ。どうぞ座って。紅茶は大丈夫かしら?」


「ああいえ、お構いなく……」


 こうして二人を見ると、咲良の力強い目元は父親似で、鼻や口の端整さは母親似なのか、などと思った。


「──それより、正道さん。龍門寺が解散って、どういうことですか」


「それは私も知りたい。咲良のこともあって休暇を取っていたのに呼び出しだ。一体何が何やら……。ただ、龍門寺京太郎が解散届けを出したというのは間違いないらしい」


「そんな……」


 やはり、昨日の話し合いが原因だろうか。


「ということは、父さんたちは捕まってしまうんでしょうか」


「何を言っている。それなら一昨日に捕まえている。別に龍門寺の関係者を捕まえる罪状はないぞ」


「え……?」


「元から警察は龍門寺組についてそれほど問題視はしていない。昔こそ酷かったが、今では──そうだな、ちょうど君が生まれたぐらいの時からは犯罪行為も、下っ端や半グレはともかく龍門寺組の構成員の間ではなかったよ。……ここだけの話、むしろ龍門寺組が取り仕切ってくれているおかげで海外からのギャングを締め出し、薬物の氾濫も防いでくれていて助かっていた」


「そんなことが……」


「埠頭では興奮のあまり強い言葉を使って申し訳なかった。君たちは何も悪くない」


 家族でありながら、父さんたちが何をしているのか無関心できた。というか関わらないようにして生きていた。

 そんなことがあったなんて……。


「だからこそ君の存在はノーマークだった。娘と同じ年齢というのだから調べるべきだったな……。昔から娘の隣にいる顔の整った子が写真に写っているなとは思ったが、君は髪が長いし娘も家では「きょーちゃん」と呼ぶから、ショートカットの京子ちゃん的な女の子だと思っていた」


「そ、そうですか……」


「LIMEもそうだ! 登録名を「きょーちゃん」にしているし、君も言葉遣いが柔らかいから女友達だと思っていた! 男で、しかも彼氏だと分かっていれば……。ぐぬぬ……」


 突然過保護パパの一面が溢れ出し、朝日奈正道はガジガジと下唇を噛みだした。


「──はっ! ……本題に戻るが、一応は本当に組組織が解体されたのか捜査が入った後、釈放される形になるだろうな。龍門寺はフロントビジネスが多いからな……。私もまた忙しくなりそうだ……」


 次々に明かされる真実に、俺はもっと早く、もっとちゃんと父さんとコミュニケーションを取れば良かったと後悔していた。





◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ 

あとがき


お読み頂きありがとうございます!

次話2024/03/24 09:00頃更新予定!

いよいよ明日完結です!是非感想等お願いします!

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